上 下
507 / 549
エルフの森編

503.弓は苦手なんです

しおりを挟む
 如何してこうなってしまったのか。
 などと嘆くには既に遅く、ルカ達は弓を手にしていた。

 それぞれの手には同じ素材で作られた短弓。
 特殊な釉薬で上塗りをされており、弦も硬い癖にとてもしなやか。

 かなり質も良い弓で、間違いのない代物。
 そんなものをパークから預かったはいいものの、正直上手く扱える誰の腕にも技量は無かった。

「それではここから向こう射て貰おうかな。的は向こうの木に立てられているから」
「向こうの木? えーっと、もしかして隣の?」
「そうだよ。ここから百メートル離れた場所に建てられたウッドデッキ。そこに的も用意してあるんだ」
「つまり的場ってことだね」

 ルカ達が連れて来られたのは、木の上に建てられた矢場。
 そこから全く同じ高さの場所に、いくつものウッドデッキが用意されている。
 距離は違うが全て弓の練習のためにあるようで、的が高さ違いで幾つも用意されていた。

「ルカさん、どうしましょうか?」
「どうもこうも、ここまで来たらやるしかないよ。あの、パーク」
「ん、なんだい?」

 ルカはパークに声を掛けた。
 如何やらかい被っているようなので、一度保険を作っておくのだ。

「残念だけど、私達はそこまで弓の腕に長けている訳じゃない方」
「そうよ。私なんて、弓を持ったことも無いのに」
「あれ、そうなのかい? てっきり自信あり気に受けたから、経験者なのかと思ったよ。それじゃあ、的を意識しつつも自由に射てみてくれればいい。だけど私の作った弓に恥をかかせないでくれよ」
「「「は、はいっ!」」」

 ルカ達は一応保険を作ることはできた。
 けれどパークから重たい期待と念押しがあった。
 そのせいだろうか、引き攣った表情を浮かべると、全身に力が入ってしまい、上手く射れる気がしなかった。

「それではまずは私がやってみましょうか」
「ブルースター!?」
「大丈夫? 《星の銃》とは全然勝手が違うのよ?」
「分かっています。ですが任せてください。できるだけのことはしてみますから」

 そう言うと、ブルースターは矢場に立ち、一番近い的を狙う。
 慣れない短弓を構えると、凛とした態度を取った。
 動かない的を射るのは狙撃手のブルースターとして見れば簡単。
 けれどブルースターの弓引きは腕が引き攣っていて、射た瞬間に矢が曲がる。

「くっ……これは」
「ああ、失敗だね。でも筋はいいよ」
「はい。この弓は確かに良い弓ですが、私の腕が足りませんでしたね」

 ブルースターは悔しい気持ちを抱えてしまった。
 せっかく射た一射はゆっくり曲がって落ちてしまい、木の幹に突き刺さってしまった。

「嘘でしょ? ブルースターでこれじゃあ、私達じゃ無理でしょ?」
「そうだね。よし。それじゃあ私が行くよ」
「えっ、ルカがもうやるの!? ううっ、絶対成功させてね」
「まあ、やれるだけのことはしてみるよ」

 ルカはブルースターの代わりに矢場に立った。
 狙うは正面の的。ここからだと百五十メートル程だろうか。
 障害物は無く狙いやすい上に、高さも一定で絞れば射れる。

「神霊樹で作られた弓に、鋼鳥の矢。良い代物だよ」
「ほう、分かるのかい」
「あくまで知識としてですけどね。すぅー……」

 ルカは短弓を構えると、上半身の力で弦を引き、下半身を下げて体重を乗せる。
 体の軸を一定にし、一切の乱れを生まないようにすると、凛とした態度の出来上がり。
 狩人の弓捌きではない。パークはその姿を見守ると、「ほぉ」と感嘆とした。

「行け」

 ルカは気持ちを込めて弓を射ると、的を目掛けて一直線に矢が飛んだ。
 乱れもなければ空気の抵抗もほとんど寄せ付けない。
 鋭い鋼の鏃が的を捉えると、中央ではなく少しそれて当たる。
 けれど的に当たったのは変らず、それを受け入れると、スッと心が安らいだ。

「ふぅ。とりあえず当たりましたよ」
「いや、これは見事だよ。弓を扱ったことがあるのかい?」
「多少ですけどね。教わった程度ですよ」

 ルカはパークに一目を置かれてしまった。
 しかしルカ自身、弓の出来に助けられた節もある。
 実際、あまり弓は得意ではなく、ルカもすぐにパークに返した。

「私はいいですよ。それよりシルヴィア達の腕を見てください」
「ちょっとルカ! 私達に注意を向けないでよ!」
「そうですよルカさん。私は剣術は心得ていますが、弓術はあまり……」

 シルヴィアもダリアもあまり自信が無い様子だ。
 しかしパークはそんな二人に近付くと、舐めるような目を向ける。

「そんなに気負わなくてもいいよ。自由に射てみてくれるかい」
「うっ、期待されている気がして嫌……でもいいわよ。それっ!」
「わ、分かりました。えいっ!」

 シルヴィアとダリアは目の前の的を射抜こうとした。
 弓を携え、矢を番えると、弦を胸を張って引き寄せ放つ。
 ビュン! と音を立てて放たれた矢は確実に的を狙っていた。
 しかし的に当たることも無ければ、届くわけでもなく、ブルースターよりも更に手前で落ちてしまった。

「あ、あれっ?」
「全然ダメですね」
「そんなことないよ。二人共初めてにしては上々だ」

 シルヴィアとダリアは思った通り行かず落ち込んでしまった。
 けれどパークはそんな二人に優しく寄り添う。
 確かに初めてにしては上々の腕前。ルカでさえ同じことを思うと、パークがグッと力強くシルヴィアとダリアの肩を掴む姿を見てしまった。

「あ、あの……」
「パークさん?」
「二人の腕は上々で悪くは無いよ。でも私の弓ならもっと飛距離を出せる。それを引き出せなかったのは二人が未熟なだけ。だから私の弓が悪い訳でも、私の腕が未熟な訳でもないんだよ……ねっ、そう思うね?」
「「は、はい!」」

 シルヴィアとダリアはパークに詰め寄られていた。
 心理的ストレスを掛けると、シルヴィアとダリアは黙り込む。
 何も言い返せない中、ルカやブルースターの視線も注がれ心配してしまう。

「それじゃあ最後は私っと……誰も見てないねー。それじゃ、ほいっ!」

 そんな中、ライラックは誰の視線も向けられることなく、矢を放った。
 バシュン! 鋭い轟音が空を切る。
 ルカ達はその音に反応し、自然とライラックへと注がれた。

「ライ?」
「今なにしたの?」
「うーん? なーんにもしてないよー。それじゃあ矢も射をえたし、そろそろ行こっかー。あーあ、面白かったー」

 ライラックはそう言うと、一人先に木を下りてしまった。
 あっという間に目の前から姿を消すと、ゾーラとセレビュは案内役として急いで追いかける。
 ルカ達もライラックを一人にしておけないので、パークに弓を返却すると、すぐさま木を下りた。

「今の音は確かに……はっ!?」

 残されたパークは、一人で周囲を見回した。
 鋭い轟音の正体は何かと思い探してみたのだ。
 すると矢筒の中に入っていた矢の本数が圧倒的に少ないことに気が付く。
 まさかと思い遠く端にある的を見ると、的確に中央を射抜いた跡が残されていた。

「これは一体……まさか彼女が?」

 にわかには信じがたい状況だった。
 瞬きを何度もし、この事実を受け入れることができない。
 けれど確かに的は全て射抜かれていて、あの一瞬を切り取って、的を射抜き終えてしまったライラックの腕前に、パークは度肝を抜かされた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

女王の成長

苺姫 木苺
ファンタジー
西条翼23歳 翼は周りから天才美女と言われていた。 異世界で、子どもになっていた。 幼児になった翼もといショコラがだめになった国を建て直していきます。 そして、12歳の時に見知らぬ女の子に「貴方は悪役女王で私はこの世界のヒロインなの!だから、消えて!!!悪役は必要ないの!」と、突然言われます。 翼が転生??した世界はなんと大人気恋愛小説の世界だったのだ。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です

しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

美少女に転生しました!

メミパ
ファンタジー
神様のミスで異世界に転生することに! お詫びチートや前世の記憶、周囲の力で異世界でも何とか生きていけてます! 旧題 幼女に転生しました

龍王様の半身

紫月咲
ファンタジー
同じ魂を2つに分かたれた者。 ある者は龍王となり、ある者は人となった。 彼らはお互いを慈しみ、愛し、支え合い、民を導いていく。 そして死が2人を別つ時も、新たに生まれくる時も、彼らは一緒だった…。 ところがある時、新たに生まれた龍王の傍に、在るべきその半身がいない!? この物語は、愛すべき半身を求める龍王と、誤って異世界で生まれ、育ってしまった半身の女性、そして彼らを取り巻く龍と人との切なかったり、ツンデレだったり、デレデレだったりするお話です。 基本ご都合主義、最強なのに自覚なしの愛されヒロインでお送りします。 ◆「小説家になろう」様にて掲載中。アルファポリス様でも連載を開始することにしました。なろう版と同時に加筆修正しながら更新中。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

前世の記憶さん。こんにちは。

満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。 周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。 主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。 恋愛は当分先に入れる予定です。 主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです! 小説になろう様にも掲載しています。

県立冒険者高等学校のテイマーくん

丸八
ファンタジー
地球各地に突如ダンジョンと呼ばれる魔窟が現れた。 ダンジョンの中には敵性存在が蔓延り、隙あらば地上へと侵攻してくるようになる。 それから半世紀が経ち、各国の対策が功を奏し、当初の混乱は次第に収まりを見せていた。 日本はダンジョンを探索し、敵性存在を駆逐する者を冒険者と呼び対策の一つとしていた。 そして、冒険者の養成をする学校を全国に建てていた。 そんな冒険者高校に通う一人の生徒のお話。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

処理中です...