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聖夜編

432.ドリアードは自分の足で

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 ドリアードは聖怪の森の中にいた。
 トボトボ一本道を歩いていくと、その先には大きな木が伸び伸びと生きていた。

 この森の中で、一番古くからこの場所で生きている。
 背丈も随分と高く、見上げなくてはならない。
 けれどドリアードは見上げる様子は一切無く、代わりに袂に置かれた石碑を凝視する。

「これで全てが終わってしまいましたね」

 ドリアードは溜息を吐いた。
 全てから解放されたというには、あまりにも顔色が悪い。
 肩で息をするようで、全身にはまだ疲れが残っている。
 それもそのはず、唐突に終わりを宣告されたからだ。

「私の主。一体、私はなにを如何すれば……」

 ドリアードは悩みに悩んでいた。
 石碑=墓石であり、ここにはドリアードの主が眠っている。

 サンタ・ク・ロース。ドリアードは定期的にこの場に足を運び、冥福を捧げている。
 もちろん近頃はそれすらできなかった。
 それほどまでに自分の力が弱まっていて、あの姿を維持することができなくなっていたからだ。

 けれどこうして元の姿で足を運んでみると、なんだか感慨深いものがある。
 ここにサンタ・ク・ロースはもう居ない。
 そんなこと、何十年、何百年と前から分かり切っていたはずなのに、今日に限ってドリアードは問いかける。

「私は、私はここまで頑張りましたよ。もう、疲れました」

 ドリアードは吐露してしまった。
 魔力は既に空っぽ寸前。崩れて行く体は、他者に魔力を与えられても、高価な薬を塗っても、一切効いてくれない。
 もう限界で、魂の断片すら砕け散ってしまいそうだった。

「ルカさんは言っていましたよ。貴方はもう要らないと……ナタリーさんも似たようなことを言っていましたね。ですが私には分かりません」

 ドリアードはサンタ・ク・ロースの墓石に語り掛けた。
 けれど何も返って来ない。
 それが空しくて、空っぽになった虚空の心に辛い刃物を突き付ける。

「私は与えられた役目を果たすだけ。それだけで良いはずなのに」

 ドリアードは迷っていた。
 自分は所詮はただの精霊。しかも土の精霊。
 千年以上は余裕で生きて来たものの、それは今を生きる生物には伝わらないだろう。

 もっとも、それはあくまで精霊としての立場からだ。偽りの姿を維持すればきっといつも通りになる。
 けれどそれもなかなか難しい。もう残された猶予はない。あの姿は二度と使えなくなると、ドリアードは気が付いていた。
 だからこそだ。古の存在であり、生きている者達とは違う存在の自分が受け入れられるはずないと悟っていた。

「ここまでこの町を守って来たのは貴方を偽った私。それは私の功績ではなく、人間だからこそ受け入れられたもの。この姿になった私を、再び信用してくれるのか。そんな心を薄汚い欲望を抱く人間達に伝わるのか……私には、私には分かりません」

 ギュッと拳を握っていた。
 ドリアードは悔しいとか空しいとかそんな虚無な感情は残っていない。
 あるのはただの恐怖心だ。今までの自分を否定し、他者の心を動かせるのかどうか、未知だけが暗闇のように広がって、答えの無い迷路に今だ自分を取り残している。
 そんな気持ちで耐え難く、奥歯を噛み締めていた。

「一体如何したら……」

 顔を俯かせ表情を隠す。
 唇を今度は噛んで、如何したら良いのか分からなくなる。
 今にも涙が零れ落ちそうで、心の中に形成された螺旋の迷宮を真っ逆さまに落ちて行く。

『大丈夫じゃよ。ドリアードは儂の意志を継いでくれたんじゃからの』

 何か聞こえた。何処からか聞こえた。
 まるでドリアードに語り掛けるみたいだ。

「えっ?」

 顔を上げて周囲を見回す。
 今聞こえてきたのは男性の、しかもお爺さんの声だ。
 しかも聞き馴染みがあり、まさしくサンタ・ク・ロースそのものだった。

 けれどいくら目を凝らしても耳を澄ましても声はしない。
 ドリアードは目尻が熱くなり、声が出なくなった。
 空気だけが喉の奥から込み上げられると、「あっ、あっ」とか細く泣いた。

「あ、主……」
『だからの、これからはドリアードの意思で進んでいくんじゃよ。儂は期待しておるからの』
「ま、待って!」

 手を伸ばしていた。けれど姿の無いものにいくら手を伸ばそうが掴まえることはできない。
 答えの無い迷宮に光が射したかと思えば、それすら指の間をすり抜けてしまう。
 掠めた筈。それなのに届かない後悔。ドリアードはついに涙を流した。

「如何して、如何してそんなこと……主、いえ、サンタ・ク・ロース答えて! 答えてくださいよ!」

 子供のように泣き叫ぶ。
 訴えを聞いて貰おうと必死になる。
 けれど答えなんて返答なんて一切ない。だってそこにサンタ・ク・ロースは居ないのだから。

「ズルいですよ。ズルいんです。私のことなんて、誰も誰も……うっ、ぐすっ、くっ、あっ!」

 ドリアードは拳を振り抜いた。
 すると涙が光に反射してキラキラと眩しい。
 吹きすさぶと、ドリアードの表情には凛々しさがあった。何かを吹っ切ったようにも見える。

「答えなんてない。答えなんて要らない。私は、サンタ・ク・ロースじゃないんですよ。今ここにいるのは……分かりました。私は、私らしい答えを見つけるために頑張ってみますよ」

 ドリアードは墓石に語り掛ける。
 賛成も否定もない。声だけが墓石を透き通ると、ドリアードは踵を返した。
 墓石を後にする。何せそこにはなにも無い。想いだけの集合体なのだ。

 ここから先は自分の足で進んでいくしかない。
 答はその過程で見つければいい。
 ドリアードは心の中で渦巻き構築を繰り返す迷宮に向き合い、互いに寄り添い合いながら進むことを選ぶ。

 誰が決めた訳じゃない。誰かに与えられたわけでもない。
 そこに契約の断片は無く、鎖は解けて散り散りになる。
 自由になったドリアードはサンタ・ク・ロースの姿を失い、精霊ドリアードは前だけを見るのだった。
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