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◇544 奇襲するには頑張るしかない

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 アキラたちは廊下をひたすら走っていた。
 だけど音は基本的に立てない。
 気配を殺し、静かに走って要塞奥へと向かう。

「Night、この先は曲がり角だよ」
「そうだな……ん?」

 急にNightの表情が変わる。
 踵の方に力を入れると、目の前が角なのに急に立ち止まる。

「うわぁ!?」
「ぐへっ」
「おっと、どうしましたか、皆さん?」
「急に止まると危ないでしょ?」

 Nightが急に立ち止まったせいで、後ろを走っていたアキラとフェルノはドミノ倒し的にぶつかった。
 軽く鼻先をぶつけて痛めると、雷斬とベルから心配される。

「大丈夫だよ。それよりNight、どうして急に止まって……」
「シッ。静かにしろ」

 Nightは口に人差し指を当てる。
 静かにしないとダメ? ってことはと思い、アキラたちは少しだけ曲がり角から顔を覗かせた。
 すると奥の廊下に敵プレイヤーが立っている。きっとこの廊下を見張っているに違いない。

「結構いるね」
「私たちの居た隠し部屋を抜けて、廊下を出た先から、要塞の中枢に辿り着くには、必ずこの廊下を通るしかないからな」
「それじゃあどうするの?」
「策はあるが時間が無い。正面突破を使うか、陽動を使う」
「ここでも陽動なんだ」

 だけどそれが一番確実だと思う。
 誰か一人が囮になって注意を惹き付けている上に、残りのメンバーで先を急ぐ。

 それから上手く敵を撒いた後、合流できれば尚のこと良し。
 なのだろうが、アキラたちにその選択肢は無い。

「でもここで誰か一人でも落ちたら、最終日のイベントが……」
「まぁ、絶望的ではないにしろ、圧倒的不利が、更に不利になるだろうな」
「それは絶対ダメだよねー」

 ここはまだ通過点だ。
 最終日、聖レッドローズ騎士団との対決がある。
 本当は無い方が良かったのだが、今更引き返せない。
 だけどこの状況を掻い潜るには何がいいのだろうか。アキラたちは考える中、Nightはインベントリから中身の入っていない空瓶を取り出す。

「ん? Night、ソレは?」
「中身の入っていない瓶だ。これで何人か釣る」
「釣る? どういうこと」
「見ていれば分かる。敵が寄ってきたら、静かに仕留めるぞ」

 簡潔な指示を出すと、Nightは迷わず瓶を転がす。
 カランコロンと音を立てた瓶が、廊下を転がる。
 すると曲がり角の向こうでは、敵プレイヤーたちが音に敏感に食い付いた。

「な、なんだ!?」
「瓶?」
「こんな所に瓶って、誰かサボってるな」

 敵プレイヤーたちはボヤいていた。
 何人か居るプレイヤーの中で、瓶に食い付いたのは三人だけ。
 それでも十人にも満たない数しかいない見張りの内、三人も釣れたのは大きい。
 案の定と言うべきか、警戒心を強めつつも、人間の習性的に一応の確認を取る。

「ちょっと見て来る」
「あっ、俺も行くぜ」
「暇だから俺も行っていいか?」
「構わないが、用心はしろよ」

 釣られた手切れプレイヤーは全員男性。
 無骨な格好ではあるが、それでも強者感を出している。
 音は立てつつも、周囲に気を配りながらキョロキョロと視線を飛ばしていた。
 Nightはその姿を見るや、「隙は少ないな」と呟く始末だ。

「アキラ、雷斬、仕留めるぞ」
「し、仕留めるって、隙が無いんだよ?」
「隙は私たちで作る。行くぞ」

 もうは時間は無い。
 Nightの始めた結構の合図に合わせ、アキラたちは姿を隠す。
 すると曲がり角を曲がり、敵プレイヤーが姿を現した。

「ん? おい、誰もいないぞ」
「そうだな。気のせいだったのか?」
「いやいや、瓶が転がっているんだぜ。誰かいるに決まって……」

 コロン!

 軽い音が聞こえた。
 敵プレイヤーは視線を飛ばすと、何も落ちていないことに気が付く。

「なんだ、今の音?」
「瓶が転がったんじゃないの?」
「いや、空瓶はここにある。しかし今の音は真後ろから……」
「誰もいないけど? どういうことなんだよ」

 敵プレイヤーたちは混乱する。
 キョロキョロ視線を右往左往させる。
 しかしアキラたちの姿は無く、視線だけが交差した。

「気のせいだったのか?」
「ここまでなにも無いんだ。きっとそうだろ」
「うーん。一応俺のスキルで探知するか?」
「その方が的確だな。頼んだぞ」
「了。固有スキル:【悪意探知】……って無い?」

 敵プレイヤーの一人がスキルを使った。
 固有スキル:【悪意探知】。周囲の悪意を読み取るスキルだ。
 しかし反応は一切無く、それを気に安堵すると、背中を見せ持ち場に戻ろうとした。

「今だっ!」
「ごめんね」
「すみません」

 Nightの合図があった。
 同時に忍んでいたアキラと雷斬の二人は飛び出す。
 【キメラハント】+【灰爪】で武装した拳と、雷斬の剣技が炸裂。
 敵プレイヤー三人は、背後を見せた瞬間、強い衝撃を受け一瞬でHPが〇になった。

「「「あっ!?」」」

 もはや悲鳴を上げる隙さえない。それほどまでに鮮烈で、勝負は一瞬で決まってしまった。
 倒れた敵プレイヤー三人。
 その傍らにしゃがみ込むと、アキラと雷斬は手を合わせる。

「ごめんね。こんな卑怯な真似」
「すみませんでした。ですが極力痛みは殺したつもりですので」

 アキラと雷斬の手際が見事だった。
 瞬く間に敵プレイヤー三人を仕留めると、他の見張りには気が付かれていないことを確認。
 ほぼ無傷で制することが叶うと、隠れていたNightたちも安心する。

「ふぅ、上手く行ったな。二人共よくやった」
「ありがとう。でも危なかったね。後ちょっとで気が付かれてたよ」
「そんなことは無い。私たちに【悪意探知】は効かないからな」

 アキラはホッと胸を撫でた。
 後少し気を引き締めていなかったら、攻撃する前にやられていた。
 それだけ恐ろしいスキルだったのだが、Nightは間髪入れずに否定した。

「どうして? 【悪意探知】って言ってたから、私たちの殺気にも気が付いていたんじゃないの?」
「それは無い。私たちは確かに殺気を飛ばしてはいたが、悪意なんてものを飛ばしてはいない」
「えっ?」
「私たちに悪意なんてものは無い。ただ倒しただけ、それだけだ」

 Nightの言葉が妙に怖い。
 ゾクリと背筋が冷えると、全身に鳥肌が立つ。

 けれど裏を返せばその通りでもあった。
 アキラたちは誰一人として悪意を持っていない。
 悪意無く敵プレイヤーを倒す。そんな真似ができるなんて、心底怖くなってしまいそうだ。

 とは言えこれは頑張るしかなかったからだ。
 悪意を抱かなくてもやるしかない。
 そんな気にさせられたからこそできた技で、もう一度上手く行く保証は無いのだ。
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