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聖夜編

386.男達の足音④

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 グレイ達はつい喜んでしまっていた。
 未だに危機的状況は続いているのだが、死なずに済んだことに安堵してしまったのだ。
 しかし振り返った先に居た少年はムッとした表情を浮かべていた。
 手を前に構えると、魔術を使った後なのか、汗を多分に搔いていた。
 おまけに呼吸も荒い。慣れていないのか、相当しんどそうだった。
 それがグレイ達にも伝わり、安堵が一瞬にして険しい表情へと置き換わる。

「ゲイル、どうしてここに……」

 グレイは尋ねた。しかしその声に対する回答はない。
 それほどまでに切羽詰まっていて、ギリギリの状態で余裕が無いのだ。
 だから自分の心の声を吐露するのが精一杯だった。

「成功した……はぁはぁ」

 ゲイルは汗を掻きながら、左手の拳の中で握っているメダルの感触を確かめる。
 心の中で(ありがとう父ちゃん)と唱えるのが精一杯だった。
 まさかぶっつけ本番が上手くいくなんて。これもこのメダルのおかげだと、ゲイルは薄ら笑みを浮かべた。

「なんだ、お前?」
「今の魔術っすよ。しかも風の魔術、局所的にぶつけてきやがったんすよ。痛っぇ!」

 小男は手首を押さえていた。
 切り傷ができたのか血管が切れ、血が流れている。
 しかしそれ以上の損傷はなく、すぐにナイフを拾い上げてしまった。

「ったくよ。結局息の根を止められなかったら意味ねえんすよ!」

 小男はナイフを拾い上げた。
 指先から弾き出し、グレイ達に投げようとした。
 グレイ達はゲイルの下へと向かう。しかしゲイルはもう戦えない状態で、絶体絶命のピンチだった。

「ゲイル、もう一回さっきのは……」
「できないって」
「そんな」
「それじゃあ私達、ここで……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 グレイはゲイルの肩を掴む。しかしゲイルは息を荒げていて何もできない。
 ミューイは不安そうにしていた。
 カザリに至っては泣きじゃくり、完全に地獄絵図と化した中、小男はナイフを飛ばした。

「せめて楽に死ねっす!」

 ナイフを避けられるわけがなかった。
 グレイ達は目を瞑る。遠くの方から変な音もする。もう怖くてたまらなかった。
そうこうしている時間もない。数秒後、グサリ! と鈍い音が響いた。
 しかしグレイ達には怪我は無い。一体何が起きたのか。目を薄っすら開けてみると、そこには人影があった。ジルアだ。

「「「ジルアお姉ちゃん!」」」
「皆さん、大丈夫ですか?」

 ジルアが盾になってグレイ達を身を挺して守っていた。
 グレイ達は涙を浮かべている。しかしジルアに抱きつこうとするのは止めた。
 腕にナイフが深々と刺さり、ダラダラと血が出ていたのだ。

「ジルアお姉ちゃん、その怪我……」
「大丈夫。大丈夫ですよ。こんな怪我くらい……うっ!」

 ジルアは唇を噛んでいた。
 目を瞑り、眉根を寄せて額に皺を作る。
 完全に大丈夫では無い。痛みが激動し、滲んだ汗が全身の毛穴から流す。
 しかし痛みを堪え男達に向き合うと、威勢よく声を発した。まるで痛みを振り払うかのようで、その姿は勇ましい。

「貴方達は何者ですか!」

 ジルアは男達に尋ねる。すると男達は笑いを浮かべていた。
 まるで痛みを堪えて声を振り絞るジルアを男達は愉悦混じりに楽しんでいるようにし見えなかった。

「はっ? 何者だと」
「そうです。貴方達は……キャッ!」

 ジルアは声を上げた。ナイフが足に突き刺さったのだ。
 痛い。痛すぎて膝を折りそうになる。
 しかしグレイ達を守るため、頑張って膝を固定して盾になる。

「「「ジルアお姉ちゃん!」」」

 グレイ達はジルアを心配した。
 しかし手を後ろに下げて、心配をさせないようにした。
 けれどグレイ達には丸分かりだ。ジルアが無理をしている。それでも必死になって自分達を守ろうとしている。それが伝わると、次第に涙が浮かび上がり、今にも大泣きしそうだった。

「チッ。しぶといな。それで膝を折らねえのか」
「如何します、ボス? このまま攫っちまいますか? 脚を怪我してるんじゃ逃げられねぇっすよ」

 小男はボスに提案した。
 しかしボスはそれを拒否し、自分達の目的を明確にする。

「いいや止めておけ。ここでこの女は殺す。攫うのは子供だけだ」
「如何してっすか?」
「大人は住民票を持っている。それに町の奴との交流も多い。下手に攫えばすぐに足が付く。それならここで焼死体として残しておく方が無難だ」

 小男の疑問にボスはすぐさま答えた。
 聴いた小男はボスの言葉に納得し、目をキラキラ輝かせる。
 無性に気持ちが悪い。

「流石ボス。それじゃあ、お願いしやっす!」
「ふん。上等だ。おい、後でその棍棒で砕いておけよ」
「うっす」

 ボスと呼ばれた男は残忍極まりなかった。
 畜生の吐く言葉を平然と口にし、手を前に掲げる。
 すると動けないジルアの周りに円ができ、次第に熱を帯び出した。
 轟々と燃える炎を呼び出そうとしているのが見て取れるが、それも時間の問題。
 一瞬にして温度が跳ね上がり、息ができなくなる。

「い、息が……」
「「「ジルアお姉ちゃん!」」」

 グレイ達は駆けよろうとする。
 しかしジルアはそれを拒否し、手のひらで突き飛ばした。

「来ちゃダメ。皆さんは子供達を連れて……」

 息ができない。水素が弾け飛び、酸素だけになった。
毒素が強い。全身が苦しい。呼吸ができなくなる。
 ジルアは目を回し、泡を吹いて倒れそうになった。

「止めろよ!」
「さっきからうるせぇんだよ!」

 グレイは止めに入ろうとする。
 しかしボスの炎が被弾して、頬に火傷跡ができた。
 そのまま倒れ込んでしまうと足を挫いたのか立てなくなる。

「グレイ!」
「くっ、このままじゃ……」

グレイは苦汁を舐めた。何もできない自分が腹立たしくて仕方なかった。
誰か助けてはくれないのか。血走る眼で奥歯を噛む。
 男達の姿が陽炎の様に虚ろになり、恐怖の集合体へと変化する。

「終わりだ、そのまま窒息死して焼き焦げろ!」

 ボスはニヤついた笑みを浮かべた。
 もはや人間じゃない。悪魔だ。クリスマスにやって来た悪魔だった。
 おどろおどろしく映るその表情に、グレイ達は恐怖する。

(誰か助けて!)

 ジルアも子供達もこの場に居る全員願った。
今日はクリスマスなんだと、神様に願いを込める。

 キュィーン!

 その願いが通じたのか、急に異様な金切り音が聞こえると、一瞬のうちに壁が破壊された。
 何が起きたのか分からない。しかし男達も意表を突かれたのか困惑し動きが止まっていた。
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