【約束の時】スピンオフ③

igavic

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苗場の夜はBLIZZARD

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TATOU TOKYOの夜から一週間、
彼女と少し距離が縮まった私は有頂天だった。
そんな時、あのオーナー夫妻にスキーに誘われた。
ブティックが扱うブランドがウェアを出したから
購入した常連客みんなでスキーへ行こうという企画
数年前から続くスキーブームは既に下火傾向。

車もスキー仕様にして、あとは誰と行くかだ。
彼女を誘いたいがスキーやテニスの柄じゃないし
どうしても誘えないでいた時、裕子さんが一言

「別にスキーしなくてもいいんじゃない?」

立ち込めていた雲が一瞬で晴れた気がして、
目から鱗をこの歳で初めて体感していた。

こうなるとどうやって誘うかが最大の難関。
なにしろスポーツとは全く縁の無い女性だから
普通に誘っても興味すら持たないだろうし…
と考えていた時、宿泊先の苗場プリンスで当日に
行われるあのイベントなら来てくれると確信した。
苗場のワールドカップロッジでは最後の開催になる
ユーミン SURF & SNOW in Naeba だった。
既に受付が終了していたツアーはコネを総動員して
無事に取ることが出来たが1人7万円は痛かった。

オーナー夫妻はライブには不参加だったが
私が彼女を誘うと知って応援してくれている。
そうして、私は彼女に電話した。

「ユーミンの苗場ライブ取れたけど行く?」

「えー、行きたい、よく取れたね」

「業界関係の人と知り合いでたまたま」

「いつ?」

「ライブは2月○○日、
 スキーがメインの泊まりになるんだけど
 裕子さん達も行くから」

「わかった、私はスキー出来ないけどいいの?」

「大丈夫、聖子さんはライブがメインで。
 まだ3週間あるけど、
 ライブ当日に僕の車で迎えに行くから
 ラフな服装で準備しておいてね」

「うん、わかった、ありがと」

というわけで、なんとか約束することが出来た。
"恋人はサンタクロース"が聞こえた、気がした。

いよいよ当日、私はしっかり洗車して迎えに。
彼女は短かめの白いダウンブルゾンにジーンズ、
イメージしたとおりのセンスのいい服装で登場。
純正キャリアを装着したGTOはいまいちだったが
発売からまだ3ヶ月ちょっと、走っているだけで
結構な注目を浴びていたのは確かだった。

裕子さん達とは現地集合になっている。
私達は度々サービスエリアに立ち寄りながら
二人だけのドライブを楽しんでいた。
専用のイエティスノーネットを用意したのに、
関越道は湯沢ICまでほとんど雪は無かった。

ホテルのエントランスに横付けして彼女を降ろし
ベルボーイに駐車場所を確認すると、

「どうぞこちらにお止め下さい」

エントランス横の高級車ばかりが止まっている一画
そう言えば…
ライブ協賛に三菱自動車があった事を思い出した。
メルセデスやBMWの中、赤いGTOが映えていた。
ベルボーイが誰かと間違えたのか?と思いながら
少しだけVIP気分を味わっていた。

私達はチェックインして部屋に荷物を置いてから
待ち合わせにしたエントランスが見えるラウンジで
コーヒーを飲みながら待っていた。
裕子さん達の車はシボレーブレイザー。
車体が大きいので入って来るとすぐに判った。
私は彼女を席に残して裕子さん達の荷物を降ろし
彼女が一緒に来てることを伝えた。

「やるじゃん、色男」

裕子さんが少々古風な突っ込みを入れてきたが
少しも照れること無く、嬉しさが込み上げていた。

ライブは21時30分開始、ブティックの常連客は
総勢15人がそれぞれに食事をすることになり
ライブを観るのは私達だけなので二人で座った。

私はツインルームながら同じ部屋に泊まるのを
はたして彼女が許容しているものか心配だった。
すると、

「お部屋、すごいいい部屋だね
 高かったでしょ? はいこれ」

そう言うと彼女はピンクの封筒を手渡した。

「何?」

「私の分」

中には数万円が入っていた。

「大丈夫、大丈夫
 誘ったのは僕のほうだし
 ボーナス入ったばかりだし」

「いいの、私も来たかったし
 それより楽しい夜にしようね」

最後のワールドカップロッジレストランライブは
"Miss BROADCAST"で始まった。
そして、アンコールの卒業写真が終わるまで
私達は手をつないだまま余韻に浸っていた。

裕子さん達は23時までのナイターに出ていて
まだ部屋には帰ってない様子。
私達は部屋に戻りライブの興奮そのままに…

と言いたいところだが、
彼女は窓側のベッドで既に眠りについていた。
かなり疲れた様子なのは見て明らかだった。

ご馳走を目前におあずけ食らった犬のように
虚しい顔になっていたはずの私は逃げるように
メインバー"ウインザー"に向かっていた。

その後はブティック常連客も加わった酒宴が
夫妻の部屋に移動した後も遅くまで続いた。

翌日は早朝からゲレンデに出る予定だったが
彼女が突然帰ると言いだした為、
タクシーで行くと言う彼女をどうにかなだめて
私が越後湯沢まで送ることにした。

送る車中で彼女は

「ごめん、急に行かなきゃいけない用事が出来て
 本当にごめんなさい、スキー楽しんでね」

「大丈夫、一緒に来れて嬉しかった」

「また、会えるよね」

「何で?当たり前じゃない」

そう言うとシフトを持つ私の左手を軽く握った。

「良かった」

私は彼女の手を握りかえした。
駅に着いて車を降りた彼女は1回だけ振り返り
車を降りて見送る私に向かって手を振った。


突然帰った彼女、
この時はまだ彼女の病気のことは知らなかった。






















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