かつて《剣聖》と呼ばれた社畜、異世界で付与魔法を手に再び《剣聖》へと至る。

水定ユウ

文字の大きさ
上 下
19 / 45

19話 虎の頭と牛の肉

しおりを挟む
「ううっ、ヒジリさん、この森ってこんなに広かったんですか?」
「うん、正直奥まで行ったらマズいかもね」

 森の中は広い。正直、俺一人では手に余り、管理なんて出来っこない程に広い。
 如何してこんなに森が広いのか。
 それは単純で、人の手が加えられておらず、自然がそのままの形で残されているからだ。

 と言うのも、この森にはたくさんのモンスターが生息している。
 そのせいもあり、無暗に人が近付けない。近付けば簡単にモンスターの餌食になるのだ。

 おかげでこの土地を任されている俺の両親も非常に困っていた。
 自然は豊かだが、モンスターが増え、緑は一掃に肥大化する。
 そのせいで近隣の土地も痩せ細り、土壌が荒れてしまう。
 手出しができないまま何年も時が経ち、今に至っていた。

「迷っちゃいますよね?」
「マジでそうなんだよね。おかげでいちいち、それっ!」

 俺は木の表面に剣で傷を付ける。
 矢印を描き、どっちから来たのか判るようにしておく。
 こうすれば一目瞭然。俺達は最悪這ってでも森の外に出ることはできた。

(これって、ゲームじゃなくてサバイバルでは?)

 俺は嫌な予感がしてしまった。
 と言うのも、ラウリィと言う明らかにヒロイン顔の少女が居るのに、この有様は何なのか。
 冷静になって考えてみると、異世界転生と言うラノベジャンル的に、今俺がやっていることは、あまりにも地味でつまらない。ただ森の中で少年少女今日の晩御飯を調達するため駆けずり回る。画ずら的に最悪な想像が働くと、俺は唖然としてしまった。

「ラウリィ、ごめん。つまらないよね?」
「そんなことないです」
「無理しなくていいよ? 正直な感想を言って」
「私はヒジリさんとこうして一緒に居られるだけで満足です」

 ラウリィに促し掛け、感想を聞いてみる。
 しかしラウリィの口からは俺のおもっている答えは出ない。
 調子を崩される中、ガサガサと草木が揺れる音が聞こえた。

「ヒジリさん!」

 ラウリィが怯えた素振りで俺の背中に隠れる。
 しかし利き手の右手は剣の柄に添えられている。
 いつでも反撃に出られる構え。俺は視界の端で捉えると、コクリと首を縦に振る。

「この気配、さっきのモンスターだ」

 緊張感が走り、和やかなムードを上書きする。
 命のやり取りがこれから行われようとしているので、ヒジリは実剣を鞘から抜き、揺れる草木を睨み付ける。
 牽制のため、一本のナイフを左手の指で挟み込むも、その必要は無いらしい。

「ガウギャァァァァァァァァァァァァァァァッ!」

 鋭い牙が剣を握って待ち構えている俺達に襲い掛かる。
 口を大きく開き、口の奥が俺達を飲み込もうと思わせる。
 強靭な四肢で体を弾くと、草木を揺らして勢いも良かった。

「正面から来るか、それなら……いや、無理」

 俺はラウリィを連れて一旦距離を取った。
 転がるように左に飛び、モンスターの攻撃を何とか回避する。
 流石にカウンターを仕掛けるにも間合いが無さすぎたせいか、せっかくの体勢を崩されてしまった。

「ヒジリさん、あのモンスターって!?」
「あれは……確かタイガーブルじゃなかった?」
「タイガーブル? 聞いたことあります。確か虎の頭と牛の体を持った合成獣ですね!」

 ラウリィはよく勉強していた。流石はストチュール家の三女だ。
 俺は感心しているも、目の前のモンスターから目を逸らしはしない。

「タイガーブル。確かに虎の頭と牛の体だ」

 モンスターは名を体で表していた。おかげでへんてこな姿をしている。
 タイガーブル。虎の頭を牛の体をくっつけたようなモンスターだ。
 色合いは完全に虎。しかし四肢には立派で鋭い爪は無く、牛らしい分厚いブーツになっている。
 代わりに鋭い牙が突き出しており、一回でも噛まれたら大怪我じゃ済みそうにない。

「ラウリィ、ちょっと離れてて」
「ど、どうするんですか?」
「よく見ててよ。俺の戦い方……一撃で終わらせるから」

 俺はラウリィが危険な目に遭わないよう、距離を取って貰うことにした。
 と言うのも目の前に居るのは危険なモンスター。
 だけど俺も現実世界の二葉聖じゃない。ゲームのアバターを借りた、異世界で生きる聖だった。

「異世界転生ものならチートはお約束。俺のチートは地味だし、変わり種でも無いけどさ……」

 ぶつぶつと念仏のように愚痴を吐くと、それが俺に自己暗示を掛ける。
 剣を構え、攻撃を待ち構えていると、タイガーブルが先に動く。
 飛び出してきた瞬間、ギラリと牙が光る。暗闇の底が、口の奥底に広がると、俺を飲み込もうと画策していた。

「残念だけど、負けないんだよね」

 俺はタイガーブルと交差した。
 鋭い牙が俺の体を捉えるも、それより早く剣が叩き付けられる。
 すると如何なったのか。簡単な話、タイガーブルは牙をへし折られ、口をかっ開かれてしまい、大量の血を流しながら痛みに震えて崩れていた。

「ギャァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
「ひやっ!?」
「終わりだ」

 倒れ込んだタイガーブルは虫の息だった。
 呼吸に必死になり、目の奥から熱い涙を流している。
 モンスターではない、生物としての最期を迎えようとしており、俺は剣を突き刺して絶命させた。

 タイガーブルはピクリとも動かなくなってしまった。
 完全にこと切れてしまい、安らかに眠りに付いている。
 ゲームの中で経験値稼ぎでモンスターを倒すのとは違う感触が手の中に流れ込む。
 汚すとはこういうことなのだと、押し付けるように理解させられた。

「ひ、ヒジリさん……その、私は」
「仕方の無いことだよ。だから俺達でちゃんと食べようね」
「……は、はい!」

 俺は倒したタイガーブルを解体する。
 あまり得意ではないが、この森で生活していくうちに、雑だけど慣れていた。
 タイガーブルの素材を余すことなく持ち帰るべく小分けにすると血飛沫が顔に振り掛かるが、それでも気にせずに俺は作業を続けるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

りーさん
ファンタジー
 ある日、異世界に転生したルイ。  前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。  そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。 「家族といたいからほっといてよ!」 ※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

処理中です...