戦国ニート~さくは弥三郎の天下一統の志を信じるか~

軽部雄二

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第19章

女てつはう隊選抜検査

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「なんですか、これは?」
 弥三郎の様子を見に庭に戻ったさくは、その異様な光景に絶句した。庭一面に灰が撒かれて真っ白である。先程までは無かった。さくが厠に籠っている間に撒いたらしかった。更に異様なのは女てつはう隊を編成すると言って弥三郎が集めた若いおなご達が・・・・、横一列に並び・・・・、小袖の裾を捲り上げている。勿論下半身は剥き出しだ。そのおなご達は用便を足すときの様にしゃがみ込んだ状態で、はるが順番に女たちの鼻の穴に紙縒りを入れている。弥三郎はその女たちの足元にしゃがみ込んで、火処を覗き込んでいた。鼻に紙縒りを入れられた若い女が堪らずくしゃみをした。
「よし、お前は合格だ。」
 弥三郎は興奮した面持ちで女に言っている。弥三郎は「合格」と言った。合格と云うからには不合格もいると云う事だ。何か分からないが女たちを選別しているらしかった。てつはう隊を結成するにあたって人員の選別は必要だ。例えば要領の悪い者、動きの鈍い者などは不適であろう。さくも何らかの選別は必要だとは思ってはいたが、地面に灰を撒いて、鼻に紙縒りを入れ、火処を覗き込んで合否を決めるとは一体、どういうつもりなのか?さくには理解不能である。弥三郎にはまたもや考えがあるらしいのだが・・・・・。これは詰問してやらねばならないと思うものの、弥三郎が何と答えるか想像するだけでも空恐ろしい。この男は気違いなのではないかと思いながら、さくは弥三郎の元に歩み寄り、恐々と声を掛けた。
「弥三郎様。何をなされておるので?」
 弥三郎は振り返った。満面の笑みである。
「おう。さくか。」
 そうとだけ答えて、再度、次の女の火処を覗き込む。はるも弥三郎に従い、一生懸命、真面目腐った顔で一心不乱に女の鼻に紙縒りを入れている。一体これは何の真似なのか?全く訳が分からないさくは再度、弥三郎に声を掛けた。
「一体、何をやっているのですか?ご説明下さい。」
 弥三郎は火処から目を離さずに、背後のさくに言う。
「言ったであろう。女てつはう隊を作ると、これは隊の人間を選別しておるのだ。」
「・・・・・・・。それは一体どの様な基準で選別しているのでしょうか。灰を撒いて、紙縒りでくしゃみさせ、火処を覗き込む事の何処が選別なのでしょう?」
「これはおなご共が処女か貫通済みかを選別しておるのだ。」
「・・・・・・・。」
 さくには全く訳が分からなかった。てつはう隊の選別に何故、処女か非処女かが関係あるのだろうか?それに灰の上で下半身を剥き出しにして、くしゃみをさせて処女かどうかの判定を下していると思われるのだが、何故、それで処女かどうかが分かるのか?取り敢えずその事を弥三郎に質さなくては・・・・・。
「弥三郎様。質問が御座います。」
「なんだ。」
「確かにさくも女てつはう隊を作るのであれば、人員の選別は必要かと思います。ですが・・・・・。人員の選別を何故、処女か非処女かで決められるのですか?もっと重要な要素があるのではないですか?」
「人員の選別には処女か非処女かの選別は欠かせぬのだ。」
「・・・・・・。その訳をお聞かせ頂けますか?」
「処女は頭が良い。機転が利く。」
「・・・・・・・。何故、処女は頭が良いと判断なさるのですか。処女でなくても機転が利く者は幾らでも居るでしょうに。」
「いない。」
 弥三郎はにべもなく、さくの尤もな問いかけを一蹴した。
「・・・・・・・。その理由をお聞かせ願いますでしょうか?」
 さくは弥三郎にげんなりしながら理由を問うた。聞きたくないが聞かねばしょうがないではないか。
「私以外の男とまぐわうおなごは、頭が悪いのは明々白々だ。どこぞの馬の骨とも分からぬ薄汚いおのこに、性病を移され脳が腐っておる。」
「・・・・・・・。」
 はあ~。と、さくは深い溜息を付いた。何となく予想は付いたものの、しょーもない理由であった。要するに自分以外に処女を捧げたおなごは気に食わんという事だろうか。さくは阿呆を見る目で弥三郎を見ながら言う。
「・・・・・・・。それでは、この地面に撒いてある灰は一体、なんなので?」
 さくは一面真っ白な庭を指差した。
「これはおなご共が処女かどうかを見分けるために必要なのだ。」
「?????」
 弥三郎は得意げに説明する。
「まず、一面に灰を撒く。その上におなご達を用便をするようにしゃがませる。」
「?????」
「それから、鼻の穴に紙縒りを入れて、くすぐってやるのだ。」
「?????」
 さくにはとんと話が見えない。灰の上にしゃがませて、紙縒りでくすぐる事がどうして処女を見分けることになるのか。
「紙縒りでくすぐるとどうなるので?」
「くしゃみを出させる。」
「で?」
 弥三郎は察しの悪い、さくに苛ついたのだろう。呆れたように言った。
「くしゃみをさせると処女でなければ、火処から出るくしゃみで下の灰が散るのだ。ところが処女であるならば、火処が膜で閉ざされているので灰は散らぬ。」
「なんですか、その阿呆らしい識別方法は。弥三郎様が考えられたのですか。」
「いや、違う。」
「誰からその様な出鱈目を吹き込まれましたか。」
 弥三郎はムッとしたのか、憮然とした表情で言った。
「出鱈目などでは無い。れっきとした処女識別法だ。書にも書かれている。」
「それは法螺話に御座います。おなごがくしゃみをしても、空気が火処を通る訳が御座いません。」
「そんなことは無い。現に何人も試しているが、百発百中の精度だ。」
 弥三郎は書に書かれている法螺話を鵜呑みにしている様だ。
「・・・・・・・。弥三郎様。書と云うものは誰しもが好きな事を思いのまま書いてるもの、書かれている事が、常に正しいとは限らないものなのです。」
 さくは弥三郎を戒めた。
「まあ、それはありかも知れないが、読み手がその事を勘案して、正しいか正しくないか精査すれば、書と云うものは常に有意義だ。」
「・・・・・・・。」
「処女検査の方法については正しい。」
 弥三郎は断言した。しかし、現代ではこの当時の処女識別法の医学的根拠は否定されている。さくの考えが正しかった。さくには弥三郎の知識欲が、この様な馬鹿げた処女識別法を盲信させる原因なのだろうと思えた。賢いと馬鹿は表裏一体である。
「それではさく、お前も一応受けてみるのが良いだろう。」
 弥三郎はおもむろに、さくの小袖の裾を捲った。
「きゃっ!何をなさいます!」
 おなごしか居ないとは云えども、皆の前で尻を露出するのは武家の人間として誇り高いさくには屈辱であった。さくは必死に裾を抑える。
「お止め下さい。この様な検査を宮脇の人間が受ける筈はないでしょう。」
 すると、弥三郎は驚くべきことを言った。
「はるは受けたぞ。」
「えっ!」
 驚くべきことに、はるは皆に混じって検査を受けたというのだ!宮脇の家の誇りを捨て去ったはるに対してさくは怒りを覚えた。
「はる!あなたという人は!」
 叱られたはるは居心地悪そうに肩を竦めた。
「はるは処女だったぞ。さくも宮脇の者なら、誇りに掛けて処女を証明すべきであろう。」
「お断りします!」
 さくはきっぱりと言った。
「検査を受けぬと云うのであれば、私の子種は全て、はるに注ぎ込まれてしまうぞ。」
 弥三郎は皆の前で高らかに宣言した。顔を赤らめるはる。それを前にして、さくは怒りの炎が体の中から燃え上がるのを感じた。この男はさくに無理やり迫って尻に精を放出したばかりなのである。自分だけに夢中なのかと思いきや、さくのお付きの次女にまで手を出そうとしていることが許せない。弥三郎の軽薄さ、宮脇の人間として誇りを持たぬはる、はるを守らねばならぬという使命感、全てがないまぜになったさくは、感情を爆発させた。
「しゃーんなろ。」
 勢いをつけたさくの平手が、勢いよく弥三郎の左頬を打った。
「ぎゃっ!」
 弥三郎は悲鳴を上げて吹っ飛んだ。地面に這いつくばる弥三郎を、さくは悠然と見下ろす。
「な、何を、いきなり何をするのだ。痛いではないか。」
 怒りで眼を吊り上がらせた、さくに怯えた表情を見せる弥三郎。
「おなごに対して処女だの、そうでないだのとくだらぬ事を。弥三郎様はこの者たちに上から目線でその様な事を言える立場とお思いなので。」
 さくは冷たく言い放った。
「ど、どういう事だ。」
「つまり、おなごにいくさ場に出て貰おうと云うのでしたら、少し敬意を払いなさいませ。この様な辱めを与えてはなりません。」
「これをやらなくては、てつはう隊の選抜が出来ぬではないか。」
 弥三郎はポカンとして言う。
「隊員の選別は、さくがやります。さくは処女かそうでないか等でおなごを選別する事は致しません。悪しからず。」
「それでは優れた者を選別する事は出来ぬぞ。」
 弥三郎はてつはう隊を処女で選抜する事に固執している。どうしようもない男だ。」
「てつはう隊は処女でなくてはならぬと云うのは、弥三郎様の個人的な性的嗜好ではありませんか。」
「そんなことはない。非処女は自らの淫蕩な欲望に負け、まぐわいに耽る者たちだ。この様な意思の薄弱な者たちに、国の大事を任せる訳にはいかぬだろうが。」
「・・・・・。もう、結構です。聞きとう御座いませぬ。選別は私に任せて頂きます。宜しいですね。」
 さくは強引に話を打ち切ろうとした。
「それでは絶対に上手くいかぬぞ。」
「上手くいかなかった時は、如何なる責めもお受けいたします。」
「ほう、如何なる責めも受けると申すのだな。」
 弥三郎は淫靡な笑みを浮かべる。良からぬ企みをしている様だ。さくには弥三郎の考えが手に取る様に分かった。
「はい。お受けいたします。」
「よし、分かった。さくに任せる。」
 弥三郎は上機嫌である。さくが失敗をした時は、その責めに乗じて、さくに無理やりまぐわいを迫ろうと考えている様だ。だが、失敗したらいくさは負けだ。命も危ういかも知れぬというのに、この男は何を考えているのだろうか。これは少し懲らしめてやる必要があるとさくは考えた。
「弥三郎様。」
「なんだ。」
「てつはう隊の編成だけで、いくさに勝てるとお思いではないですよね。」
「うん?」
「敵方がてつはう隊の集中砲火を破って、こちらに突っ込んで来た時は、乱戦になります。」
「・・・・・・・。」
「その時は、刀を振るって戦わねばならぬのでは。」
「・・・・・・・。」
「まさか、おなご達に刀を取らせる事までは、考えておりませんよね。」
「無論だ。女たちにはてつはうを使った遠距離の攻撃だけを担わせ、乱戦になったら、退却させるつもりだ。」
「・・・・・。その時は、弥三郎様も刀をお取りになりますね。」
「・・・・・・・。」
 弥三郎は引き攣った表情を浮かべた。
「弥三郎様は目の前で敵勢に領内のおなご達が手籠めにされるのを傍観するおつもりで?」
「ば、馬鹿な。そんな真似は決してさせぬ。」
「では、てつはうだけでなく、武芸の方も身に着けねばならぬ事はお分かりで?」
「・・・・・。うむ。そうだな。」
 弥三郎は弱々しく応じた。さくはしてやったりと満面の笑みを浮かべながら高らかに宣言した。
「明日からは武芸の鍛錬も致します。もしもの時、守ってくれるおのこに、おなごは心惹かれるもの。モテたいのであれば頑張りなされ。」
 さくは奮起を促したが、腕に自信のない弥三郎は俯くばかりだった。
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