戦国ニート~さくは弥三郎の天下一統の志を信じるか~

軽部雄二

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第7章

弥三郎との対面

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 夕刻。
 南国の暑い日差しの中、はるを叱咤激励しながら2人はなんとか日が暮れる前に大殿の居城に赴いた。2人は早速、大殿の元へ。
「よう、来てくれた。待っておったぞ。」
 大殿は片膝を立てて頭を垂れるさくに鷹揚に言った。
「遅くなり申し訳ありませぬ。」
「うむ。うむ。」
 待ちわびていた長男の教育係が来たことに大殿は上機嫌である。
「では、早速、弥三郎に目合わそう。」
「大殿、その前に。」
「なんじゃ?」
「弥三郎様の養育を引き受けるにあたり、先ずは何から手を付ければ宜しいかと・・・・・。」
「そうじゃな・・・・・、う~む。」
 大殿が腕組みをして考え込むのを、さくは黙って見つめていると、
「前に話したな。巷で噂されている弥三郎に関する噂は全て事実だと。」
「伺いました。」
「それ全てよ。」
「全て・・・・・・。」
 さくは絶句した。
「先ず、喋る様にしてくれ。全く会話が無く、食事を一緒にする時が通夜のようで息が詰まるのだ。」
「はい。」
「それから人に対する挨拶。弥三郎はそれが出来ない。人と殆ど喋らぬ。こんな事では家臣と意思疎通する事さえままならぬ。」
「はい。」
「それと体を洗わせてくれ。最後に体を洗ったのはふた月も前ぞ。お家の跡取りが浮浪人の様では困る。」
「はい。」
「それと、厠があるのに何故、用便を桶で足すのか。その理由を明らかにし、止めさせるのじゃ。」
「承知しました。」
「あとは武芸じゃ。」
「武芸?」
「武芸の嗜みが全くない。そもそもあの華奢な体では刀を振れまい。一から教えてやってくれ。」
「承知。」
「あとは・・・・・・、いつも供を連れず、独りでふらふらと出かけるのも気になる。いったい、何処で何をしているのか。それを調べてくれ。」
「委細承知。」
「まあ、そんなところか。兎に角、前にも話したが、ふぐりが臭いと言って、近衆を寄せ付けずでな。おなごのそなたの話なら喜んで聞くじゃろうて。」
「・・・・・・・・・。」
 大殿の物言いに何か含みがある様に感じられたが、さくはそれを黙って飲み込んだのであった。
「では、行くか。」
「はい。」
 大殿の案内で、さくとはるは城内の奥の間に足を踏み入れる。
「何か緊張しますね。どの様な方なのでしょうか?」
 後ろを歩くはるが、さくに訊ねてくる。
「しっ!静かに!」
 大殿の前である。さくははるを嗜めるが、それを大殿は笑って許容する。
「構わん、構わん。凶暴な男ではない。全く無害な男じゃ。」
「申し訳ありません。」
 さくははるの無礼な言動を謝した。だが、本心ではさくも同じように緊張していた。兎に角、問題の多い若殿なのだ。養育を誤れば主家もろとも宮脇の家も滅ぶ可能性が十二分にある。その重責に身が引き締まる思いだ。
「ここじゃ。」
 大殿はある一室の前で足を止めた。そこが弥三郎の居室であるらしい。
「弥三郎。儂じゃ。」
 大殿は廊下から若殿に呼び掛けた。が、返事は無い。部屋の襖はピタリと閉じられたままだ。
「弥三郎。嬉しい知らせじゃぞ。」
「・・・・・・・・・。」
 返事はない。大殿はさくに声を潜めて話し掛けた。
「いつもこれなのじゃ。返事をせぬ。」
「部屋に居ないのではありませんか?」
「いや、居る。先程、帰って来てから部屋に籠ったきりじゃ。」
 大殿は襖にそっと耳を当てる。そして言った。
「やはりいる。こちらの様子を窺っておるようだ。」
 さくも襖に耳を当て中の様子を窺うが、何も聞こえなかった。
「どうしたものかのう。」
 大殿は困り切った風で、さくに助けを求めた。さくは呆れた。謀略の鬼と言われる大殿が、自分の息子には形無しの態である事にである。返事も出来ない馬鹿息子など叱りつけて、殴ってやれば良いのだ。大殿にも呆れたが、弥三郎も弥三郎だ。自分の父親が部屋の外から呼びかけているにも関わらず、顔も見せぬどころか、返事すらしないとは・・・・・・。話には聞いていたが、いざ目の当たりにする若殿のどうしようもなさに、さくは怒りが湧いた。自分が養育係になったからにはその性根を叩きなおしてやるのみだ。さくは大声で呼びかけた。
「弥三郎様。宮脇国安が娘、さくと申します。」
 部屋の中からバタバタと音がした。やはり若殿は部屋の中に居る様だ。
「本日より大殿から弥三郎様の養育係を仰せつかりました。」
「・・・・・・・・。」
 部屋の中からは何の返答も無い。
「尽きましては、侍女のはる共々、ご挨拶させて頂きたいのですが。」
「・・・・・・・・・」
 やはり何の反応もない。大殿もさくに続いて声を掛けた。
「弥三郎、お待ちかねのさくが来たぞ。顔を見せたらどうじゃ。」
 さくは大殿の言葉に違和感を覚えた。「お待ちかね」とは何だ?若殿はさくの事を待ち望んでいたのだろうか?・・・それはさておき、さくは一切呼びかけに応じない弥三郎に対して苛立ちを募らせた。口数が少ないとは聞いていたが、返事も出来ない馬鹿殿とは。
「弥三郎。少し顔を見せてくれぬか?」
 大殿はどこまでも弱腰だ。ここは自分が養育係としてしっかり対応する事が求められる。と考えたさくは襖に手を掛けた。
「こ、これ、さく。何をする。止めるのじゃ!」
 慌てふためく大殿を横目に見ながら、さくは思いっきり襖を開けた。
「弥三郎様。大殿に返事な・・・・・・。」
 さくはその場に固まった。畳の上に置かれた机の前に座り、本を読んでいた男は右肩に布を捲き、鼻に懐紙を詰めてはいたが、紛れもなく、さくの痴態を覗いて矛を扱き、付きまとっていた先程の男であった。
「そなた!ここで何をしている!弥三郎様に何をしたのじゃ!」
 さくは血相を変えて詰め寄ったが、男は何も答えず、のほほんと本から目を離さない。
「答えるのです!何故ここにおる!」
 男に詰め寄るさくに、大殿もはるも呆気に取られていた。
「ど、どうしたのですか姫様?その男がどうかしたのですか?」
 はるは恐る恐る、さくに問いかける。
「大殿!この男が弥三郎様になにかしたのやもしれません!」
「何を言ってるのだ?そやつが弥三郎じゃが・・・・・。」
「え!・・・・・・。」
 大殿とさくは訳が分からず互いに顔を見合わせる。
「・・・・・・どうした?」
「まさか・・・・・。この方が・・・・弥三郎様なのですか?」
「そうじゃ。見知っておったのか?」
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