戦国ニート~さくは弥三郎の天下一統の志を信じるか~

軽部雄二

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第42章

敗戦

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 敵勢と弥三郎軍は丁度、中間地点で激突した。初めはこちらが優勢であった。だが、兵の数でこちらが押され始めた。崩れた陣形を突破した敵勢がバラバラと、さくの元へ突撃を仕掛けてくる。さくはそれを弓矢で射殺し、薙刀で斬り捨てた。拙い。不利を悟ったさくは陣に少数の兵だけ残し、追加で前線に兵力を投入した。

 追加の兵を投入したのも空しく、戦況は不利に傾きつつある。自陣に迫る敵兵を薙刀で切り殺しながら、さくは負け戦を冷徹に悟った。
「ここは任せました。一兵たりとも、弥三郎様の元へ寄せ付けてはなりません。」
 さくは陣の防御を少数の兵に任せると、早足で弥三郎の元へ向かった。

 弥三郎と左月は本陣に入って来たさくを見て、ぎょっとした。全身返り血に塗れていたからだ。
「さく、無事なのか。」
「姫様。・・・・・そのお姿は。」
 弥三郎と左月の驚きに、さくは何の反応も見せない。その場に跪いて言った。
「弥三郎様。・・・・・お味方、奮戦いたしましたが、勢い敵方に有り、・・・・・・・この戦、ここまでに御座います。」
「・・・・・・・・。」
 弥三郎は言葉も無く、その場に立ち尽くした。
「・・・・・無念に御座います。」
「負けたという事か。」
 弥三郎はようやく言葉を発した。その時、わあっと叫び声が上がったと思うと、本陣に敵の兵士が一人飛び込んで来た。
「弥三郎殿、その首頂戴。」
 兵士はそのまま、弥三郎に向かって槍を突きだす。だが、それよりも素早い動きで、さくは薙刀で槍を払うと、相手に飛び掛かる。そのまま相手を組み伏せると、男の両眼を指で抉った。
「ぎゃ~~~。」
 男は断末魔の叫びを上げた。さくがゆっくりと体を起こすと、左月が無力化した男の首を落とした。さくはそれを見届けると、顔面蒼白の弥三郎の前に跪き、口上を述べる。
「戦の趨勢は既に決しました。ここは危のう御座います。速やかにお退き下さい。」
「わ、わ、分かった。」
 目の前の惨劇を前にして、弥三郎は血の気の無い顔で頷いた。
「西の方へ落ち延びるのが宜しいでしょう。左月の元を離れてはなりませんよ。」
 さくはそれだけ言うと、左月に目配せする。全てを察した左月は目を潤ませた。
「弥三郎様。見事で御座いました。てつはう隊も農民たちも。兵の数に差が無ければ、勝っていました。運が無かっただけに御座います。十分に大殿の後継者としての力量はお示しになりました。それが見られただけでもさくは満足に御座います。」
「・・・・・・・・。火薬や鉛をもっと仕入れられていられれば展開は変わっていた。これからの戦はてつはうだ。田舎でどうやって多く仕入れられるか。銭をどうするか。再考の余地がある事が分かった事をこの戦の収穫としよう。」
 弥三郎はきっと大丈夫だ。そう確信したさくはにっこりとほほ笑んで言った。
「たった一度、戦に負けたぐらいなんという事もありません。その負けを次に生かせれば大局的には勝ちです。弥三郎様なら出来ます。さくが居なくとも・・・・。」
「???。居なくとも・・・とは、どういう事だ?」
「さくはここに残ります。」
「・・・・・。何故だ。」
「さくは弥三郎様の教育係。この戦の責任はさくにあります。尻拭いをしなくてはなりません。」
「責任?敗戦の責任は私の見通しの甘さに因るものだ。私から父上に話して詫びる。」
「その様な事をすれば、敗戦の責は全て弥三郎様が被る事に。」
「それで構わぬ。」
「なりません。その様な事になれば、弥三郎様の威信に傷が付きます。」
「取り戻す。威信は取り戻して見せる。」
「それは大殿が許しません。」
「???」
「大殿がさくに教育係として、この戦に参陣を命じましたのは、この様な時に弥三郎様に累が及ばぬようにする為に御座います。」
「!!!!なんだと!ば、馬鹿な。父上はさくを捨て石にするお積りだと!」
 非情な戦国の掟に弥三郎は憤った。
「待て、さく。私の為に捨て石になる事はない。その様な不条理な命に従うな。馬鹿らしいではないか。」
 弥三郎はさくに翻意を促したが、さくはここで死ぬるつもりであった。それが武家の家に生まれた娘の矜持だった。
「馬鹿らしくはありません。さくは愛する人を守って死ぬのです。愛しています。弥三郎様。」
「・・・・・・。」
 突然のさくの告白に弥三郎は目に涙を浮かべた。さくは笑いながら弥三郎の唇を吸った。
「さくは心配していません。弥三郎様には十分な器量が備わっておいでです。ただ、今は羽ばたく時を自分で見極められないだけ。臥龍の様なもの。時が来れば一気に天に駆け上がります。」
「臥龍・・・・。」
「その時の為に、こんな所で死んではなりません。さあ、逃げるのです。」
「さく、私は・・・・・。」
 弥三郎の言葉は途中で掻き消された。またもや、本陣に敵の兵士が乱入して来たのだ。さくは薙刀を構えながら叫んだ。
「さあ、行くのです。」
「嫌だ。さくを置いては行けぬ。」
「左月、何をやっているのですか。早う連れて行きなさい!」
 左月が弥三郎を抱えて曳き吊りながら本陣を出て行くのと、さくが兵士を薙刀で斬るのは同時だった。
「さく、さく、」
 弥三郎の声は戦場の叫び声にかき消された。
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