戦国ニート~さくは弥三郎の天下一統の志を信じるか~

軽部雄二

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第35章

胡散臭い釈明

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 弥三郎の策は、さくには考えもつかなかった名刀の様な切れ味だ。末恐ろしさを感じさせる程に。だが、一つ引っ掛かる事が有った。それを確認しておかねばならない。
「福富右馬丞の事をどのように調べられたので。大体、弥三郎様は右馬丞の事を知らない筈なのでは・・・。」
「うん。確かに。右馬丞の顔も知らぬし、話をした事も無く、家中にその様な男が居た事すら知らなかった。」
「・・・・・・。」
 さくは押し黙った。やっぱり弥三郎は右馬丞の事を知らなかったのだ。どうしてこの様な見事な策を思い付いたのか。その理由はさくの思いも寄らなかった、想定外の理由であった。
「春画のお陰だ。」
「・・・・・はっ?・・・春画?弥三郎様が大事にしておられるあの春画で?」
「別に大事にしてはおらぬわ。意図あって集めているだけに過ぎぬ。」
 弥三郎はぬけぬけとそう言い放った。春画を処分されそうになって気まで失ったのは何処の誰だったか。さくは半ば呆れながらも、その釈明を待った。
「さくは私が春画を集めるのが趣味な助平と思ってるようだが、それは違う。断じて違うぞ。」
 さくと左月の間に白けた空気が流れた。それを感じ取った弥三郎は咳払いをして、居住まいを正して言う。
「春画を集めているのは、趣味ではない。これは情報収集の手段なのだ。」
「情報収集?」
「情報収集?」
 さくと左月は二人同時に声を上げた。また、妙な事を言い出したものだ。
「春画の人気というものはこの国の全土に及んでおる。おのこは皆、心惹かれるものだ。そうだよな、左月。」
「・・・・・・。」
 弥三郎は左月の同意を得ようと話を振ったが、左月は答えない。
「この前、左月も春画を持っていると言っておったではないか。私は憶えているぞ。謀ったのか。」
「い、いえ。確かに。数冊、持っております。」
 左月はさくの手前、消え入りそうな声で答えた。
「それ見た事か。私だけではない。春画は日の本中のおのこが普通に見ているものだ。私だけが特別なのではないぞ、さく。」
 弥三郎は左月の同意を得て、鬼の首を取ったように勝ち誇った。その事が一体何故、情報収集と関係するのかが、とんと分からない。
「おのこが皆、春画に興味がある事が、一体どの様に情報収集になるのですか?」
 さくは疑問をぶつけた。
「つまりだ。春画と云うものは全国のおのこ共が、競って買い集める。飛ぶようにな。」
「それが、どの様に情報収集になるので・・・・・。」
「分からぬか。春画の流通網が全国に繋がっているという事だ。それ故に売り人は全国で聞いて回った国情に通じておる。私はその情報を仕入れるために、春画を買いに行っていたのだ。」
「・・・・・・そこで福富右馬丞の事を知った・・・・・。という事なのですか。」
「そうだ。上方の事や、海の外の国、本山氏の事なども。私は引き籠りながらも、春画を通して、国の外の事に気を配って来たのだ。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
 さくも左月も弥三郎の深慮遠謀を知り、言葉も無かった。大殿が何と言おうと後を継ぐのは弥三郎を於いて他にはいない。
            それでも一つ疑問は残る。
「それでは、部屋に春画が山ほどあるのは、集めている訳ではないと・・・・・。」
「当たり前だ。」
 さくの質問に弥三郎は力強く答えた。
「成程、得心がいきました。さすが、弥三郎様です。」
 左月は弥三郎の釈明をすっかりと信じ込んだ様だ。得意顔の弥三郎にさくはずばりと斬り込んだ。
「では、もう春画は必要ありませんね。」
 一瞬にして顔を強張らせる弥三郎。
「情報を集める為に春画を買いに行っていた。そう仰るのでしたら、情報を集められた後は、春画はもう必要ないではありませんか。何故、捨てられませぬ。何故、大事に集められておいでなので。」
「・・・・・・。それはだな・・・・。付き合いだ。」
「付き合い・・・・・と、仰りますと、どういう事なので・・・・。」
「その、・・・・・・春画を売ってる者たちから・・・・、情報を引き出すには・・・。そのだな、共通の話題で話を盛り上げなくてはならない・・・・だろ。その為には否応なく春画に目を通さねば、話題に付いていけないのだ。その為だ。」
 弥三郎はしどろもどろになりながら、苦しい言い訳をしだした。左月もおかしいと思い出した様子だ。さくもである。
「話を聞き出すために、春画の話で相手の心を開かせるというのは、大いにあると思います。それは分かりました。弥三郎様は仕方なく、春画に目を通しておられた。」
「うん。その通りだ。」
「ではお聞きしますが、目を通されたら、もう必要ないではありませんか。何故、捨てずに部屋に大事に積み上げているので。」
「・・・・・・。」
 沈黙する弥三郎。さくは尚も追及の手を緩めない。
「どうでしょう。この際、春画は全て焼き捨てるというのは。助平心で集めているのではないのなら、別に構わないと思いますが。」
「それは出来ない。」
「何故に御座いますか。」
「・・・・・・・・。それは・・だな、紙は貴重品だ。むやみに捨てるものではない。」
「・・・・・。本当にそれが理由で捨てずにいるのですか。」
 二人に白い目で見つめられて、弥三郎は相も変わらずしどろもどろである。
「・・・・。貴重な紙を燃やすのは気が引ける。何か・・・、何か別の利用法を考えてみるつもりだ。」
「それならば、さくに良い知恵が御座います。」
「なんだ。」
「厠の尻拭きに使えば宜しいかと。」
「なんだと!」
 狼狽する弥三郎に、さくは容赦なく言い放った。
「ただ燃やすのが惜しいとお思いなのでしたら、糞を垂れた後の尻拭きにすれば、無駄にはならないかと。」
「・・・・・・・・。」
「左月。厠へ行って、糞を垂れて参れ。弥三郎様の部屋から春画を持って行くのを忘れるでないぞ。」
「はっ。それでは。」
 左月はさくの指示通り厠へ向かおうとする。それを見て弥三郎は悲鳴を上げた。
「止めてくれ~~~。左月、行くな。何故、そんな嫌がらせをするのだ。酷いではないか~~~。」
 弥三郎は悲痛な声で泣き叫んだのであった。

 さくは泣き喚く弥三郎に呆れながら大殿の元へ向かった。全く呆れたものだ。死の床にあるはるの事で泣き、敵に臆しては泣き、春画を処分されそうになっては泣くのである。泣き言ばかりだ。女々しい男だと思いつつも、時折見せる武略のキレには驚嘆させられる。長浜城を調略で落とすという策は見事であった。さくの知らない事も、弥三郎は引き籠りながら情報を集めていたという。その為に春画を買っていたと。さくは思った。嘘だなと。情報収集する為に春画を買っていたのではなく、春画を買っていたらたまたま情報が飛び込んで来たというのが真相ではないのかと訝しく思っていたのだが、本当の所は分からない。
「器量人なのか、うつけものなのか。」
 さくは一人でボソリと呟いた。
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