上 下
457 / 536
村亡編

453.死活問題の村

しおりを挟む
 ジュナイダー二代目は再び走り出した。
 止まっていた時間もほんの一瞬で、ルカ達は若い男と共に、この先の村まで向かうことになった。

 とは言え若い男はキョロキョロ視線を巡らせる。
 何かおかしなところでもあるのか、若い男は挙動不審が酷かった。
 荷車の中を見回すと、指先がやや震えている。

 そんな状況下でもルカ達は平常心を保っていた。
 ここまでたくさんの死を醸す戦いを繰り広げた。
 そのおかげか、ちょっとくらいの出来事では動じない強い精神を手にしていたのだ。

「少し訊きたいことがあるだけど、いいかな?」

 だけどルカは声を掛けてみた。訊きたいことがあったからだ。
 すると若い男は目を見開いた。唐突な問いかけに、驚きが隠せないのだ。

「えっ。あっ、うん。構わないよ」
「それじゃあまず名前を教えて貰ってもいいかな?」
「名前? そう言えばまだ自己紹介をしていなかったね。俺はキヤチャ。この先にあるチャカチャ村で商人をやってるんだ」

 若い男=キヤチャは名前を聞いただけなのに、職業まで教えてくれた。
 しかし職業が聞けて納得できた。
 おかげであれだけの荷物の正体が分かったからだ。

「へぇー、商人なんだね。それは大事だ」
「あの村で商人を営んでいるのは俺しかないから。というより、急に敬語じゃなくなったけど、それが素なのかい?」

 ルカが相槌を打つと、キヤチャはルカの口振りが気になってしまった。
 確かにルカは人によって口振りを変える。
 シルヴィア達も思っていたのか、視線を少し上げた。何と返すのか期待している様子だ。

「はい。私は敬語を使う相手を選ぶので」

 しかしルカは素直に返答をした。
 その言い方がムカ付いたのか、キヤチャもシルヴィア達も眉根を寄せている。
 神妙な面持ちで、ルカのことを睨んでいる様子だが、ルカは至って平然としていた。

「それはつまり俺のことを……」
「舐めては無いですよ。敬語は敬語です。言葉によって本性を隠し、誰の目からも分かる善人を偽る手段に過ぎないんですから。最も、敬意を表するためにも使いますけどね。こんな風に」

 ルカは常語と敬語を瞬時に使いわけた。
 まるでどちらも同じように聞こえてしまい、キヤチャは目を開いて驚く。

「君のような不思議な子は、うちの村にはいないよ」
「いやいや、普通目上の相手すら尊敬しない奴は奇人よ」
「私は奇人じゃないよ。私にとって敬語は相手の心を測る手段だからね。敬語じゃなくても良いと分かれば、私は常語に変えるだけ。それだけだよ」

 ルカは自分の考えをなんの淀みも無く答える。
 するとあまりにも清々しすぎる上に、この間のホーリーでの一件を見ていたシルヴィア達は尚納得する。
 それがトキワ・ルカと言う人間の本質。
 何処となく人間と言う枠組みで見ているような気がしたが、それすら受け入れるしか道が無くなっていた。

「あっ、でも敬語が良ければ私は敬語を使いますよ?」
「それは自分の意思が無い様に思えるけど?」
「そうですね。でも私は、誰に対しても敬語を使うだけじゃなくて、常語を使って立場の垣根が無い方が好きだけどね」

 ルカは最後の最後で誰に対しても丸く収め込められる答えを出した。
 それを聞いてシルヴィア達は何故か安心する。
 やっぱりルカはルカだと、何処となく一つ次元が違うステージに納得ができた。

「っとまあそんなことは如何でも良くてね、本当に訊きたかったのは、あの荷物ですよ」
「荷物? ああ、あれは村の人達に頼まれた食料がほとんどだよ」
「やっぱりか……」

 ルカはポツリと呟いた。
 しかしながら如何してあれだけの食糧が必要になるのか。端的に言えば、商人だからとまとめてしまうのが早いだろう。
 けれどそれだけではないのは何も口を交わさずとも理解できる。

「食料を頼まれたって、なにかあったってことよね?」
「そうだよ。今チャカチャ村は深刻な食糧難に脅かされているんだ。だから急がないといけないんだよ」

 キヤチャは真剣な目をしていた。
 そこに無駄な言葉は要らない。
 必要なのは急ぐこと。村人のためだと思い、自分のためだとも思い、ルカは言葉を吐いた。

「それは急がないとね。ジュナ二、少し急げるかな?」
「うーん。それじゃあ行くね」

 ジュナイダー二代目に声を掛けると、事情が筒抜けだったらしい。
 おかげで面倒な説明を全て省くと、ジュナイダー二代目は速やかに地面を蹴り上げる。
 土埃を巻き上げると、粉塵が飛び散り、急加速をしてジュナイダー二代目は走り出した。

「うわぁ、速っ!」
「ちょっとジュナ二! ちゃんと乗ってる人のことも考えてよね。うわぁ!」
「うんうん。走るの楽しいなー!」

 荷車の中は大変なことになっていた。
 とてつもないGに全身を壁や床に思いっきり叩き付けられる。
 ここは下手に抗えば怪我をする。そう思って全身の力を抜くと、そのまま床に蹲った。

 本当は速度を落として貰えればこんな真似はしなくてもいい。
 けれどシルヴィアの必死の怒号はジュナイダー二代目に届かない。
 楽しそうに走り出すと、ルカ達は吐きそうになりながら、必死にGに耐えるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

殿下から婚約破棄されたけど痛くも痒くもなかった令嬢の話

ルジェ*
ファンタジー
 婚約者である第二王子レオナルドの卒業記念パーティーで突然婚約破棄を突きつけられたレティシア・デ・シルエラ。同様に婚約破棄を告げられるレオナルドの側近達の婚約者達。皆唖然とする中、レオナルドは彼の隣に立つ平民ながらも稀有な魔法属性を持つセシリア・ビオレータにその場でプロポーズしてしまうが─── 「は?ふざけんなよ。」  これは不運な彼女達が、レオナルド達に逆転勝利するお話。 ********  「冒険がしたいので殿下とは結婚しません!」の元になった物です。メモの中で眠っていたのを見つけたのでこれも投稿します。R15は保険です。プロトタイプなので深掘りとか全くなくゆるゆる設定で雑に進んで行きます。ほぼ書きたいところだけ書いたような状態です。細かいことは気にしない方は宜しければ覗いてみてやってください! *2023/11/22 ファンタジー1位…⁉︎皆様ありがとうございます!!

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

婚約者に犯されて身籠り、妹に陥れられて婚約破棄後に国外追放されました。“神人”であるお腹の子が復讐しますが、いいですね?

サイコちゃん
ファンタジー
公爵令嬢アリアは不義の子を身籠った事を切欠に、ヴント国を追放される。しかも、それが冤罪だったと判明した後も、加害者である第一王子イェールと妹ウィリアは不誠実な謝罪を繰り返し、果てはアリアを罵倒する。その行為が、ヴント国を破滅に導くとも知らずに―― ※昨年、別アカウントにて削除した『お腹の子「後になってから謝っても遅いよ?」』を手直しして再投稿したものです。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

処理中です...