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第3章
謀議
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「いい話ではないか。」
それがさくから相談を受けた父の国安の第一声であった。どう考えても難儀な話を国安は良い話だと言うのだ。
「父上、これの何処が良い話なのですか?さくは厄介な案件だと思われてなりません。」
「そう思うそなたは浅はかぞ。」
国安は笑いながら言うのである。さくは意図を図りかねた。
「どういう事でしょう?」
「それはそなたが若殿の傍に仕えるという事に尽きる。そなたに若殿の手が付けば、側室、上手く行けば正室じゃ。子を産めば我が宮脇家の血を継ぐ者が跡取りになるやも知れぬ。我が家の家中での立場がようなる。なにせ親族衆になるのだからな。」
「それは・・・・・。父上の方が浅はかで御座います。」
「何故じゃ?」
「若殿はかなり癖のあるお方の様だとは先程、話したではありませぬか。」
「うむ、聞いたな。」
「巷で話されている若殿の芳しくない噂は、全て本当の事だと大殿が認めているのです。まともな方では御座いませぬ。」
「それで。」
「もし、さくに若殿の手が付きまして、親族衆になったとしましても、はっきり申しまして若殿では国を保つのは難しいのでは・・・・・。」
「・・・う~ん。・・・・それはあるやもしれぬな。」
「そうで御座いましょう。さくはこの際、大殿の亡き後の我が宮脇家の身の振り方も考えておかねばならぬと思います。」
「それは・・・・・主を替えるという事か?」
国安は声を潜めて尋ねる。
「場合によっては。」
さくははっきりと言った。
「・・・・・しかし、そなたは簡単に言うが、我が宮脇家は大殿にはひとかたならぬ恩義がある事を忘れたか。儂も大殿から名前に一字を賜る程、目を掛けて貰っているのだぞ。」
国安は大殿から名前を一字賜っている。それは大殿に仕える宮脇家にとってこの上なき名誉な事であり、大殿の宮脇家に対する信頼の証でもあった。
「それはそれ。跡継ぎの若殿が国を保てる器であるかどうか。それはまた別問題です。もし若殿が器量無しで国を保てぬ様であっても、父上は最後まで若殿に殉ずるおつもりなのですか?」
「・・・・・しかし、大殿のひとかたならぬ恩義があるなれば・・・・・・・。昔から言うであろう「君、君たらずといえども 臣、臣たらざるべからず」と。」
つまり、国安は主君に徳が無く、主としての道を尽くさなかったとしても、臣下は臣下としての道を守って忠節を尽くさないといけない。と言っているのである。しかし、さくはそれに真っ向反論した。
「管仲はこうも言っております。「君、君たらざれば 臣、臣たらず」と。」
さくは管仲の言葉を例に出して、主君に徳が無ければ臣下は忠節を尽くせない。と、国安とは正反対の意見を述べたのである。
「・・・・・そなたは・・・・・。」
国安は自分の娘の乱世を生き延びる哲学に絶句した。自分は例え主君の跡目を継ぐ若殿が馬鹿殿でも変わりなく仕えようと思っているのに対し、さくは若殿に見込みが無ければ恩義に拘る必要なしと言うのだ。人の良い国安からすると虎狼のような娘という事にもなろうが、時は乱世の戦国時代。主家の衰退は家臣の存亡に関わるのだ。さくの方が国安よりも武将らしいといえた。
「・・・・・・・・噂には聞いていたが、それ程どうしようもないのか?」
国安はさくに訊ねた。
「それはさくが父上にお聞きしとう御座います。父上の目から見て若殿はどうなのですか?さくはあくまで噂は本当の事だと、大殿から聞かされただけで・・・・・。実際会って人となりを確認した訳ではありませんので。」
「・・・・・・・分からん。」
「・・・・・・・分からん?それはどういう事で?」
「一度も会った事がないのだ。」
「それは可笑しゅう御座います。大殿にお仕えし、重用されている父上が一度もお会いした事が無いなどと。」
「本当の事なのだから仕方ない。ただ、部屋に引き籠っているとは聞いたが。」
「そこです。そこの所です。大殿の後を継ぐ若殿が部屋に引き籠って、顔も見せないという事に父上は不安を感じませぬか。その一点取っても、若殿の異様な人格を表しているのでは。父上は今までに何とも思われなかったので。」
国安は眉を擦りながら、困った様な顔を見せた。
「今までは面妖な若者じゃのうぐらいにしか思ってはおらんかったのじゃ。大殿もご健在であったしな。そなたの話を聞くまで、そこまで重要な懸案だとは思いもよらず・・・・・・・。」
「父上は大殿が健在だから・・・・と、申しますが、果たしてそうでしょうか?今日、初めて大殿にお会いしましたが、さくにはかなりお疲れのご様子にお見受けしました。大殿は幼き頃より苦労されてきたお方、老けるのも早う御座います。」
「う~ん・・・・・。」
国安は腕組みをして考え込んだ。自分の娘にそこまで言われて初めて宮脇家の行く末に不安を感じたのである。
「じゃあ、寝返るか。」
国安はあっさりと言う。それをさくは慌てて押し止めた。
「そんな、短絡的な。結論を出すのは早う御座います。とりあえず、さくが大殿の命に従い若殿の人となりを確かめて参ります。結論を出すのはそれからだと。」
「成程、それもそうだ。」
国安はあっさりと前言を翻した。さくは父の行き当たりばったりな対応に強く不安を覚えた。宮脇家の行く末は大丈夫なのかと・・・・・・。
それがさくから相談を受けた父の国安の第一声であった。どう考えても難儀な話を国安は良い話だと言うのだ。
「父上、これの何処が良い話なのですか?さくは厄介な案件だと思われてなりません。」
「そう思うそなたは浅はかぞ。」
国安は笑いながら言うのである。さくは意図を図りかねた。
「どういう事でしょう?」
「それはそなたが若殿の傍に仕えるという事に尽きる。そなたに若殿の手が付けば、側室、上手く行けば正室じゃ。子を産めば我が宮脇家の血を継ぐ者が跡取りになるやも知れぬ。我が家の家中での立場がようなる。なにせ親族衆になるのだからな。」
「それは・・・・・。父上の方が浅はかで御座います。」
「何故じゃ?」
「若殿はかなり癖のあるお方の様だとは先程、話したではありませぬか。」
「うむ、聞いたな。」
「巷で話されている若殿の芳しくない噂は、全て本当の事だと大殿が認めているのです。まともな方では御座いませぬ。」
「それで。」
「もし、さくに若殿の手が付きまして、親族衆になったとしましても、はっきり申しまして若殿では国を保つのは難しいのでは・・・・・。」
「・・・う~ん。・・・・それはあるやもしれぬな。」
「そうで御座いましょう。さくはこの際、大殿の亡き後の我が宮脇家の身の振り方も考えておかねばならぬと思います。」
「それは・・・・・主を替えるという事か?」
国安は声を潜めて尋ねる。
「場合によっては。」
さくははっきりと言った。
「・・・・・しかし、そなたは簡単に言うが、我が宮脇家は大殿にはひとかたならぬ恩義がある事を忘れたか。儂も大殿から名前に一字を賜る程、目を掛けて貰っているのだぞ。」
国安は大殿から名前を一字賜っている。それは大殿に仕える宮脇家にとってこの上なき名誉な事であり、大殿の宮脇家に対する信頼の証でもあった。
「それはそれ。跡継ぎの若殿が国を保てる器であるかどうか。それはまた別問題です。もし若殿が器量無しで国を保てぬ様であっても、父上は最後まで若殿に殉ずるおつもりなのですか?」
「・・・・・しかし、大殿のひとかたならぬ恩義があるなれば・・・・・・・。昔から言うであろう「君、君たらずといえども 臣、臣たらざるべからず」と。」
つまり、国安は主君に徳が無く、主としての道を尽くさなかったとしても、臣下は臣下としての道を守って忠節を尽くさないといけない。と言っているのである。しかし、さくはそれに真っ向反論した。
「管仲はこうも言っております。「君、君たらざれば 臣、臣たらず」と。」
さくは管仲の言葉を例に出して、主君に徳が無ければ臣下は忠節を尽くせない。と、国安とは正反対の意見を述べたのである。
「・・・・・そなたは・・・・・。」
国安は自分の娘の乱世を生き延びる哲学に絶句した。自分は例え主君の跡目を継ぐ若殿が馬鹿殿でも変わりなく仕えようと思っているのに対し、さくは若殿に見込みが無ければ恩義に拘る必要なしと言うのだ。人の良い国安からすると虎狼のような娘という事にもなろうが、時は乱世の戦国時代。主家の衰退は家臣の存亡に関わるのだ。さくの方が国安よりも武将らしいといえた。
「・・・・・・・・噂には聞いていたが、それ程どうしようもないのか?」
国安はさくに訊ねた。
「それはさくが父上にお聞きしとう御座います。父上の目から見て若殿はどうなのですか?さくはあくまで噂は本当の事だと、大殿から聞かされただけで・・・・・。実際会って人となりを確認した訳ではありませんので。」
「・・・・・・・分からん。」
「・・・・・・・分からん?それはどういう事で?」
「一度も会った事がないのだ。」
「それは可笑しゅう御座います。大殿にお仕えし、重用されている父上が一度もお会いした事が無いなどと。」
「本当の事なのだから仕方ない。ただ、部屋に引き籠っているとは聞いたが。」
「そこです。そこの所です。大殿の後を継ぐ若殿が部屋に引き籠って、顔も見せないという事に父上は不安を感じませぬか。その一点取っても、若殿の異様な人格を表しているのでは。父上は今までに何とも思われなかったので。」
国安は眉を擦りながら、困った様な顔を見せた。
「今までは面妖な若者じゃのうぐらいにしか思ってはおらんかったのじゃ。大殿もご健在であったしな。そなたの話を聞くまで、そこまで重要な懸案だとは思いもよらず・・・・・・・。」
「父上は大殿が健在だから・・・・と、申しますが、果たしてそうでしょうか?今日、初めて大殿にお会いしましたが、さくにはかなりお疲れのご様子にお見受けしました。大殿は幼き頃より苦労されてきたお方、老けるのも早う御座います。」
「う~ん・・・・・。」
国安は腕組みをして考え込んだ。自分の娘にそこまで言われて初めて宮脇家の行く末に不安を感じたのである。
「じゃあ、寝返るか。」
国安はあっさりと言う。それをさくは慌てて押し止めた。
「そんな、短絡的な。結論を出すのは早う御座います。とりあえず、さくが大殿の命に従い若殿の人となりを確かめて参ります。結論を出すのはそれからだと。」
「成程、それもそうだ。」
国安はあっさりと前言を翻した。さくは父の行き当たりばったりな対応に強く不安を覚えた。宮脇家の行く末は大丈夫なのかと・・・・・・。
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