戦国ニート~さくは弥三郎の天下一統の志を信じるか~

軽部雄二

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第23章

人を殺すという事

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 それから2年ばかりの時が流れた。
 弥三郎は22歳になった。さくの厳しい鍛錬によって、体が一回り大きくなった。元々上背があった弥三郎に筋肉が付いたのである。なかなかの偉丈夫であった。すっかり変身した弥三郎であったが、初陣の機会はこの年になっても巡っては来ない。心配症の大殿の裁断である。さくは自分が仕上げた弥三郎に自信があったのでやきもきしたが、大殿曰く、
「体が大きうなれば、いくさ働き出来ると云うものではない。」
 と、にべもなかった。ではいつ初陣させるのかと食い下がると、大殿は、
「乱世の厳しさを理解したらじゃ。」
 乱世の厳しさ・・・・・。さくはその事を漠然と考えた。今の世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ。殺さなければ殺されるのだ。その事を弥三郎はどの程度、理解しているのであろうか。
「やはり、実践か。」
 さくは呟いた。ここで言う実践とは、即ち命の取り合い。人を殺す事である。現在、弥三郎の剣の腕はかなりのものである。技量はさくのほうがまだ、一日の長があるが、弥三郎の力のある打ち込みにさくは青色吐息である。いずれは勝てなくなるだろう。もう何時いくさ場に出ても周りに引けは取らない所まで来ていた。問題なのは弥三郎は躊躇なく人を殺せるか。という事である。いくさ場で勝敗を決するのは剣の技量では無く、覇気。つまり相手に対する殺意である。剣が師範代の腕前でも敵に情けを懸ければ、恩賞目当てにいくさ場に出る農民に首を獲られる事になる。剣の腕前では無く、殺意が上回る方が全てに於いて勝つのだ。弥三郎は人を殺せるか?以前もその事に付いて話した事を思い出した。弥三郎はさくに人を殺す事に抵抗は無いのかと訊ねていた。その様な事を人に訊ねるという事は、人を弑すことに抵抗有りという事である。その時は領民を守る為と納得させたが、果たして大丈夫か?いくさ場に出て自分の首を獲りにくる敵を前に右往左往する弥三郎の姿が脳裏に浮かんだ。十分あり得ることだ。弥三郎の全てを知り尽くしたさくである。その行動原理は把握していた。一刻も早くこの問題を解決して、弥三郎に初陣を飾らせるのが、さくの使命であった。さて、どうするか・・・・・・。
 
 さくの前に静かに父の国安が鎮座する。ここは宮脇の館。さくにとっては二年ぶりの里帰りである。文では頻繁にやり取りしていたものの、やはり里に帰ると落ち着くものである。
「元気そうじゃのう。変わりは無いか?」
「はい。父上もお元気そうでなにより。」
 二人は笑顔で挨拶を交わす。
「それでどうじゃ。弥三郎様は?」
「文に認めた通り。もう、何処に出しても恥ずかしくない偉丈夫になられました。」
「左様か。では、養育は上手くいっておる訳じゃな。」
「万事、抜かりありません。」
 さくは自慢げに答えた。
「あっちのほうはどうだ?」
「は、???あっちとは?」
「お手が付いたのではないか?」
 さくはギクリとする。お手が付くと言うのは、弥三郎と男女の中になる事を意味する。確かに毎日、火処を擦られ逝かされた後で、弥三郎の矛を擦り、発射させるのが日課ではあった。これは男女の仲なのか。だが、まぐあってはいないのである。ただ、性欲の捌け口として使われているだけなのやもしれなかった。さくは自分を初めて逝かせた弥三郎を好いていた。弥三郎もさくの事を気に入っていたからこそ付け回していたのだから、これは両想いと言えるのか。だが、弥三郎はおなご全般が好きなのであった。相手してくれるのがさくだけなので執着しているだけかもしれぬと思うと、さくは胸がもやもやするのである。
「その様な事は御座いませぬ。さくは未だ、生娘に御座います。」
「なんじゃ。そうなのか。」
 そう答えたさくに国安はほっとしたような、がっかりしたような表情を見せるのであった。
「ところで、父上。今日は相談に参りました。」
 痛い腹を探られないうちに、さくは2年ぶりに里帰りした理由を話す。
「相談?何の相談じゃ。」
「弥三郎様の事です。」
「養育は順調だと言ったではないか。」
「はい。順調です。弥三郎様は初陣を心待ちにしてお出でです。」
「文を読んだ。腕伏せを毎日1500もやるとか。」
「はい。もういつ何時、いくさ場に出しても遅れは取らぬようにお育てしたつもりです。」
「大殿もさぞやお喜びであろうな。」
「・・・・・・・。」
「どうした?」
「それが大殿は弥三郎様をいくさ場に出すつもりはないと仰せで。」
「・・・・・・。何故じゃ?」
「体が大きゅうなっただけで、乱世の厳しさを知らぬと。」
「ずっと、引き籠っておられたからのう。それはあるやも知れぬな。」
「しかし、今年で22歳になられるお方。この年で初陣がまだ等・・・・・・。」
 国安は髭を撫でながら、記憶を辿る。
「確かに。あまり聞いた事がないな。」
 22まで初陣がまだ無いというのは、かなり遅い部類である。
「さくの目から見ても、弥三郎様は乱世の厳しさを分かっておらぬ様なのか?」
「・・・・・・・・。弥三郎様がさくに訊ねられましたのは、「人を殺すのに抵抗はないか。」と、」
「は~あ。そんな事を言うのか。」
「はい。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「そんな事を言っておったら、いくさ場に出られぬではないか。」
「・・・・・・。」
「そんな男をいくさに出したら、むざむざと敵に首をやる様なものだ。それが分かっておるので、大殿もいくさ場に出さぬのであろう。」
「・・・・・。さくもその様に思います。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「終わっているな。武家の人間として。」
 国安は容赦なく弥三郎を切り捨てた。さくはずきりと胸が痛んだ。
「何を仰せられますか。誰しも初めは臆すもので御座いましょう。父上は全く臆す事が御座いませんでしたか。初陣の時の事を今一度、思い起こされませ。」
「・・・・・・。まあ、それは・・・。」
 国安が言い淀んだのを見て、さくは捲し立てる。」
「小便をちびられたので御座いましょう。以前にそう仰っておられたのを、さくは憶えています。」
「それは別に普通の事じゃ。みな、多かれ少なかれ小便や大便をちびるのだ。」
 言い訳する国安の揚げ足を、さくはすかさず取る。
「それ見なされ。誰しも小便や大便をちびるのが普通と仰りましたな。皆、臆するのではありませんか。弥三郎様も同じ。最初だけ人を殺すという事に抵抗を覚えているだけに御座います。」
「そうかのう~。最初だけ臆しているだけか~。」
 国安はさくの屁理屈に懐疑的である。かく言う、さく自身も弥三郎を擁護した自らの言葉に確信を持てずにいた。
「単なる気の迷いに御座います。一人殺せば、その後は撫で斬りです。父上もそうでありましょう。」
「う~ん。まあ、そうかのう。しかし、弥三郎様はその一人が斬れぬのではないか?」
「はい。それを恐らく、大殿も懸念されているのではないかと。」
「どうするのだ。」
「そこで、父上にご相談が御座います。」
 さくは膝を進めて、国安ににじり寄る。
「弥三郎様をいくさ場に出す前に、一度、実戦経験を積ませたいのです。」
「成程、それは良い考えかも知れぬな。いくさ場に出る前に、人を斬る経験があるのと無いのとでは大分違うからな。」
「ご協力頂けるでしょうか。」
「勿論だ。協力しよう。国境の本山氏との小競り合いに弥三郎様を密かにお連れすれば良い。」
「いいえ。それは困ります。」
 さくはきっぱりと拒絶した。
「困る?何が困るのだ?」
「小競り合いとしても命の取り合いに御座います。弥三郎様に何か有りましたら如何致しますか。」
「・・・・・・・。しかし、その様な事を言っておったら、実践は積めぬではないか。」
「いくさ場に出さずに、経験だけ積ませたいのです。」
 さくの珍妙な物言いの意味が国安には分からなかった。
「いくさ場に出さずに、どうやって人を斬らせると言うのだ。そんな事は不可能だろう。」
「いえ。さくは考えたのです。命の危険を冒さずに、人を斬る経験をさせる算段が一つだけあるのです。」
「なんだ。その様な算段があるのか?」
「御座います。」
「なんだ。言ってみろ。」
 さくは声を潜めて一言、
「辻斬りです。」
「はっ?」
 国安は思いもかけない一言に理解が追い付かなかった。
「つ、辻斬り?」
「・・・・・。」
「弥三郎様に辻斬りをさせるのか?」
「・・・・・。」
 さくは無言である。その沈黙は本気で考えている事を意味した。辻斬りというのは武士が何の罪もない領民を何の理由も無く斬り捨てる事である。刀の試し切りをしたいとか、腕試しをしたいとか。夜の闇に紛れて、老若男女問わず斬り捨てる。武士による領民を人と思わぬ非道な行いである。乱世の世ではこの殺伐とした行いがよくあったのだ。
「お、お前。本気で言っておるのか?」
「はい。」
 さくは眉ひとつ動かさず静かに答えた。
「我が娘ながら、ろくでもない事を・・・・・。その様な事を領民を慈しむ大殿が許す筈があるまい。」
「はい。お許しにはならない筈です。」
「それが分かっているなら、何故、そんな馬鹿な事を考えた。」
 国安はさくを詰った。しかし、さくは悪びれる様子が無い。
「ですから大殿には報告せずに、こそりと行うのです。」
「天網恢恢疎にして漏らさずと言うであろう。悪事は必ず露見するもの。必ず大殿の耳に入るぞ。」
「ですから、お耳に入らぬようにここで行いたいのです。」
「ここで行う?」
「宮脇の領地内で。」
「・・・・・・。」
 国安は絶句した。さくは弥三郎に人を斬る経験をさせたいので、辻斬りをしたいと。しかも大殿の耳に入らぬように、寄りにも寄って宮脇家の領地内で行いたいと言うのだ。
「おまえ・・・・・。本気で言っておるのか?しかも我が領民を斬り捨てるのを黙認しろだのと・・・・・。そんな事を許せる筈が無いだろう。領民が知ったら、一斉蜂起するぞ。」
「目撃者は全員始末致します。その様な事にはなりません。」
「お前、・・・・・鬼じゃな。」
 国安は目的の為なら手段を選ばない娘にうすら寒さを覚えた。さくは本気である。国安は頭を抱えた。何とかしてこの様な馬鹿げた企みを実行させる訳にはいかない。その時、国安の頭に良案が閃いた。
「辻斬り斬りはどうじゃ?」
「???なんですか。辻斬り斬りとは?」
「大殿の城下で辻斬りが暗躍しているのを知らぬのか?」
「初耳に御座います。」
「ここひと月で5人斬られているそうじゃ。全て若いおなごで。手籠めにされた後で、命まで取られるそうじゃ。」
「何と卑劣な事を。」
 さくは憤ると、国安は突っ込んだ。
「お前も同じことをやろうとしていたではないか。」
 さくは国安の突っ込みを無表情で無視した。
「よくあることで御座いましょう。して、それが何か?」
「その辻斬りを退治させるのよ。」
「!!!!」
「辻斬りを退治すれば民が喜ぶ。弥三郎様の評判も上がる。人を斬る経験も積ませる事が出来る。一石三鳥ではないか。」
「・・・・・・。成程。ですが・・・・。」
「ですが、何だ?」
「五人も斬っておるので御座いましょう。血に飢えた狂人に御座います。弥三郎様には荷が重いやも。」
 さくの懸念を国安は笑い飛ばす。
「はっはっは。辻斬りを高く買い被りすぎるでないわ。」
「と、申されますと。」
「狙われているのは若いおなごばかり。刀を持った者は誰も斬られてはおらぬ。卑怯な臆病者に違いないわ。たいした腕では無い。」
「そうでしょうか。」
「何も弥三郎様に一対一でやり合わせる事は無い。2,3人若い者を連れて行き、取り囲んで嬲り殺してやるのじゃ。止めだけ弥三郎様にやらせれば良い。」
「・・・・・成程。」
「良い考えであろう。弥三郎様も若い女を無差別に犯して殺すような輩ならば、殺すのに躊躇すまい。」
 弥三郎は辻斬り退治に興味は示さないだろうが、若いおなごが五人も犯された後で斬られていると話せば黙ってられない筈だ。なにせ領内のおなごは皆、自分に処女を捧げるべきだ等と呆けた事を言うぐらいだ。尻を叩くのに絶好の口実である。さくはその提案に乗った。
「良きお考え。戻って大殿にお話しましょう。」
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