上 下
147 / 549
ワインナリー編

147.白い吐息

しおりを挟む
 外は真っ暗。暗いとばりが降りて昼間の陽光を消し去る。
 ルカとナタリーはナレハの工房に宿泊させてもらうことになり、いよいよもって寝るだけになった。

「うん。やっぱり田舎もいいね」

 お風呂上がりで湯気を立ち込めながら、2階へと上がる。
 2階の窓にも当然窓が付いている。そこからは暗闇が覗き込む。

「あれ?」

 ふとルカは窓の外を見る。こんな夏真っ盛りの時期なのに窓には霜が降りていた。
 気象的にはあり得ない。この時期のブルーベンは寒くないはずだ。
 となると偶然ではない。必然的に誰かが氷系の魔術を使っていることになる。

「一体誰が……あれは」

 窓の向こうには1人の影がある。
 ミヨンだ。白い髪に冷たい肌。おまけに魔力を辿ると氷系統の魔力の波動を感じた。
 間違いない。ミヨンが霜の原因だ。

「何しているんだろう」

 ルカは気になって窓越しに観察していた。
 しかしミヨンの口からと息として白い靄が出ている。それが窓を氷結させて霜を下ろしていた。

「もしかして寒いのかな?」

 心境を読むのは苦手だ。おまけに顔もわからないときた。
 ルカはコーヒーを淹れて、持って行ってあげることにした。


 ミヨンは蒸し暑い空を見て無言だった。
 その口からは白い息が出ている。寒いのだろうか。
 しかし依然として動かないミヨンは、その瞳孔すら一時も離さなかった。

「何、この気配……」

 意識を巡らせていた。
 すると突然頬に熱い感覚が襲う。

「熱っ!」

 可愛い悲鳴を上げた。
 赤いマグカップが頬に触れていた。すぐさま犯人を見つける。

「ルカ?」
「名前覚えてくれたんですね。ありがとうございます、これコーヒーです。熱いですけど、飲めますか?」
「……はい」

 意識の外側だった。完全に気配を感知できなかった。
 不気味な怖さがルカから伝わったミヨンは少しだけ距離を空けた。
 しかし隣にルカが立つ。

「なかなか蒸し暑いですよね」
「そうですね」
「だから冷やしているんですか?」
「何のことですか?」
「魔術師に端くれですよ。魔術、しかも氷系を使っているんですよね」

 ルカは素早く滑り込む。
 ミヨンは逃げようとしたが、ルカに腕を掴まれてしまった。
 黙秘で貫くしかない。しかし口が勝手に滑ってしまう。心を許しているのだろうか。

「気温が上がり過ぎです」
「気温? ……発酵のこと」
「そうです。これだけ暑い夏だと、発酵が進み過ぎてしまいます」

 何だ。ここまで知っているのなら隠す必要もない。
 気温が高ければその分ワインの酵母達の発酵速度も上がる。
 活性化されてしまうと、その分出荷も早くなるが味の深みが生まれない。
 だからこうしてバレないように冷やしていた。
 そのことを一発で見破るなんて、この子は只者じゃないと悟る。

「ルカって、魔術師の卵なの?」
「一応そうですね。ナタリーさんって知ってますか」
「知っている。世界でも有数の魔術師。特級クラス」
「詳しいですね」
「……知っているだけ」

 絶対に裏がある。
 だけどルカは詮索しなかった。だからもっと楽しい話をする。

「ミヨンさんはワインが好きなんですか?」
「……そんなことはない」
「それ何にわざわざ冷やしているんですか」
「誰もしないから」
「誰もできないみたいですからね」

 ナバートとメルロの2人に魔術師としての才は感じなかった。
 きっと魔術師にはなろうと思わなかったんだ。
 それにナレハからも氷系の魔力は感じなかった。
 きっとこれができるのはミヨンだけで、そのことに誰も気が付いていないのは明白だ。

「教えないんですか?」
「もちろん。……私もここに長居する気はないから」
「どこかに行っちゃうんですか?」
「うん。私は代理だから」

 なるほどやり気が湧かない理由が読めた。
 きっとこの人……

「ねえ、何か感じない?」
「何をですか?」
「……わからないならそれでいい」

 買い被らないで欲しい。
 きっとルカに対して思うところがあった口だ。しかし一瞬で冷え切ってしまい、コーヒーが覚めそうになる。
 まだまだ夜は長い。今日は眠れなさそうだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

女王の成長

苺姫 木苺
ファンタジー
西条翼23歳 翼は周りから天才美女と言われていた。 異世界で、子どもになっていた。 幼児になった翼もといショコラがだめになった国を建て直していきます。 そして、12歳の時に見知らぬ女の子に「貴方は悪役女王で私はこの世界のヒロインなの!だから、消えて!!!悪役は必要ないの!」と、突然言われます。 翼が転生??した世界はなんと大人気恋愛小説の世界だったのだ。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です

しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

アレク・プランタン

かえるまる
ファンタジー
長く辛い闘病が終わった と‥‥転生となった 剣と魔法が織りなす世界へ チートも特典も何もないまま ただ前世の記憶だけを頼りに 俺は精一杯やってみる 毎日更新中!

スキルを極めろ!

アルテミス
ファンタジー
第12回ファンタジー大賞 奨励賞受賞作 何処にでもいる大学生が異世界に召喚されて、スキルを極める! 神様からはスキルレベルの限界を調査して欲しいと言われ、思わず乗ってしまった。 不老で時間制限のないlv上げ。果たしてどこまでやれるのか。 異世界でジンとして生きていく。

美少女に転生しました!

メミパ
ファンタジー
神様のミスで異世界に転生することに! お詫びチートや前世の記憶、周囲の力で異世界でも何とか生きていけてます! 旧題 幼女に転生しました

異世界でもマイペースに行きます

りーさん
ファンタジー
 とにかくマイペースな少年、舞田理央。 ある日、異世界に行ってみないかという神の誘いを受ける。  詳しく話を聞くと、自分は魔力(魔素)を吸収する体質で、異世界で魔力(魔素)が多くなりすぎているから、回収してほしいらしい。  いつかはのんびりと暮らしてみたいと思っていたし、そのついでなら、ということで了承した。  伯爵家の次男として目覚めた彼は、とにかくのんびりマイペースをモットーにいろいろ好き勝手しながら、異世界に旋風を巻き起こしたり巻き起こさなかったりするお話。 ーーーーーーーーーー 『手加減を教えてください!』とリンクしています。これだけでも、話は成立しますが、こちらも読んでいただけると、もっと深読みできると思います。

県立冒険者高等学校のテイマーくん

丸八
ファンタジー
地球各地に突如ダンジョンと呼ばれる魔窟が現れた。 ダンジョンの中には敵性存在が蔓延り、隙あらば地上へと侵攻してくるようになる。 それから半世紀が経ち、各国の対策が功を奏し、当初の混乱は次第に収まりを見せていた。 日本はダンジョンを探索し、敵性存在を駆逐する者を冒険者と呼び対策の一つとしていた。 そして、冒険者の養成をする学校を全国に建てていた。 そんな冒険者高校に通う一人の生徒のお話。

龍王様の半身

紫月咲
ファンタジー
同じ魂を2つに分かたれた者。 ある者は龍王となり、ある者は人となった。 彼らはお互いを慈しみ、愛し、支え合い、民を導いていく。 そして死が2人を別つ時も、新たに生まれくる時も、彼らは一緒だった…。 ところがある時、新たに生まれた龍王の傍に、在るべきその半身がいない!? この物語は、愛すべき半身を求める龍王と、誤って異世界で生まれ、育ってしまった半身の女性、そして彼らを取り巻く龍と人との切なかったり、ツンデレだったり、デレデレだったりするお話です。 基本ご都合主義、最強なのに自覚なしの愛されヒロインでお送りします。 ◆「小説家になろう」様にて掲載中。アルファポリス様でも連載を開始することにしました。なろう版と同時に加筆修正しながら更新中。

処理中です...