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ワインナリー編
147.白い吐息
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外は真っ暗。暗い帳が降りて昼間の陽光を消し去る。
ルカとナタリーはナレハの工房に宿泊させてもらうことになり、いよいよもって寝るだけになった。
「うん。やっぱり田舎もいいね」
お風呂上がりで湯気を立ち込めながら、2階へと上がる。
2階の窓にも当然窓が付いている。そこからは暗闇が覗き込む。
「あれ?」
ふとルカは窓の外を見る。こんな夏真っ盛りの時期なのに窓には霜が降りていた。
気象的にはあり得ない。この時期のブルーベンは寒くないはずだ。
となると偶然ではない。必然的に誰かが氷系の魔術を使っていることになる。
「一体誰が……あれは」
窓の向こうには1人の影がある。
ミヨンだ。白い髪に冷たい肌。おまけに魔力を辿ると氷系統の魔力の波動を感じた。
間違いない。ミヨンが霜の原因だ。
「何しているんだろう」
ルカは気になって窓越しに観察していた。
しかしミヨンの口からと息として白い靄が出ている。それが窓を氷結させて霜を下ろしていた。
「もしかして寒いのかな?」
心境を読むのは苦手だ。おまけに顔もわからないときた。
ルカはコーヒーを淹れて、持って行ってあげることにした。
ミヨンは蒸し暑い空を見て無言だった。
その口からは白い息が出ている。寒いのだろうか。
しかし依然として動かないミヨンは、その瞳孔すら一時も離さなかった。
「何、この気配……」
意識を巡らせていた。
すると突然頬に熱い感覚が襲う。
「熱っ!」
可愛い悲鳴を上げた。
赤いマグカップが頬に触れていた。すぐさま犯人を見つける。
「ルカ?」
「名前覚えてくれたんですね。ありがとうございます、これコーヒーです。熱いですけど、飲めますか?」
「……はい」
意識の外側だった。完全に気配を感知できなかった。
不気味な怖さがルカから伝わったミヨンは少しだけ距離を空けた。
しかし隣にルカが立つ。
「なかなか蒸し暑いですよね」
「そうですね」
「だから冷やしているんですか?」
「何のことですか?」
「魔術師に端くれですよ。魔術、しかも氷系を使っているんですよね」
ルカは素早く滑り込む。
ミヨンは逃げようとしたが、ルカに腕を掴まれてしまった。
黙秘で貫くしかない。しかし口が勝手に滑ってしまう。心を許しているのだろうか。
「気温が上がり過ぎです」
「気温? ……発酵のこと」
「そうです。これだけ暑い夏だと、発酵が進み過ぎてしまいます」
何だ。ここまで知っているのなら隠す必要もない。
気温が高ければその分ワインの酵母達の発酵速度も上がる。
活性化されてしまうと、その分出荷も早くなるが味の深みが生まれない。
だからこうしてバレないように冷やしていた。
そのことを一発で見破るなんて、この子は只者じゃないと悟る。
「ルカって、魔術師の卵なの?」
「一応そうですね。ナタリーさんって知ってますか」
「知っている。世界でも有数の魔術師。特級クラス」
「詳しいですね」
「……知っているだけ」
絶対に裏がある。
だけどルカは詮索しなかった。だからもっと楽しい話をする。
「ミヨンさんはワインが好きなんですか?」
「……そんなことはない」
「それ何にわざわざ冷やしているんですか」
「誰もしないから」
「誰もできないみたいですからね」
ナバートとメルロの2人に魔術師としての才は感じなかった。
きっと魔術師にはなろうと思わなかったんだ。
それにナレハからも氷系の魔力は感じなかった。
きっとこれができるのはミヨンだけで、そのことに誰も気が付いていないのは明白だ。
「教えないんですか?」
「もちろん。……私もここに長居する気はないから」
「どこかに行っちゃうんですか?」
「うん。私は代理だから」
なるほどやり気が湧かない理由が読めた。
きっとこの人……
「ねえ、何か感じない?」
「何をですか?」
「……わからないならそれでいい」
買い被らないで欲しい。
きっとルカに対して思うところがあった口だ。しかし一瞬で冷え切ってしまい、コーヒーが覚めそうになる。
まだまだ夜は長い。今日は眠れなさそうだ。
ルカとナタリーはナレハの工房に宿泊させてもらうことになり、いよいよもって寝るだけになった。
「うん。やっぱり田舎もいいね」
お風呂上がりで湯気を立ち込めながら、2階へと上がる。
2階の窓にも当然窓が付いている。そこからは暗闇が覗き込む。
「あれ?」
ふとルカは窓の外を見る。こんな夏真っ盛りの時期なのに窓には霜が降りていた。
気象的にはあり得ない。この時期のブルーベンは寒くないはずだ。
となると偶然ではない。必然的に誰かが氷系の魔術を使っていることになる。
「一体誰が……あれは」
窓の向こうには1人の影がある。
ミヨンだ。白い髪に冷たい肌。おまけに魔力を辿ると氷系統の魔力の波動を感じた。
間違いない。ミヨンが霜の原因だ。
「何しているんだろう」
ルカは気になって窓越しに観察していた。
しかしミヨンの口からと息として白い靄が出ている。それが窓を氷結させて霜を下ろしていた。
「もしかして寒いのかな?」
心境を読むのは苦手だ。おまけに顔もわからないときた。
ルカはコーヒーを淹れて、持って行ってあげることにした。
ミヨンは蒸し暑い空を見て無言だった。
その口からは白い息が出ている。寒いのだろうか。
しかし依然として動かないミヨンは、その瞳孔すら一時も離さなかった。
「何、この気配……」
意識を巡らせていた。
すると突然頬に熱い感覚が襲う。
「熱っ!」
可愛い悲鳴を上げた。
赤いマグカップが頬に触れていた。すぐさま犯人を見つける。
「ルカ?」
「名前覚えてくれたんですね。ありがとうございます、これコーヒーです。熱いですけど、飲めますか?」
「……はい」
意識の外側だった。完全に気配を感知できなかった。
不気味な怖さがルカから伝わったミヨンは少しだけ距離を空けた。
しかし隣にルカが立つ。
「なかなか蒸し暑いですよね」
「そうですね」
「だから冷やしているんですか?」
「何のことですか?」
「魔術師に端くれですよ。魔術、しかも氷系を使っているんですよね」
ルカは素早く滑り込む。
ミヨンは逃げようとしたが、ルカに腕を掴まれてしまった。
黙秘で貫くしかない。しかし口が勝手に滑ってしまう。心を許しているのだろうか。
「気温が上がり過ぎです」
「気温? ……発酵のこと」
「そうです。これだけ暑い夏だと、発酵が進み過ぎてしまいます」
何だ。ここまで知っているのなら隠す必要もない。
気温が高ければその分ワインの酵母達の発酵速度も上がる。
活性化されてしまうと、その分出荷も早くなるが味の深みが生まれない。
だからこうしてバレないように冷やしていた。
そのことを一発で見破るなんて、この子は只者じゃないと悟る。
「ルカって、魔術師の卵なの?」
「一応そうですね。ナタリーさんって知ってますか」
「知っている。世界でも有数の魔術師。特級クラス」
「詳しいですね」
「……知っているだけ」
絶対に裏がある。
だけどルカは詮索しなかった。だからもっと楽しい話をする。
「ミヨンさんはワインが好きなんですか?」
「……そんなことはない」
「それ何にわざわざ冷やしているんですか」
「誰もしないから」
「誰もできないみたいですからね」
ナバートとメルロの2人に魔術師としての才は感じなかった。
きっと魔術師にはなろうと思わなかったんだ。
それにナレハからも氷系の魔力は感じなかった。
きっとこれができるのはミヨンだけで、そのことに誰も気が付いていないのは明白だ。
「教えないんですか?」
「もちろん。……私もここに長居する気はないから」
「どこかに行っちゃうんですか?」
「うん。私は代理だから」
なるほどやり気が湧かない理由が読めた。
きっとこの人……
「ねえ、何か感じない?」
「何をですか?」
「……わからないならそれでいい」
買い被らないで欲しい。
きっとルカに対して思うところがあった口だ。しかし一瞬で冷え切ってしまい、コーヒーが覚めそうになる。
まだまだ夜は長い。今日は眠れなさそうだ。
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