戦国ニート~さくは弥三郎の天下一統の志を信じるか~

軽部雄二

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第36章

初陣回避

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「なに、弥三郎がその様な策を考えたと申すか。」
 大殿の居室に赴いたさくは、弥三郎が考えた長浜城攻略の策を披露した。大殿は目を見開いてさくを問い質す。
「はい。弥三郎様がその様に。」
「うむむ、弥三郎がの・・・・。」
 大殿は腕組みしながら考え込んだ。さくは片膝を立て跪き、言葉を待つ。
「見事な策じゃ。しかしな・・・・。」
「・・・・何でしょう?」
「これはそなたが考えた策ではないのか。本当に弥三郎が考えたのか?」
「間違いなく弥三郎様の策に御座います。さくは福富殿が長浜城下に居る事すら知らず、この様な策は思い付きません。」
「しかし、弥三郎は何故、福富右馬丞が長浜に居る事を知っていたのだ?」
 大殿もさくと同じ疑問を持った。さくはここぞとばかり弥三郎を売り込んだ。
「大殿は弥三郎様が蔵書家で有る事はご存じでしょうか。」
「うむ。いつも部屋に籠って書を読み耽っておるな。」
 さくはそこで膝をパンと叩く。
「ここが弥三郎様の凄い所で、部屋に引き籠っておるように見せながら、皆を欺き、周辺の国々から上方まで、広く情報を収集していたのです。」
「どうやって。」
「書を好む者たちは全国に居ります。それ故に書物の流通網が幅広く広がっており、彼らから話を聞く事で、部屋に籠りながら、色々な事柄を知りえるのです。」
 さくは春画の事を伏せて、書物と言い換え説明した。春画も書物の一種なのだから嘘ではないだろう。
「ふむ~。それ故にあれ程、熱心に書物を集めておったのか。」
 大殿はいたく感心した様だった。これで大殿の弥三郎に対する評価は一新するに違いない。
「そういえば、この世界が丸いという事を教えてくれたのも弥三郎であったな。」
「左様で御座います。」
「ふ~む。今度、弥三郎がどの様な書物を読んでいるのか見てみるか。」
 これにはさくは慌てた。弥三郎が集めている書物が春画だとバレたら一巻の終わりである。
「それはいけません。」
「・・・・・。何故じゃ。」
 大殿は怪訝な表情でさくを見た。これにはさくも参った。何と言えば良いのか。
「その・・・、何と言いますか、書物と云うのは読む者の鏡です。どの様な書物を読むのかは、何人たりとも干渉してはなりません。弥三郎様の個人的な領域にずかずかと侵入なされては、臍を曲げられます。」
 さくは適当な事を言って大殿を煙に撒こうとした。絶対に弥三郎の書物に手を触れないように牽制するためだ。
「ふ~む。そういうものかのう。」
 大殿はさくの説明を深く考えず同意した様に見えた。胸を撫で下ろすさくは急いで話の転換を謀る。
「それで大殿。長浜城はどうされます。」
 大殿はニヤッと笑って言った。
「弥三郎の言う通りにやろう。早速、福富右馬丞に文を送る。」
「調略が叶いましたら、是非、我が宮脇家に先陣をお申しつけ下さい。」
「いや、先陣は弥三郎じゃ。彼奴の将としての力量を見たい。」
 拙いな。大殿は弥三郎を先手に長浜城を攻めさせたい意向の様であった。さくは弥三郎を戦場には送りたくはない。意見の相反する二人の戦が始まった。口火を切ったのはさくである。
「大殿は弥三郎様を侮られておられるのですか。」
「・・・・・・?どういう事だ。侮ってなどおらぬ。右馬丞調略の策といい、只者ではない。だからこそ、先陣を申し付けるのだ。弥三郎ならやれる。そう信じている。」
「それは過小評価なのでは。」
「何が過小評価なのだ?評価しているからこその先陣ぞ。」
「さくの考えは違います。」
「???。どう違うのだ?」
「さくは教育係として言わせて貰います。福富右馬丞の調略が成れば、長浜は簡単に落ちます。大したいくさにはなりません。この様なちんけな戦を、弥三郎様の初陣に選ばれるという事が、さくには我慢なりません。弥三郎様は大殿の後継者であらせられます。もっと相応しい大合戦を初陣にして頂きとう御座います。」
 大殿はさくの強気な物言いに面食らった様子だった。
「長浜攻めが初陣では不足と申すのか・・・・・。」
「不足も不足。大不足に御座います。この先、本山氏と雌雄を決する大合戦が御座います。その時が弥三郎様の初陣です。」
「初陣が大いくさなど、弥三郎には荷が重かろう。まずは小さい戦からじゃ。」
「それです。大殿の本音が出ましたな。やはり弥三郎様を侮っておられるのではないですか。」
「・・・・・・。」
「弥三郎様にはそれに相応しい戦で初陣を飾って頂きたく。今回は見合わせて頂きとう御座います。」
「しかし、弥三郎には・・・・。」
 ここでさくは声を大にして大殿に詰め寄る。
「大殿。弥三郎様の器をお信じにならぬのですか。大殿のその様な所が、弥三郎様に伝播し、今まで引き籠りを許したのです。まだ分かりませんか。」
 今までの弥三郎に対する甘やかしが引き籠りを許したと糾弾されるのが、大殿には一番堪える筈。さくはその事を蒸し返した。
「・・・・・・。それでは、さくは弥三郎に相応しい戦で初陣を飾らせろというのだな。」
「その通りで御座います。」
「・・・・・・。分かった。今回の弥三郎の出陣は無しじゃ。」
「有難う御座います。長浜城攻略の先陣は我が父、国安にお命じ下さい。」
「うむ。そうしよう。」
「では、早速、父に遣いを送ります。御免。」
 さくがその場を辞そうとすると、大殿はさくに釘を刺した。
「それでは、然るべき戦が起こった暁には、弥三郎が出陣するのだな。」
「はい。弥三郎様が出馬されるに相応しい大いくさになります時こそ、出陣なされます。」
「それは、何時じゃ。もう20歳を超えておるのだぞ。」
「ご案じなさいますな。天は弥三郎様の様な英傑の登場を待ち望んでおります。それに相応しい時に、相応しい形で出番を与えてくれる筈です。」
「・・・・・・。さくは・・そこまで弥三郎を信じておるのか。」
「はい。勿論。」
「・・・・・・。」
 さくは大殿の目を真正面から見据え、凛として答えた。その態度に大殿は沈黙せざるをえなかった。さくは頭を下げて、大殿の元から辞した。
「ふう~~~~。」
 部屋を出て大殿の気配が届かぬところに出たさくは大きく息を吐く。やれやれだ。なんとか長浜攻めに弥三郎の出陣を見合わせることに成功した。長浜攻めは父の国安に任せるとして、問題は弥三郎だ。今回の事は問題を先送りにしただけに過ぎない。いずれは戦に出なくてはならない。対応策を練る為の時間稼ぎをしただけだ。どうしたものか。さくはもう一度息を吐いた。当面の所は、本山氏との小競り合いが続く筈だ。まだ時間はある。だが、どうすれば良いのか。弥三郎には処置なしである。どうしたものか・・・・・。腕組みをしながら、さくは考えを巡らせた。
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