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第24章
蔵書の秘密
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「左京、左月。よく来てくれました。」
さくは跪く若侍に声を掛けた。父の国安が辻斬り退治の為に派遣してくれた兄弟である。宮脇家に仕える臣下、村重家の次男・左京、三男・左月である。若いが宮脇家伝来の鍛錬法でよく鍛えられた忠臣であった。この二人とさくで辻斬りを嬲り殺し、止めを弥三郎に刺させれば万事上手くいく筈だ。大殿には話は通してある。万事諸手を挙げて賛成してくれた。肝心の弥三郎も辻斬りの話を聞き、自分の手で斬り捨てると息巻いた。人を斬る事に躊躇いを見せていたとは思えない程、弥三郎は怒った。全ては計算の内である。さくは村重兄弟を連れて弥三郎の元へ向かう。弥三郎は庭で木刀を振っていた。
「ほう。この方が若君か。噂と違い見事な身体つきじゃ。」
弟の左月が弥三郎の半裸の体を見て感嘆の声を漏らした。
「左月。無礼であるぞ。控えよ。」
左京が嗜めるのを背後に聞きながら、さくは弥三郎に話し掛ける。
「弥三郎様。宜しゅう御座いますか。」
弥三郎は素振りを止めない。目の端に村重兄弟が入っているのにも関わらずである。
「ご挨拶しなさい。」
さくが二人に促すと、緊張した面持ちで順番に口上を述べる。
「村重左京に御座います。命に替えまして、若殿をお守り致す所存に御座います。」
「弟の左月に御座います。右に同じく命を懸けまする。」
「・・・・・・・。」
素振りを止めた弥三郎は兄弟を無視し、さくに話し掛けた。
「この者たちは何者か?さくの男ではあるまいな。」
嫉妬深い弥三郎はこの兄弟とさくの関係を疑っている様だ。
「何を馬鹿な事を仰せられます。お話ししたではありませんか。宮脇の家から弥三郎様をお守りする為、若侍が来ると。」
「・・・・・・・。」
「お気に召されませんか?」
「そうだな。」
「どの辺りが気に障るのでしょう?」
「この者たちに、さくが寝取られる可能性があるからだ。」
それを聞いた兄の左京が躊躇いながら口を開く。
「姫様は私共の主に御座います。その様な事は絶対にあり得ませぬ。」
「・・・・・・・。そなたたち、今までに何人のおなごと関係を持った?」
弥三郎は唐突に村重兄弟の異性関係を問い詰めた。兄弟は困惑しながらも素直に答える。
「私は未だ、関係を持った事はありません。」
「私も未だ・・・・・。」
それを聞いた弥三郎は笑顔を見せた。
「そうかそうか。そなたたちは未だ経験が無いのだな。気に入った。さく、こやつらを側に召し抱えるとしよう。」
上機嫌の弥三郎を見ながらさくは悟った。弥三郎がおのこを嫌う理由である。恐らくは周りのおのこに自分の女たちを奪われていると思っているのだ。それでふぐりが臭い等と理由を付けて遠ざけているのに相違なかった。左京と左月は幸いな事に経験が無かったので、好感を抱いたのだろう。おのこ嫌いも理由が分かればしょうもない理由である。
「よし、お前たちに私が収集した書物を特別に見せてやるぞ。」
気を良くした弥三郎は人に触らせたがらない書物まで2人に見せると言い出した。左京がさくの顔を窺っているのが分かったので、コクリと頷く。
「はっ。それでは是非。」
左京は素直に申し出を受けた。弥三郎が二人を嬉しそうに伴って自室に向かうのを、さくは黙って見送った。おそらく弥三郎がおのこと親しく会話するのは人生で初めてではないだろうか。
「また、一歩前に進みましたな。」
さくはそう呟くと、はるに任せている女てつはう隊の訓練に足を向けた。
「いいですか。体の中心を狙うのです。胸か腹を狙いなさい。弾が体のどこかに当たるようにするのです。」
さくがはると共に河原で女てつはう隊の鍛錬に励んでいると、左京・左月がやってきた。二人とも何冊か書物を持っている。
「おや、戻りましたか。為になる書物を見せて貰えたのですか。」
さくが声を掛けると、二人は顔を見合わせた。何とも言えぬ複雑な表情をしている。
「あれほどの数の書物を収集しているものは、おそらく他にこの日の本にはおりませんよ。」
「・・・・・・。」
「この世は丸いと云う話は聞けましたか。」
「・・・・・・。」
二人は黙っている。さくは二人が何故、沈黙しているかが分からなかった。さくが聞いて衝撃を受けたように、この世には日の本以外にたくさんの国がある事などを聞いて、驚いているのだろうと思われた。
「そなたたちから見て、弥三郎様はどの様に見えましたか。」
二人は世間でたわけものと嘲られる弥三郎の広い見識にきっと驚いているだろうと思ったのだが・・・・・。弟の左月が意に反してぼそりと言った。
「ひとえに言って、弥三郎様は・・・・・・変態に御座います。」
「これ、左月。控えろ。」
左京が不穏当な発言を遮るが、さくは「弥三郎は変態」という言葉を聞いてぎくりとした。まさか、さくとの秘密の営みについて話したのではあるまいか・・・・・。
「な、なにが、なにが変態と云うのですか?」
二人が秘密を知ったかどうか知ろうと、さくは探りを入れた。すると左月は手に持っていた書物を黙ってさくに差し出した。
「な、なんですか?」
「弥三郎様から賜りました。」
「それは良かったですね。しっかりと勉学に励むのですよ。」
「・・・・・・。」
村重兄弟は黙って何も言わない。暫しの沈黙の後、兄の左京が意を決して口を開いた。
「恐れながら、姫様は弥三郎様が収集されている書物をご覧になった事が御座いますか?」
いったい二人は何を言いたいのか、さくには分からない。何なのだ?
「見た事はありません。見る事を禁じられておりますから。何でもお家秘伝のモノなどが数多くあるとかで・・・・・。そなたたちは特別に見せて貰えたのですよ。光栄に思いなさい。」
「やはり、見た事が無かったのですね。」
「????」
なんだ?いったい何が言いたい?見せて貰った書物にお家の大事が書かれていて、それを知ってしまい、困惑しているのだろうか?
「これをご覧になって下さい。」
今度は左京が弥三郎から賜ったという書物をさくに差し出す。
「い、いえ。私が見るのは恐れ多い事なので止めておきます。」
さくは書物を見るのを固辞した。お家秘伝の書物を勝手に見るのが憚られたからだ。だが、左京は無表情で書物を開いて、さくに突き出した。
「こ、これは・・・・。」
さくは書物の中身を見るつもりは全く無かったのだが、いきなり突き出されてつい見てしまった。書物の中にはいかがわしい絵が描かれている。いわゆる春画である。(当時のエロ本)さくは左京から書物を引っ手繰ってペラペラと捲る。春画、春画、春画。男女のまぐあいが描かれた、なんともいかがわしい絵が満載である。
「なんですか、これは?」
「弥三郎様から頂いた書で御座います。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
三人の間に気まずい沈黙が流れている所へ、はるがやってくる。
「姫様、如何致しました?何の本です?」
さくが隠そうとするよりも早く、はるは中を覗き込んだ。
「きゃっ!」
悲鳴を上げるはる。一瞬、驚いた顔を見せた後に、動揺を隠しながら言った。
「ひ、姫様も、男女のまぐわいに興味を持たれる様になられたのですね。大変良い事かと・・・・。」
「ち、違います。これは・・・・。」
誤解を解こうとするさくに暇を与えず、はるは続けた。
「ただ、この様な場所で恥ずかしげもなく見るようなものではないかと。姫様は相当な欲求不満とお見受け致します。」
「だから、これは違う・・・・。」
「傍から見ると、矛に飢えた痴女の様で御座います。」
これにはさすがにさくも頭に来て、はるの額を掌で打った。
「痛っ!」
「いい加減にしなさい。誰が矛に飢えた痴女ですか!」
二人のやり取りを傍らで見ていた左京が、笑いを噛み殺しながら説明する。
「この書物は弥三郎様から賜ったものです。私共に書を見せてやると仰られるので、付いて行った所、これを見せられまして、私どもにくれてやると。」
「何て事をしなさるのか。ろくでもないお方です。」
さくが弥三郎に対する憤りを口にすると、はるは擁護する様な事を述べた。
「なんの。弥三郎様もおのこ。おのこなら春画の5,6冊持っている様でなくては、おのことは申せません。それで良いのです。おのことはそういうもので御座います。左京様も左月様もお持ちでしょう。春画。」
左京と左月の兄弟は困惑の表情を浮かべた。さくは驚いて二人に訊ねる。
「そなた達も春画を持っているの?」
「そ、それは・・・・・。」
「正直に仰って下さい。嘘を付くのは、不忠に御座いますぞ。」
はるにそこまで言われれば、本当の事を言わない訳にはいかない。兄弟は意を決して真実を述べた。
「はっ。持っております。」
「私も・・・・・。」
左京も左月も持っているという。
「あなたたち兄弟は・・・・・。」
さくが呆れて二の句が継げずにいると、カラカラと笑いながらはるが言う。
「これは普通の事に御座います。おのこと云うものは皆、春画を見て矛を扱いて成長するもので御座いますから。そうですね?」
はるにそう言われた村重兄弟はなんとも言われぬ表情をした。さくには分からなかったが、おのことはそういうものなのか?
「そなたたちも春画を持っているのであろう?ならば、弥三郎様が持っていても可笑しくはあるまい。何故に変態とまで言うのじゃ。」
さくは兄弟を詰った。
「はっ。申し訳ありませぬ。」
左京は非を認め、謝罪したが、左月はなおも抗弁する。
「しかし、姫様。あれは少し異常に御座います。」
「止めよ、左月。」
何が異常なのか気になったさくは、左京を制しては話を聞いてみる。
「一体、弥三郎様のどこが異常だと思ったのですか?」
「それが・・・・・。」
「止めるのだ、左月。」
左京は必死になって左月を遮ろうとする。
「左京、黙りなさい。良いのです。教育係として、どの辺りが異常と思ったか、是非とも聞いておかねばなりません。」
それを聞いた左月は我が意を得たりとばかり捲し立てた。
「姫様。確かに私どもも春画は持っております。しかし、弥三郎様はお部屋の棚一杯に溜め込んでいるのです。変態です。私共は引いてしまいました。」
「部屋の棚一杯?」
さくは愕然とした。弥三郎の部屋には確かにたくさんの書物が所蔵されていた。あれ、全部春画なのか。
「あの書物は全部、春画?」
「はい。全部。」
左月の言葉を左京が慌てて打ち消す。
「全部ではありません。ちゃんと学問の書物も御座います。」
「・・・・・学問の書物はどのくらいあるのですか?」
さくの問いに左京は返答に窮す。代わりに左月がはっきりと答えた。
「学問の書は一分か二分に御座います。」
全体の一分か二分が学問の書だとなると、八分は春画という事になる。ならば殆どがいかがわしい書物という事になる。そこでさくは思い出した。そういえば弥三郎は珍しいものを上方から取り寄せる伝手があると、自慢げに話していた・・・・・・。あれはただ、珍しい春画を取り寄せていただけらしい。弥三郎の事を上方に通じている開明的な男だと誤認していた自分が恥ずかしかった。まさかこんな下衆な男だったとは。沸々と怒りが湧いてくるのを抑えられないさく。
「左京、左月付いてきなさい。はる、ここは任せましたよ。」
てつはう隊の訓練は、はるに任せ、さくは二人を伴って弥三郎の部屋に向かった。
さくは跪く若侍に声を掛けた。父の国安が辻斬り退治の為に派遣してくれた兄弟である。宮脇家に仕える臣下、村重家の次男・左京、三男・左月である。若いが宮脇家伝来の鍛錬法でよく鍛えられた忠臣であった。この二人とさくで辻斬りを嬲り殺し、止めを弥三郎に刺させれば万事上手くいく筈だ。大殿には話は通してある。万事諸手を挙げて賛成してくれた。肝心の弥三郎も辻斬りの話を聞き、自分の手で斬り捨てると息巻いた。人を斬る事に躊躇いを見せていたとは思えない程、弥三郎は怒った。全ては計算の内である。さくは村重兄弟を連れて弥三郎の元へ向かう。弥三郎は庭で木刀を振っていた。
「ほう。この方が若君か。噂と違い見事な身体つきじゃ。」
弟の左月が弥三郎の半裸の体を見て感嘆の声を漏らした。
「左月。無礼であるぞ。控えよ。」
左京が嗜めるのを背後に聞きながら、さくは弥三郎に話し掛ける。
「弥三郎様。宜しゅう御座いますか。」
弥三郎は素振りを止めない。目の端に村重兄弟が入っているのにも関わらずである。
「ご挨拶しなさい。」
さくが二人に促すと、緊張した面持ちで順番に口上を述べる。
「村重左京に御座います。命に替えまして、若殿をお守り致す所存に御座います。」
「弟の左月に御座います。右に同じく命を懸けまする。」
「・・・・・・・。」
素振りを止めた弥三郎は兄弟を無視し、さくに話し掛けた。
「この者たちは何者か?さくの男ではあるまいな。」
嫉妬深い弥三郎はこの兄弟とさくの関係を疑っている様だ。
「何を馬鹿な事を仰せられます。お話ししたではありませんか。宮脇の家から弥三郎様をお守りする為、若侍が来ると。」
「・・・・・・・。」
「お気に召されませんか?」
「そうだな。」
「どの辺りが気に障るのでしょう?」
「この者たちに、さくが寝取られる可能性があるからだ。」
それを聞いた兄の左京が躊躇いながら口を開く。
「姫様は私共の主に御座います。その様な事は絶対にあり得ませぬ。」
「・・・・・・・。そなたたち、今までに何人のおなごと関係を持った?」
弥三郎は唐突に村重兄弟の異性関係を問い詰めた。兄弟は困惑しながらも素直に答える。
「私は未だ、関係を持った事はありません。」
「私も未だ・・・・・。」
それを聞いた弥三郎は笑顔を見せた。
「そうかそうか。そなたたちは未だ経験が無いのだな。気に入った。さく、こやつらを側に召し抱えるとしよう。」
上機嫌の弥三郎を見ながらさくは悟った。弥三郎がおのこを嫌う理由である。恐らくは周りのおのこに自分の女たちを奪われていると思っているのだ。それでふぐりが臭い等と理由を付けて遠ざけているのに相違なかった。左京と左月は幸いな事に経験が無かったので、好感を抱いたのだろう。おのこ嫌いも理由が分かればしょうもない理由である。
「よし、お前たちに私が収集した書物を特別に見せてやるぞ。」
気を良くした弥三郎は人に触らせたがらない書物まで2人に見せると言い出した。左京がさくの顔を窺っているのが分かったので、コクリと頷く。
「はっ。それでは是非。」
左京は素直に申し出を受けた。弥三郎が二人を嬉しそうに伴って自室に向かうのを、さくは黙って見送った。おそらく弥三郎がおのこと親しく会話するのは人生で初めてではないだろうか。
「また、一歩前に進みましたな。」
さくはそう呟くと、はるに任せている女てつはう隊の訓練に足を向けた。
「いいですか。体の中心を狙うのです。胸か腹を狙いなさい。弾が体のどこかに当たるようにするのです。」
さくがはると共に河原で女てつはう隊の鍛錬に励んでいると、左京・左月がやってきた。二人とも何冊か書物を持っている。
「おや、戻りましたか。為になる書物を見せて貰えたのですか。」
さくが声を掛けると、二人は顔を見合わせた。何とも言えぬ複雑な表情をしている。
「あれほどの数の書物を収集しているものは、おそらく他にこの日の本にはおりませんよ。」
「・・・・・・。」
「この世は丸いと云う話は聞けましたか。」
「・・・・・・。」
二人は黙っている。さくは二人が何故、沈黙しているかが分からなかった。さくが聞いて衝撃を受けたように、この世には日の本以外にたくさんの国がある事などを聞いて、驚いているのだろうと思われた。
「そなたたちから見て、弥三郎様はどの様に見えましたか。」
二人は世間でたわけものと嘲られる弥三郎の広い見識にきっと驚いているだろうと思ったのだが・・・・・。弟の左月が意に反してぼそりと言った。
「ひとえに言って、弥三郎様は・・・・・・変態に御座います。」
「これ、左月。控えろ。」
左京が不穏当な発言を遮るが、さくは「弥三郎は変態」という言葉を聞いてぎくりとした。まさか、さくとの秘密の営みについて話したのではあるまいか・・・・・。
「な、なにが、なにが変態と云うのですか?」
二人が秘密を知ったかどうか知ろうと、さくは探りを入れた。すると左月は手に持っていた書物を黙ってさくに差し出した。
「な、なんですか?」
「弥三郎様から賜りました。」
「それは良かったですね。しっかりと勉学に励むのですよ。」
「・・・・・・。」
村重兄弟は黙って何も言わない。暫しの沈黙の後、兄の左京が意を決して口を開いた。
「恐れながら、姫様は弥三郎様が収集されている書物をご覧になった事が御座いますか?」
いったい二人は何を言いたいのか、さくには分からない。何なのだ?
「見た事はありません。見る事を禁じられておりますから。何でもお家秘伝のモノなどが数多くあるとかで・・・・・。そなたたちは特別に見せて貰えたのですよ。光栄に思いなさい。」
「やはり、見た事が無かったのですね。」
「????」
なんだ?いったい何が言いたい?見せて貰った書物にお家の大事が書かれていて、それを知ってしまい、困惑しているのだろうか?
「これをご覧になって下さい。」
今度は左京が弥三郎から賜ったという書物をさくに差し出す。
「い、いえ。私が見るのは恐れ多い事なので止めておきます。」
さくは書物を見るのを固辞した。お家秘伝の書物を勝手に見るのが憚られたからだ。だが、左京は無表情で書物を開いて、さくに突き出した。
「こ、これは・・・・。」
さくは書物の中身を見るつもりは全く無かったのだが、いきなり突き出されてつい見てしまった。書物の中にはいかがわしい絵が描かれている。いわゆる春画である。(当時のエロ本)さくは左京から書物を引っ手繰ってペラペラと捲る。春画、春画、春画。男女のまぐあいが描かれた、なんともいかがわしい絵が満載である。
「なんですか、これは?」
「弥三郎様から頂いた書で御座います。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
三人の間に気まずい沈黙が流れている所へ、はるがやってくる。
「姫様、如何致しました?何の本です?」
さくが隠そうとするよりも早く、はるは中を覗き込んだ。
「きゃっ!」
悲鳴を上げるはる。一瞬、驚いた顔を見せた後に、動揺を隠しながら言った。
「ひ、姫様も、男女のまぐわいに興味を持たれる様になられたのですね。大変良い事かと・・・・。」
「ち、違います。これは・・・・。」
誤解を解こうとするさくに暇を与えず、はるは続けた。
「ただ、この様な場所で恥ずかしげもなく見るようなものではないかと。姫様は相当な欲求不満とお見受け致します。」
「だから、これは違う・・・・。」
「傍から見ると、矛に飢えた痴女の様で御座います。」
これにはさすがにさくも頭に来て、はるの額を掌で打った。
「痛っ!」
「いい加減にしなさい。誰が矛に飢えた痴女ですか!」
二人のやり取りを傍らで見ていた左京が、笑いを噛み殺しながら説明する。
「この書物は弥三郎様から賜ったものです。私共に書を見せてやると仰られるので、付いて行った所、これを見せられまして、私どもにくれてやると。」
「何て事をしなさるのか。ろくでもないお方です。」
さくが弥三郎に対する憤りを口にすると、はるは擁護する様な事を述べた。
「なんの。弥三郎様もおのこ。おのこなら春画の5,6冊持っている様でなくては、おのことは申せません。それで良いのです。おのことはそういうもので御座います。左京様も左月様もお持ちでしょう。春画。」
左京と左月の兄弟は困惑の表情を浮かべた。さくは驚いて二人に訊ねる。
「そなた達も春画を持っているの?」
「そ、それは・・・・・。」
「正直に仰って下さい。嘘を付くのは、不忠に御座いますぞ。」
はるにそこまで言われれば、本当の事を言わない訳にはいかない。兄弟は意を決して真実を述べた。
「はっ。持っております。」
「私も・・・・・。」
左京も左月も持っているという。
「あなたたち兄弟は・・・・・。」
さくが呆れて二の句が継げずにいると、カラカラと笑いながらはるが言う。
「これは普通の事に御座います。おのこと云うものは皆、春画を見て矛を扱いて成長するもので御座いますから。そうですね?」
はるにそう言われた村重兄弟はなんとも言われぬ表情をした。さくには分からなかったが、おのことはそういうものなのか?
「そなたたちも春画を持っているのであろう?ならば、弥三郎様が持っていても可笑しくはあるまい。何故に変態とまで言うのじゃ。」
さくは兄弟を詰った。
「はっ。申し訳ありませぬ。」
左京は非を認め、謝罪したが、左月はなおも抗弁する。
「しかし、姫様。あれは少し異常に御座います。」
「止めよ、左月。」
何が異常なのか気になったさくは、左京を制しては話を聞いてみる。
「一体、弥三郎様のどこが異常だと思ったのですか?」
「それが・・・・・。」
「止めるのだ、左月。」
左京は必死になって左月を遮ろうとする。
「左京、黙りなさい。良いのです。教育係として、どの辺りが異常と思ったか、是非とも聞いておかねばなりません。」
それを聞いた左月は我が意を得たりとばかり捲し立てた。
「姫様。確かに私どもも春画は持っております。しかし、弥三郎様はお部屋の棚一杯に溜め込んでいるのです。変態です。私共は引いてしまいました。」
「部屋の棚一杯?」
さくは愕然とした。弥三郎の部屋には確かにたくさんの書物が所蔵されていた。あれ、全部春画なのか。
「あの書物は全部、春画?」
「はい。全部。」
左月の言葉を左京が慌てて打ち消す。
「全部ではありません。ちゃんと学問の書物も御座います。」
「・・・・・学問の書物はどのくらいあるのですか?」
さくの問いに左京は返答に窮す。代わりに左月がはっきりと答えた。
「学問の書は一分か二分に御座います。」
全体の一分か二分が学問の書だとなると、八分は春画という事になる。ならば殆どがいかがわしい書物という事になる。そこでさくは思い出した。そういえば弥三郎は珍しいものを上方から取り寄せる伝手があると、自慢げに話していた・・・・・・。あれはただ、珍しい春画を取り寄せていただけらしい。弥三郎の事を上方に通じている開明的な男だと誤認していた自分が恥ずかしかった。まさかこんな下衆な男だったとは。沸々と怒りが湧いてくるのを抑えられないさく。
「左京、左月付いてきなさい。はる、ここは任せましたよ。」
てつはう隊の訓練は、はるに任せ、さくは二人を伴って弥三郎の部屋に向かった。
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