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真夏の果実は危険な香り ー後編ー

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美沙と付き合い始めてから3ヶ月が過ぎていた。
彼女の家は美香子の家より更に遠い茨城の龍ヶ崎。
お互いの仕事の関係で会うのはいつも都内だった。

9月最初の週末、待ち合わせたのはいつもの店、
六本木ルナマティーノ近くにあるバー"EXIT"。
6人ぐらい座れるカウンターとカラオケルーム
待ち合わせにはちょうどいい店だった。

事前に美沙から大事な話があると言われていた私は
カラオケルームを予約しておいた。
カラオケルームは防音のユニット構造で出来ていて
3、4人が入れる大きい電話ボックスの様だった。

「生理が遅れてるの、もしかしたら妊娠したかも」

2ヶ月前、美沙とハワイへ行っていたこともあり
心当たりが無くはない私は慌てることもなく

「じゃあ、早くご家族にご挨拶しなくちゃね」

「まだ1ヶ月くらいだから判らないけど」

「でも早いうちに医者には診てもらわないとね
 ひとりで大丈夫? 一緒に行こうか?
 判るまではお酒も控えないと」

「もう少し待って来なかったらひとりで病院行く
 お酒も飲まないように注意するから」

美沙の家族にはまだ一度も会ったことがなかった。
美沙との結婚も悪くないかなと思ってはいたが
彼女はなぜか私を家族に会わせることもなく
それどころか私の前では家族の話すらしなかった。
最初の結婚で子供に恵まれなかった私にとって、
まだ確定していないことだとしても嬉しかった。

「今日はもう帰ろうか」

「そうね」

少し不機嫌そうな美沙を六本木駅で見送った私は
やりきれない気持ちでいつものパブへ向かった。

店には美香子が来ていた。そういえば…美香子は
オーナーと知り合いだったことを思い出した。

「お久し振り、五十嵐さん」

「どうも、ご無沙汰してました」

「もしかして元気ない?どうかしました?」

「いや、そんな事はないけど」

「けど…?」

勘のいい美香子には隠し事は出来なかったようだ。
私は美沙とのことをオーナーも交え話し始めた。
ついさっきのところまで来た時、美香子が言った。

「二人でハワイへ行ったと聞いて、少し気になって
 何となく美沙のこと周りに聞いてみたの、実はね
 美沙をよく知る友達はあまりいい顔しなかった」

一体どういうことだ?
私は美香子に全て話して欲しいとお願いした。
美香子は始めはあまり話したがらない様子だったが
私と美沙の間を取り持ったことも気にしていたのか
美沙について聞いたことを話してくれた。

モデルをしていたということは嘘ではないが
今はほとんど仕事が無い状態だという。
そして、美沙には何人か男の影があるらしく
どの男とも未だに繋がりがあるらしいという。

「ごめんなさい、美沙がそんな子とは知らなくて」

「君が謝ることじゃない、全て僕の責任だから、
 彼女の言うことが嘘だと決まった訳でもないし」

「そうね、真剣に考えてるかもしれないしね」

二人の話しを聞いていたオーナーが言った。

「少し冷静になって見てあげてもいいと思うよ」

「そうでした、オーナーの言う通りです」

「ごめんなさい他に判ったら知らせるね」

沈んでいた気持ちが少し和らいだ気がした。


数日後、連絡が途絶えた美沙が心配になった私は
GTOではなく母の車を借りて彼女の家を訪ねた。
龍ケ崎に着いた時にはもう暗くなっていた。
一度だけ送ったことがある低層階のマンション、
その1階に彼女の家はある。
私は来客用の駐車スペースに車を止めていたが
こうやって会うべきかをまだ迷っていた。

その時、1台の車が彼女の家の入口前で止まり、
降りてきたのはまぎれもなく美沙だった。
知らない車なので私には気付いていないようだ。
車を降りた彼女は運転席の男と二つ三つ会話して
その後、家の中に消えていった。
目立つGTOではなく直感的に母の車を選んでいた、
それが間違っていなかったとを痛感していた。
この夜は会うのをやめてそのまま帰ることにした。

翌日、電話でそのことを美香子に話した。
美香子はその後に知り得たことを話してくれた。
ずっと私に話すことを躊躇していたという。

両親は美沙が小さい頃に離婚したらしく、
それからは母親と二人だけで暮らしてきたそうだ。
そして、美沙が高校生の時に母親が倒れたという。
脳梗塞で右半身に麻痺が残り仕事は出来なかった、
それから美沙はひとりで母親を支えてきたらしい。

友達が美沙の家に泊まった時の話もしてくれた。
それは母親に対して辛く当たっている美沙の姿、
その友達はあまりの光景に止めに入ったという。

「もう話さなくていいよ、ありがとう
 美香子も辛かったね、ごめん」

「美沙は悪い子じゃない、でも
 あの子はやめたほうがいいと思う」

「わかってる、僕が一番わかってるから」

私は美沙からの連絡を待つことにした。
全ての疑惑を頭から消して待つことにした。
美沙から連絡があったのはこの1週間後だった。
私はこの時点で、ある決断をしていた。

「五十嵐さん、妊娠してなかった
 ごめんなさい、心配かけて」

「こっちは大丈夫、身体は何ともない?
 残念だけどこればっかりはね」

「私は元気、出来てなくて残念だった?」

「もし、妊娠してたら美沙と一緒になって
 二人で育てていきたいと思ってたよ」

「急にどうしたの?」

「でも今は少し距離を置いたほうが
 お互いのためにはいいと思ってる」

「そうなの、これで終わり?」

「ごめん、そのほうがいいと思ってる」

「わかった、今までありがとう」

と言うと電話はそのまま切れた。
あっさりとした最後の言葉に唖然としていた。
彼女のプライドが許さなかったとは思うが、
そうさせてしまった自分が情けなかった。

こうしてこの夏のひとつの恋が終わった。
そもそも恋だったのかも判らないほどのドタバタ、
私は美香子をお礼のつもりで食事に誘ったが
美香子からは意外な返事が返ってきた。

「もう、五十嵐さんには会えないよ」

「どうして?」

「本当はね、初めて会ったあの夜に
 もう五十嵐さんを好きになってた
 でも、美沙に先に言われちゃって
 どうにも断れなくて」

「そうだったの、
 僕はとことん人を見る目がないんだな」

「それに今は彼氏になりそうな人がいるから」

「そうか、今度はしっかり捕まえてなよ」

「そうする、ありがとう」

「こちらこそ、本当にありがとう」

自分の間の悪さや人を見る目の無さにへこむだけの
悪夢のような夏だった気がする。
まだまだ修行が足りない男にはこんな結末が
お似合いなのかもしれない。


そろそろ秋の気配がしてきた頃、電話は鳴った。
喧嘩別れのようになっていた聖子からだった。
私は見ていた悪夢が一気に醒めていく気がした。

何事も無かったかのように一気に話しだす聖子、
その声を聞いているだけで全てが癒されていった。
この女性を二度と手放すまいと心に誓っていた。
この夏の出来事はいずれ話すことになるだろう。


聖子の連絡が無くなった理由もいずれ判ることに…






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