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雷鳥編

249.滑りやすいから気を付けて

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 シルヴィアを納得させたものの、それでも注意する必要がある。
 ルカ達は登るしか選択肢がないので崖を登ることにした。

「みんな、落ちたら死ぬから気を付けてね」
「うっ……こんな序盤でそんなこと言わないでよね」
「そうは言っても、落ちたら死ぬでしょ?」
「だ・か・ら・不安を助長させるようなことは控えてって。本当に落ちたら怖いでしょ?」

 シルヴィアはルカを叱った。
 けれど怒るのはシルヴィアだけで、他は黙々と登っている。

 指先をゴツゴツとした岩肌に引っかけ、指の力と腕の力でゆっくりだけど確実に上を目指す。
 崖の切れ目まではまだまだ遠い。
 途方もない高さがあるからか、シルヴィアは大きな溜息を吐いた。

「あれから30分よ。命綱だけでここまで来たけど、この先は……」
「シルヴィ、下を見たらダメだよ。意識を持ってかれるからね」

 シルヴィアが真下を見ようとしたのでルカは急いで止めた。
 すると我に返ったのか、ルカのことを見つめる。

「意識を持って行かれるって何よ!」
「30分でもかなり登って来たんだよ。高さの恐怖はね、人間を陥れるんだ」
「また怖いことを言って。大丈夫よ、私は風魔術の使い手よ?」
「そう言いながら無茶するけどねー」

 ライラックは茶々を入れた。
 シルヴィアはばつが悪いのか、ライラックのことを睨みつける。
 余計なことを言わないように念を送り、圧を掛けた。

「ライ? そういうこと言わないでくれるかしら?」
「あはは、ごめんごめん。でもシルヴィは落ちても平気でしょ?」
「まあそうね……最悪そうよね」

 落ちることを前提に考えないでほしかった。
 確かにシルヴィアは普段から風の魔術を鍛えている。
 そのおかげで、最近では多少の怪我はするものの、瞬時に風の膜を張ることでダメージを軽減できる。
 けれど無意識下の内でやっていることだから、意図的とは言えないので不安がよぎった。

「シルヴィ、ライ。余計なことは考えないで。ここの崖、滑りやすいんだから」
「そうですよ。ルカさんの言う通りです」

 ダリアはルカの味方をした。
 しかしルカとブルースターはダリアの指先から小さな炎が出ていることに気が付いている。

「確かに滑りやすいから乾かした方が良いね」
「そうですね。私も指先に炎を灯しましょうか」

 ブルースターは指の腹に炎を灯した。
 もちろん出している本人には全くの無害で、ルカもそれに倣って炎を出す。
 これも安全考慮のために、滑りやすくなっている崖の水分を吹き飛ばすためである。

「便利だね、これ。……って、うわぁ!」
「ルカさん、大丈夫ですか!」

 急に指が岩肌から離れてしまった。
 危なく落ちてしまいそうになったが、ルカ自体には何の問題もない。
 むしろ岩肌がルカの炎に耐え切れなくて、一部が欠けてしまったのだ。

「なるほどね。これは難しい……」
「難しいというよりも、ルカさんの魔法が強すぎるせいだと思いますよ。いくら調節しても、ルカさんの本質に当たる部分までは隠しきれていないので」
「それは誰もでしょ?」

 ブルースターに皮肉を言われてしまった。
 ルカはムッとした表情を浮かべたが、ダリアはその顔色が見られて満足そうだった。

「ルカさんの怒った顔。素敵です」
「その怒られたそうな顔をするのは止めてくれるかな?」

 ダリアは怒られ待ちしている様子だった。
 しかしルカによって先に塞がれてしまい、しょぼくれた顔をする。

「何やっているのさー。そんなのやらずに早く登ろうよ。ほらほら、手と足を動かすんだよー」
「わ、わかっているわよ。どうしてこういう時の距離感はしっかり詰めて来るのかしら」

 最後尾のライラックはシルヴィア達を急かした。
 命綱担当のため、一番最後に陣取りリスクを極限まで減らしている。
 その分だけ進みが遅いので文句を吐き連ねた。

 シルヴィアは急かされるままに登ろうとした。
 目標の切れ目まではまだまだかかりそうだ。
 ギラリと太陽の光が差し込んで眩しいが、チラッと一瞬だけ光るものを見つけた。
 もしかすると太陽光の屈折を視覚が捉えたのかもと期待したが、目を凝らすとだんだん近づいて来ていた。

「アレは……ちょっと、マズいって!」

 急にシルヴィアは叫んだ。
 ルカ達も合わせて視線の先を見つめると、何かが近づいてきている。
 大型の鳥のようで、翼を畳んで急降下してきた。
 ルカはその姿に見覚えがある。

「ジャベリンバード!」

 身体を投げ槍みたいにして急降下して来る鳥型モンスター。
 カツオドリのような生態だが、その標的は光るもの・・・・なので、とっても危険だった。

「シルヴィの目を目標に来たのか。シルヴィ!」
「このくらい何よ。《エアー・ヴァレット》!」

 シルヴィアは片手を放した。
 その瞬間、人差し指から空気を圧縮した弾丸が飛ぶ。
 けれど同時にシルヴィアの体勢が不安定になった。

「ちょ……うわぁ!」
「ちょっとマズいって。どっちも止まってないじゃないか!」

 ルカは焦って手を伸ばした。
 シルヴィアの手を掴もうとして、岩肌から手を放してしまった。
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