戦国ニート~さくは弥三郎の天下一統の志を信じるか~

軽部雄二

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第30章

弥三郎の戦い

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 一方、弥三郎は、はるの後を追って夜の町を駆ける。心は大きく揺らいでいた。何故か。賊の二人がはるを弑さんと後を追っている。彼奴等と遭遇したら無論、斬り合いだ。殺すか殺されるかである。さくに鍛えられ、屈強に生まれ変わった弥三郎はそこら辺の無頼の徒風情には後れを取らない自信があった。あったというのは過去形である。きっかけは、さくが賊の男の一人の矛を切断した事である。さくがその様な残虐な事をするのに肝を冷やしたし、吹き出す多量の血に粟を喰った。だが、さくは平然としている。左京が敵に斬られた事にも金玉が縮み上がったが、やはり、さくも左京も気にも止めずに、瞬時に敵に応戦した。その様な事は弥三郎には出来ない。乱世の世には弥三郎は優しすぎた。頭の中で戦の想像は出来ても、実際に敵を斬ったり、殺したりが弥三郎にはできないのだ。さくにはるを助けるように尻を叩かれて後を追っているものの、賊二人を前にしたら、小便をちびってしまうのではないかという予感に駆られる。本音を言うと逃げ出したかったが、そうすると、はるが殺されてしまう。一体、どうしろというのか。そんな事を堂々巡りで考えながら走っていると、路地の先に人影が見えた。弥三郎の心臓が早鐘を打つ。敵なのか?だが、人影は一人だ。ということは、はるに違いない。助けを呼んで戻ってきたか、賊と遭遇して逃げて来たか。取り敢えず、はるを連れて直ぐにこの場を離れるのが肝要であろうと弥三郎は考えた。
「はる。急いでこっちへ来るのだ。」
 弥三郎の呼びかけに人影はその場に立ち止まった。暗くてお互いにはっきりと姿を視認出来ないので、はるは警戒している様子だ。
「私だ。弥三郎だ。こっちへ来い。」
 敵に聞こえぬように今度は声を幾分、潜めてはるを呼ぶ。すると、人影はゆっくりとこちらへ向かってくる。その時、雲の切れ間から月の光が差す。弥三郎はその場に固まった。何故なら月の光に照らされた人影ははるでは無く、賊の一人だったからである。
「これはこれは、弥三郎様。こんな所をお一人で何用でしょうか。」
 賊の男はうやうやしく畏まった言葉使いだったが、口調は明らかに馬鹿にしたものだった。
「はるはどうした?」
 弥三郎が尋ねると、男は冷笑を浮かべて言う。
「今、俺の仲間とお楽しみの最中ですよ。弥三郎様。」
 弥三郎の頭の中に、はるが凌辱されている光景が浮かび上がった。沸々と湧き上がる怒り。
「そこをどけ。」
 弥三郎は静かに、はっきりと男に告げる。
「女の心配よりも、ご自分の心配をなされたらどうですか。そんなに震えた体では女を助けるというよりも、助けられるのが関の山では。」
 男は先程、さくに守られていた弥三郎を見ていた。それを嘲ったのだ。
「喧しい。その臭い口を閉じて、そこをどけ!」
 弥三郎の物言いに男は些か頭にきた。弥三郎の不甲斐なさ・頼りなさ・馬鹿さ加減は周辺諸国に聞こえているのだ。こんな男が自分に舐めた口を聞くのが許せなかった。
「おいおい、お前。この状況が分かっているのか。お前を生かして連れ帰るも、殺して首を持って帰るのも、俺の腹積もり一つなんだぞ。舐めた口を聞いてないで命乞いでもしたらどうだ。」
 男はゆっくりと刀を抜いて威嚇する。が、弥三郎は怯まない。
「生かすも殺すもそなたの腹積り一つと申すか。私は囚われるつもりもないし、そなたに首をやるつもりもない。」
 毅然とした弥三郎の態度に、男は些か驚いた。腰抜けだとばかり思っていた馬鹿殿に、こんな胆力があることにである。どうやら今まで引き籠っていた様なので、世の中の現実が分からないのだろう。男は生意気な弥三郎に灸を据えてやりたくなった。
「馬鹿な引き籠りだ。世の中の現実を知らんようだな。お前の言う事が何でも通るのは城の中だけだ。お守がいなければお前など唯のクズだ。」
「・・・・・・。」
「怖気づいて声も出ないか。「私はクズの引き籠りです。一人では何も出来ません。どうか命だけは助けて下さい」と、命乞いをしてみろ。間抜けが。」
 弥三郎は黙って男の言う事を聞いていた。昔の弥三郎だったならば、男に命乞いをしていただろう。だが、さくに鍛えられた今は違う。先程までの不安は何処へやら。はるを凌辱されているという現実が、弥三郎を怒りで猛らせた。
「よく吠える犬だな。弱い犬程、よく吠えると言うが、怖気づいてるのはお前の方であろう。」
「何。」
 男が激高するのを弥三郎は冷静に見ていた。心は燃えていたが、頭は冴えわたっていた。対する男は小虫程度にしか思っていなかった弥三郎の物言いに、怒りに打ち震えていた。
「貴様。甲斐性無しの馬鹿殿が。身の程を教えてやる。」
 怒り沸騰の男はゆっくりと間合いを詰めてくる。弥三郎は刀を抜いた。男は侮って無警戒に弥三郎の間合いに入って来る。その刹那である。
「きえーい。」
 弥三郎が気合一閃、刀を払うと、体当たりで男を吹っ飛ばした。
「うわっ・・・・。」
 男にとってはまさかの攻撃である。襖三枚分は吹っ飛ばされた男は、引っくり返った状態で弥三郎を仰ぎ見る。
「な、貴様・・・・。」
 男は顔先に突き付けられた弥三郎の刀の刃先を呆然と見ていた。まさか。近隣諸国にまで聞こえた馬鹿殿・弥三郎が・・・・・。こんな事が・・・・。

「やった。やったぞ、さく。」
 弥三郎は心を躍らせた。刀を払っての体当たりは、さくから徹底的に仕込まれた宮脇流剣術の基本であった。今まで数えきれない程、さくに吹っ飛ばされて覚えた技だった。その技で賊に勝ったのである。感慨ひとしおであった。男は引っくり返り、刀も吹っ飛ばした。顔先に刀を突き付け、これで詰みである。後は男を斬り捨て、はるを助けに行く・・・・・べきであろうが、そこで弥三郎は躊躇した。制圧した目の前の男を斬る事にである。男を斬って血が噴き出すのを見るのが怖かったのだ。もし、さくがこの場に居たら早く斬り捨てよと言ったであろうと想像はつくが、踏ん切りが付かなかった。弥三郎は男に刀を突きつけながら固まった。息を20回するぐらいの時間が流れても動かない。
「何をやっている。早く斬れ。」
 硬直した間を耐えかねて男は弥三郎に迫った。だが、弥三郎は動かない。というか、動けない。男は怪訝な顔をして様子を窺っていたが、弥三郎の血の気の無い表情や小刻みに震える刀を見て全てを察した。
「お主、人を斬った事が無いな。」
「・・・・・・。」
 弥三郎の沈黙は図星という事である。男は余裕を取り戻した。顔先に刀を突き付けられているのを、全く気にもせず、立ち上がると吹っ飛んだ刀を拾いに行く。背中を見せた男に対し、弥三郎は固まったまま、何もしなかった。刀を拾った男は弥三郎に侮蔑の言葉を吐き捨てた。
「やはり馬鹿殿は馬鹿殿だ。なかなかの腕前の様だが、人を斬るのが怖いとはな。そんな事でこの乱世を生きていけると思っているのか。この臆病者が。」
 男は弥三郎に斬り掛かった。二撃、三撃と追撃を掛けると、咄嗟に反応した弥三郎は華麗に受け流す。男は無頼の徒に過ぎない。体系だった剣術を習得した弥三郎からすると、赤子の手を捻る様なものだった。男の斬撃の隙を突くと、再度、体当たりを喰らわす。
「ぐはっ!」
 またもや吹っ飛ぶ男。強力な体当たりで今度は襖四枚分は飛ばされたであろうか。男は自分の腕では弥三郎に勝てない事を理解した。
「何度やっても、お前では私には勝てない。命は助けてやる。降参しろ。」
 男を斬る事を躊躇する弥三郎の甘さが出た。なんとこの期に及んで、男に降伏を勧めたのである。斬りたくないので何とか穏便にこの場を収めたいのである。
「おのれ!」
 男はガバッと立ち上がったものの、自分の腕では太刀打ち出来そうもない。そこで一計を案じた。おもむろに小袖を開けて、上半身もろ脱ぎになると、胸元に刀を当てた。
「よく見ていろ。弥三郎。儂が命の取り合いとはどういったモノか、とくと教えてやるわ。」
 男はゆっくりと刀で自らの胸先を切り裂いていく。鮮血が迸り、滴り落ちる様に弥三郎は顔色を失った。それを見て取った男はこの機を逃さずに弥三郎に斬撃を浴びせる。やはり。男は斬り込みながらニヤリと笑った。弥三郎の剣捌きに先程の切れが見受けられない。血が怖いのだ。
「どうした、どうした。剣捌きに切れが無くなって来ているではないか。血が怖いか。人を斬るのが怖いか。情けない男よ。先程吐いた大言はどうした。」
 弥三郎の剣から怯えの色が見て取れた。男は更に斬り込む。男は弥三郎を殺すつもりである。一方、弥三郎は相手を殺せないどころか、恐怖感に支配され、体に委縮が見られた。勝負は既に着いた。男の斬撃は勢いを増し、弥三郎の受けは鈍くなっている。貰った。男は勝利を確信して、刀を振り下ろそうとした。その時だ。ドーンという音と共に、背中に衝撃波を受けて、男はその場に崩れ落ちた。
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