戦国ニート~さくは弥三郎の天下一統の志を信じるか~

軽部雄二

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第31章

苦い決着

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 さくと左月は未だ賊四人と鍔迫り合いを続けていた。双方その場から身動きが取れない。するとドーンという鈍い破裂音が何処からか響いてきた。その音に賊たちは意識を散らす。
「今の音が何の音か分かりますか。」
 さくはにやりと笑いながら、賊の頭目に語りかけた。
「?????」
「そなたらの仲間が、はるにてつはうで撃たれた音です。」
「てつはうだと?戯けた事を申すでない。あの女はてつはう等、持ってはいなかった。」
「あなたたちは上方の情報に疎いのですね。今は脇差てつはうと云うものがあるのを知らぬのですか?」
「なんだそれは?」
「脇差にてつはうが仕込んであるのです。脇差から弾が飛び出るのですよ。知らぬのですか?」
 賊たちの間に動揺が走った。賊の頭がそれを制す。
「狼狽えるな。その様なモノが有る訳が無い。我らを謀っておるのだ。」
「それでは、そなたたちに見せてやりましょう。ほら、これです。」
 さくは腰に刺した脇差を抜くと、右手で刀を構えたまま、左手で賊の頭の頭上高く放り投げた。頭目も刀を構えたまま、左手でそれを受け取ろうとした。一瞬、脇差に注意が向く。それをさくは狙っていた。頭目のがら空きになった喉元を刀で突いたのである。
「げっ!」
 頭目は喉を潰された蛙の様な悲鳴を上げて、バタリとその場に伏せる。間髪入れずさくは追い打ちで止めを刺した。頭を失った集団は脆い。賊の動揺を見て取った左月もこの機を逃さず、目の前の賊を切り伏せる。この場にいる敵方は残り二人。
「左月。後をお願い出来ますか。弥三郎様達が心配です。」
「引き受けました。早く行って下さい。」
「頼みましたよ。一人も逃がしてはなりません。」
「承知。」
 残りの二人は左月に任せて大丈夫だろう。それよりも弥三郎とはるが心配である。辻斬りを誘い出すにあたって、弥三郎から賜った脇差てつはうを、はるに渡しておいたのは、用心の為であったが、まさかその銃声に救われるとは思いもしなかった。ちなみに頭目に投げた脇差は、はるが持っていた普通の脇差である。はるに持たせておいた脇差てつはうを使う羽目になったという事は、それだけの窮地に陥ったという事だ。さくは舌打ちをした。
「何をやっているんだ。あの馬鹿。」
 馬鹿と言うのは弥三郎の事である。はるの元に向かった賊の二人ぐらいならば、なんなく斬り捨てるぐらいの腕は弥三郎にはある筈だ。戦場に何時出ても、皆に遅れは取らない様に仕込んだのだから。弥三郎はさくが育てた最高傑作と云えた。だからはるの救援に向かわせても大丈夫だと思ったのだ。だが、はるは脇差てつはうを使った・・・・。それは弥三郎がはるを守り切れない状態にあるという事では・・・・。さくは胸騒ぎを覚えながら、脱兎の如く駆け出した。
 
 弥三郎は目の前の男が崩れ落ちるのを、呆然と見ていた。目を上げると、そこには脇差を構えた血塗れのはるが立っていた。
「はる・・・・・。」
「弥三郎様、ご無事ですか。」
「無事だ。はるこそ大丈夫か。血塗れではないか。」
「これは全て返り血で御座います。」
「返り血?それでは・・・・・。」
「賊を一人、討ち取りまして御座います。」
「・・・・・・。」
 弥三郎は沈黙した。はるはおなごの身で、武芸の嗜みもほぼ無いのにも関わらず、賊を一人片付けたと言うのだ。それに対し自分は、はるを助けるどころか、逆に助けられる始末。
「はる。・・・・済まぬ。」
「何故に謝られるのですか。」
「そなたに助けられた。本来ならば私が助けねばならぬのに・・・・・。」
 弥三郎はがっくりと肩を落とす。はるは弥三郎の肩を擦って慰めた。
「そのお気持ちだけで、はるは十分で御座います。」
「・・・・・相手の太刀筋はよく見えていた。負ける相手ではないと・・・・。だが、相手が血を流すのを見たら、恐ろしくなって・・・・・。」
「弥三郎様のお気持ち、よう分かります。はるも怖くて怖くて。もう、無我夢中で必死でなんとか討ち取ったのです。」
「・・・・・・。はるは凄い。私には無理だ。人を斬って、血が噴き出すのを見るのが耐えられぬのだ。」
「それは普通の感情に御座います。斬った相手から血が噴き出すのを見て、良い気分になるような物がいたら、その者は異常に御座いますよ。」
「・・・・・・。」
「皆、怖いのです。ですが、これも戦国の習い。已むに已まれず殺すしかないのです。」
「私は腰抜けの匹夫だ。」
 はるは自らを責める弥三郎を気の毒に思った。はるは命の危機に瀕して、必死に戦い、生きるために敵を討った。弥三郎は自分が討たれたとしても、敵を弑すことが出来ない。乱世の世では腰抜けであろうが、はるは別の印象を持った。
「優しいのですよ。弥三郎様は。」
「優しい?」
「はい。」
「・・・・・・。乱世の世に、優しさが何の役に立つと言うのだ。」
「殺伐としたこの世に、人に情けを懸けられるのは優しさで御座います。人に優しさを懸けられるのは勇気があるからです。弥三郎様は優しさと勇気、兼ね備えておられます。」
「・・・・・・。」
「今は怖くても、時が来れば弥三郎様は守る者の為に、勇を示してくれる筈、はるはそう信じております。」
「・・・・・・。」
 はるは必死に弥三郎を励ましたが、あまりくどいのも逆効果であろうと思い、それ以上言うのは止めた。兎にも角にも、まだ賊は四人残っている。また何人かが背後から回り込んで来る事だってありえるのだ。ここは一刻も早く、さく達と合流するべきだ。
「さあ、弥三郎様。ここは危のう御座います。姫様の元に合・・・・。」
 はるは体中の毛が総毛だった。弥三郎の背後に先程、脇差てつはうで撃ち殺した筈の男が立っていたからである。
「弥三郎様。後ろ!」
 後ろを振り向いた弥三郎もギョッと目を見開いて、その場に立ち尽くした。はるも弥三郎も余りの事に咄嗟の反応が出来ない。腹と胸から大量に出血し、にじり寄って来る男は蘇った死人の様に見えたからだ。
「死人じゃ。蘇ったぞ。」
 弥三郎は恐怖で引き攣った声を出した。はるも恐怖で声も出なかったが、男が左手で腹の出血を押さえながら、ヨロヨロと歩み寄って来るのを見て、死人ではない。死人が蘇った悪鬼とするならば、てつはう傷を痛がりはしない筈だと見切った。てつはうは男に致命傷を与えるまでには至らなかったのだ。男は弥三郎にヨロヨロと接近してくるが、弥三郎は固まったままだ。自分が何とかしなくては。使命感に駆られたはるは、弥三郎に走り寄ると、刀を引っ手繰り、男に斬り掛かる。
「覚悟!」
「どけ!女!」
 はるの刀が到達するより先に、男の刀がはるを袈裟懸けに切り裂いた。弥三郎の目の前でゆっくりとはるは崩れ落ちる。
「・・・・・・。」
 目の前ではるが斬られても、弥三郎は立ち尽くしたまま。蛇に睨まれた蛙の様に動けない。男ははるに続いて弥三郎も弑さんと刀を振り下ろした。弥三郎は振り下ろされた男の手を咄嗟に抑える。さくに仕込まれた武芸が咄嗟に考える前に反応したのだ。そのまま男と弥三郎はもみ合いになって倒れ込んだ。上になったのは男である。
「俺は腹に穴が・・・開いて、もう助からん・・・貴様も・・・地獄に道ずれじゃ。」
 男は血を吐きながら、弥三郎の首に刀を宛がって、全体重を掛けた。弥三郎は必死に抗うが、死を覚悟した男の力は恐るべきものがあった。万事窮す。殺される恐怖で弥三郎は小便を漏らした。
「だ、誰か。・・・父上・・・。母上・・・。助けて。」
 弥三郎は最後に父と母の名を呼んだ。男は冷笑を浮かべながら擦れた声で吐き捨てた。
「今際の際に・・・小便を漏らして・・・親に助けを求める・・・情けない男に・・・乱世を生きる・・資格は無い。死ね。」
 男が止めを刺そうとしたその刹那、男の首が宙を舞った。
「お前が死ね。この下衆が。」
 さくである。駆けつけたさくが男の首を撥ねたのだ。首を失った男の遺体が弥三郎に倒れ掛かり、夥しい鮮血が弥三郎に浴びせ掛かった。
「うわ~っ。さく、さく。」
 さくは死体を引き剥がすと、弥三郎を助け起こす。
「び、無事じゃ。だが、はるが斬られた。早く医者を。」
「・・・・・・。」
 さくは無言で駆け寄ると、はるを抱き起した。
「はる。はる。」
「ひ、ひめ・・さま。弥三郎様は・・・ご無事で?」
「無事ですよ。よくお守りしましたね。」
 さくは優しく語りかけながら、傷の状態を確認する。袈裟懸けに斬られてはいるが、傷は比較的浅い。
「はる。傷は浅いですよ。死にはしません。今、医師を連れて来ますから、しっかりしなさい。」
 さくは励ましたが、言ってることは嘘である。傷が浅いのは本当だが、長く斬られている。出血がかなりあった。早く止血せねば命に関わる。さくは着ている小袖を裂いて、止血しようとする。そこへ左月が息を切らせてやってくる。
「姫様。弥三郎様。ご無事ですか。あっ!」
 左月は横たわるはるを見て、その場に立ち尽くした。
「左月。賊はどうしました?」
「・・・・・・。」
 左月は答えられない。
「左月。左月。しっかりしなさい。」
 一喝に左月は我に返り、やっとの思いで答える。
「全員斬り捨てました。」
「よくやりました。上出来です。」
「・・・・・・。こちらの賊は始末なされたのですか。」
「一人は私が首を撥ねました。もう一人はどうなりました、弥三郎様?」
 さくの質問に弥三郎は声を震わして答える。
「はるが殺した様だ。」
「本当ですか。はる?」
 はるは力なく頷く。
「良くやりました。立派ですよ。」
 さくは止血しながら、はるの意識を繋ぎ止めようと必死に語りかけた。
「左月。左京は?」
 左月は弱々しく首を振った。
「そうですか・・・・・。」
 左京は死んだ。さくは唇を噛み締める。全ては自分の見込みの甘さが招いた事だ。敵方の陽動をただの辻斬りと判断してしまった事が全ての計算違い。弥三郎はその可能性をさくに示唆していたのに、真剣に取り合わなかった事が悔やまれた。敵方は全員討ち取ったものの、こちらの被害も甚大である。もっと人数を連れてくれば良かったと、悔いても後の祭りであった。
「左月。急いで人を呼んできて下さい。私ははるの処置をします。」
「・・・・はっ。」
 左月はチラリとはるを見ると、何か言いたそうな素振りを見せたが、城に向かって駆けて行った。それを見送った弥三郎はおずおずとさくの元へ。
「さく。済まぬ。私の所為だ。私が賊を斬っておれば・・・こんなことには・・・。」
「・・・・・・。」
 さくは処置をしながら、弥三郎の泣き言を黙って聞いていた。弥三郎が臆した責任は自分にもあることを自覚していたからだ。頭にきたからと云って、弥三郎の目の前で賊の矛を切り取ったのは、幾らなんでも刺激が強すぎたか。あれで弥三郎は縮み上がってしまった様だ。
「誰しも初めての実践では、臆してしまうものです。気にする事はありませんよ。」
「・・・・・。さくはどうなのだ?」
「???どうなのだとは、如何様な事で?」
「今日初めて人を斬ったのではあるまいか?」
「・・・・・・。」
 そう言われてみればそうである。さくは今日初めて人を殺めたのだ。だが、特に感慨は無い。弥三郎に言われて初めて、そういえばそうだったなあと気付いた位であった。
「そういえば・・・・そうですね。」
「・・・・怖くないのか?」
「・・・・それは怖う御座いましたが・・・・。その何というか・・・・。夢中で、弥三郎様をお守りする為に、必死でしたので、恐怖を忘れられたので御座います。」
 大嘘である。胆力が座ってるさくは、慌てはしたものの、恐怖など露ほどもなかった。恐怖も躊躇も全くなく、賊の首を一刀両断したのだが、それを言うと、弥三郎はまた落ち込むだろう。故にその様に答えたのだ。
「・・・・・・。相手の剣筋も良く見えていたのだ。だが、どうしても・・・・。私には人を殺める事は出来ない・・・・・。怖いのだ。」
「・・・・・・。」
 自分の背後で嗚咽を漏らしながら、不甲斐なさを嘆く弥三郎の言葉を、さくは止血を手際よく行いながら黙って聞いていた。
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