野球の王子様

ちんぽまんこのお年頃

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第18話

練習試合は県内覇者と。

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 放課後・野球部。
 バシーン。と黒田のキャッチャーミットに越前のストレートが鋭い回転で収まった。以前の様な棒球ではない。伸びのあるボールが、外角低めに決まる。ぎりぎりいっぱいって訳ではないが、以前は全てボールが高めに決まっていた事を考えると、大きな進歩である。
「いいぞ、越前。次はスプリットチェンジ。」
 黒田から返球を受けた越前は、再度振りかぶってボールを投げた。投じられたボールは鋭く沈み、黒田のキャッチャーミットを弾いた。
「驚いた。今までとはレベチだ。」
 手塚の指導をちょっと受けただけで驚異の進歩を見せた越前に黒田は驚く。
「今のは良い。ボールを低めに集めて、ストライクを取れれば、低めのスプリットチェンジはワンバウンドでも皆バットを振る。」
 越前の脇で投球を見守っていた手塚は言った。
「はい。分かりました。」
「日曜の試合では、兎に角、球を低めに集める。高めに投げる時は意識して。無意識にボールが高めに行くのは駄目だ。」
「・・・・・・・、日曜?・・・試合?」
 越前は手塚の言葉に敏感に反応した。」
「えっ!試合するの?」
 手塚の隣にいた咲良は驚いた。何も聞いていなかったからだ。
「ああ。」
「でも、まだ早いんじゃ・・・・・。」
 咲良には試合はまだ早すぎる気がしたからだ。だが、手塚は言う。
「夏までの時間は限られている。問題点を炙りだすには試合が一番だ。どの程度、うちの野球部が出来るのか、早い段階で確認したい。」
「何処とやるんですか?」
 越前はやる気満々である。
「指原先生に出来うる限りの強豪校との試合をお願いしてある。」
「そんなこと言ったら、さしこ先生はベスト16とかそのレベルの学校と試合を組んじゃうよ。さしこ先生はまともじゃないんだから。」
 咲良は懸念を示したが、
「構わない。どっちにしろそのレベルの学校を叩かなければ、甲子園に行けないんだ。」
 手塚は全く意に介さない。その時、丁度、さしこ先生がグラウンドに向かい歩いてくるのが目に入った。
「手塚君~、決まったわよ~。」
 さしこはこちらに向かって手を振った。練習試合の相手が決まった様だ。手塚は練習中の部員、皆を集める。
「試合だそうです。今度の日曜日。相手が決まったそうです。」
 越前が集まった部員にそう告げた。1年生は歓声を上げたが、2・3年生は咲良と同じく懸念を示す。
「いくらなんでも早すぎるんじゃないのかい?」
「一体、何処と試合するんだ?この時期に?」
 不破と蛭田は口々に不信感を示した。手塚と彼らの間に亀裂が入る事を恐れた咲良。すかさずフォロー。
「1年生の懇親も兼ねてよ。夏の大会までの時間は限られているんだし、なるべく経験を積ませないとね。」
 そう言って、彼らの顔色を窺う。手塚をフォローしたものの、実は咲良も今は試合より基礎固めじゃないかと思っていた。手塚君は何を考えているんだろう?
「みんな、聞いて。試合が決まりました~。」
 そう言ってさしこ先生はパチパチと一人で能天気に手を叩く。
「相手は何処なんすか?」
 桃太郎が尋ねると、さしこは自慢げに答えた。
「習志野です。」
 それを聞いた部員たちは一斉に沈黙した。5秒、10秒、15秒と沈黙が続く。
「え、え、習志野にある高校と試合をするんですか?」
 石井会長が沈黙を破った。自分らの勘違いかと思ったのだが、
「ううん。習志野市立習志野高等学校。」
 さしこ先生はそれを一蹴した。皆はそれを聞き絶句。習志野高校は強豪中の強豪。去年の夏の大会を制し、甲子園に行った、今夏の優勝候補なのである。
「その高校がどうカしましたか?なんなんですか?」
 ヂーミンは台湾から来たので、ミカエルと習志野の格の違いが分からない様だ。
「よく試合を受けて貰えましたね。」
 手塚だけは落ち着き払っている。さしこ先生は笑顔で言った。
「当然よ。タフネゴシエーターだからね。ちょっと話したらすぐOKよ。」
 本当に凄い。まさかミカエルの様な弱小校が習志野の様な強豪校から試合を受けて貰えるなんて。普通なら相手にもされない筈である。どういう交渉をしたのか?さしこ先生は意外に頼りになる?
「本当に習志野とやるのか?自爆行為だろ。」
「30点以上取られて、ボロ負けだ。1年生の戦意を挫く事にならないかい?」
 蛭田、不破は口々に試合に反対の意を示した。が、その時、越前が口を開く。
「その習志野とかいう高校と試合したとしても、俺が試合を作って見せます。30点取られるなんて事は俺がさせませんから。」
「・・・・・・・・・・。」
 その時、手塚が口を開く。
「甲子園を狙うのなら、習志野は我々ミカエルの力を計る絶好のハードルなんだ。別に負けても構わないさ。得られるモノの方が大きい。」
「・・・・・・・・・・。」
「俺は負ける気は無いですけどね。ミカエルには俺がいるって事を奴らに示しますよ。」
 出た。越前の強気発言。
「私は世界で戦ってきたんデす。たかだか、地方都市のレベルに劣るとは思えませンね。」
「うちの二遊間は鉄壁ですよ。習志野に劣っているとは思えない。」
「うちの野球部の評判は泥に塗れていますからね。汚名挽回するのはこの時だと思いませんか?」
 ヂーミン、菊池、中沢、1年生たちは口々に自信を覗かせた。蛭田、不破は顔を見合わせる。
「やるっきゃないみたいだな。」
「だね。」
 2人は苦笑いした。これで決まりである。
「それじゃあ、決まりね。今度の日曜日。習志野に遠征に行くよ。行くって言っても私は所用で行けないから、咲良ちゃんしっかり頼むわよ。ビデオに撮って、後でちゃんと見せてね。」
「はい、勝てないまでも一泡吹かせてきます!」
 咲良はさしこ先生に力強く宣言した。
「はい、みんな。そうと決まれば、練習、練習。今度の日曜は夏の大会の決勝のつもりで戦おう。勝てないまでも、ミカエルの意地、習志野に見せようよ。」
 咲良の呼びかけに皆が「おう!」と答えると、各自、課題を持って練習に励む。手塚君が越前に言った。
「越前、時間は限られているが、君にカットボールを教える。」
「カットボール?」
「ストレートと変わらない球速でボールを少し動かす球だ。前に話したな。ストレートには種類があると。」
「はい。」
「ストレートとカットボール、チェンジアップを織り交ぜて、低めに集め、追い込んだら伝家の宝刀・スプリットチェンジを低めに落とす。それが俺が考える、対習志野戦の必勝の武器だ。」
 それを聞いた越前はにやりと笑った。
「部長もボロ負けするとは思ってないんですね。」
「すんなりと負けるつもりはないさ。なにかしらの土産を持って帰るか、打ちのめされて帰って来るかは、君が鍵を握っている。」
「・・・・・・・・・・。」
「どうだ、やれるか?」
「勿論です。」
 越前は不敵に笑った。

                       (野球の王子様 ① 完
                                      ②に続く)
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