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聖夜編

363.得した気分になりました

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「とりあえず、お客様が普通じゃないのは分かった」
「ちょっとスージーちゃん、そんないい方しちゃダメでしょ。申し訳ございません、お客様。うちの料理長が失礼なことを申し上げてしまい」
「良いですよ。でもやっぱり普通じゃないですよね」
「「「当たり前」」」
「グサッ!」

 ルカはスージーから“普通じゃない”認定を喰らってしまう。
 それを注意するラーマス。しかしルカ自身も納得していた上、友達からもその評価を喜宇出されてしまって、少し傷付いた。

「まあ、いっか」
「立ち直り早いですね」
「慣れているので。それにこの程度じゃへこたれないので。あはは」

 乾いた笑いをルカは浮かべた。
 それからスージーがポツポツと話し始める。

「それでもこの味は確かに本物。戻り胡椒リバース・ペッパーは生きていた」
「生きてますよ。勝手に殺さないでください」
「そんなの知らない。でも、これなら……」
「魔術省の学会で報告すれば、きっと世界がひっくり返るかもしれませんね」

 ラーマスはルカのことをフォローしてくれた。
 しかし魔術省に報告する気はない。だって、これ以上絡まれるのは嫌だ。
 加えていえば、仮に存在を証明できたとしても、それを採りに行くことはできない。
 多分百人行ったら、百人死ぬ。そんな場所にある。

「ちなみに何処に生えている?」
「私の家です。こっちじゃなくて、実家の方だけどね」
「そんなに優れた環境を作れる?」
「まあ、魔獣がウヨウヨ居るので、仮に魔術省のお偉いさんが行っても真っ先に殺されますけどね」

 ルカは無表情のまま平然と答えた。
 お水を一口飲むと、空気が一瞬で冷え込み、「どんな所で生活していたのよ」とシルヴィアのチクチクしたぜつを喰らった。

「まあそれは良いとして」
「良くないでしょ!」
「そろそろ返して貰えますか?」
「うっ!」

 スージーは筒を持ったまま動かない。
 流石にそろそろライラックも食べ終わる頃なので、ルカは退店の準備をする。
 しかしスージーの手は頑なに動かない。何故だろう? と首を捻った途端、スージーは真剣な面持ちを見せる。

「私はこの味を引き出せない」
「まあ、今の養殖だと無理ですね」
「でもこの味を引き出す術を探している。今後とも模索して、この味を引き出す」
「そうなんですか?」

 スージーは本気でスノードロップ・ディアの味を引き出すことに取り組む様子だ。
 だからこそだろう。この味を再現できなくなることを名残惜しそうに思う。
 寒い地域なのに、手から汗が滲み出ていた。

「あ、あの……」
「ごめん」

 スージーは震える手で筒を返す。
 その姿を見たルカは(まあ、いっか)とスージーになら上げても良い感じた。
 これだけ真剣な人にだからこそ、渡しても悪用はされないはずだ。

「それじゃあ、それ上げます」
「えっ!?」
「何で驚くんですか? それが目的でしょ?」

 ルカはスージーのことを軽く見透かす。
 真意を前面に押し出していることに気が付いていない、本当の料理人だ。
 ルカはそう思って、スージーの言葉を待つ。

「いいの?」
「いいですよ」
「……本当に?」
「本当にです。でも、ちゃんと使ってくださいね」

 ルカはスージーに笑顔で答えた。
 するとスージーは嬉しさのあまり感激してしまう。
 それから唐突に口走った。

「分かった。私も頑張る。だから今日のお代はタダでいい」
「「「いいんですか!?」」」

 ルカだけじゃない。シルヴィア達も驚いてしまう。
 だってこれだけの料理を注文した。
 その代金を全てタダになるというのはかなりの大盤振る舞い。
 赤字覚悟なのかと、ルカは冷や汗を掻いた。

「良いんですか?」
「はい。お店の経営の方は大丈夫ですよ」
「そっちもなんですけど……」

 むしろそっちを最初に気にする辺り、立場上の差を感じた。
 けれどラーマスは速やかに別方面に対しても糸を張る。
 これでどちらとも完璧に守備できた。

「それにこれだけ楽しそうなスージーちゃんを……料理長を見るのは久しぶりなんです。だから大丈夫です。その分後で頑張って貰うので」
「お、鬼だ……」
「鬼じゃないですよ?」

 ラーマスの言葉を聞いて少しだけ怖くなった。
 けれどすぐさま空気を取り戻し、とりあえずスージーの提案に乗ることにする。

「それじゃあ、ごちそうさまです」
「「「ごちそうさまです」」」

 スージーとラーマスの寛容な言葉に甘え、感謝の意味を込めて「ごちそうさまです」と言う。
 これだけ満足の行く料理を食べることができて一日の疲れが吹き飛んだ。
 なんだかとっても得した気分だ。

「そう言えばルカ。他には何か面白いものは無いの?」
「面白いものとは?」
「だから戻り胡椒リバース・ペッパー以外に珍しい植物よ。何かあるんでしょ?」

 シルヴィアの質問にルカは嫌な予感を感じる。
 スージーがジッとこちらを見ている。
 ルカは言葉を噤んでしまう。ここで答えるとまた面倒なことになるからだ。

「また今度ね」
「残念」

 スージーの本気の「残念」が聴こえた。
 如何やら面倒ごとの緊急回避は成功したらしい。
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