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◇513 源泉は硫黄の霧

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 アキラたちはそれから一層慎重に山を登ることになった。
 徐々に濃さを増す霧。
 これが全て硫化水素の霧であるなら危険度は爆増するのだが、それでも戻ることは許されなかった。

「みんな気を付けてね」
「そうだよー。滑ったら終わりだからねー」
「おい、フラグを立てるな」

 互いに励まし合いながら龍顎山を登り続けた。
 時にふざけ合い、それでも懸命に有毒ガスの中を突き進む。
 命懸けの中、アキラたちは二十分の登山の末、ようやく龍顎山登頂に成功した。

「やったぁー、着いたー!」

 フェルノは両腕を振り上げ、登頂成功に喜ぶ。
 感極まっているのか、防護マスクがズレそうになる。
 表情を窺えないのが少し残念だったが、気持ちは全員同じだった。

「なんとか登頂できたわね」
「そうですね。それにしても、曇っています」
「当り前だ。龍顎山は危険な状態だぞ」

 Nightはベルと雷斬の二人を軽く一蹴する。
 気持ちを削ぎ落すと、周囲を確認し始めた。

「いつものことね。登頂成功くらい、喜んでもいいのに……はぁ、一回キレるか」
「ベル、薙刀はあまり使わないでください。私たちが怖いです」
「そう? ふーん、じゃあこの怒りは何処にぶつけるのよ?」
「……私にぶつけてくださって構いませんよ。慣れていますから」

 ベルは薄っすらと怒りが燃えていた。
 その形を取り留めようとする中、吐き出し口が見つからない。
 雷斬は親友で幼馴染の態度の変化にいち早く気が付くと、胸を叩いてみせた。
 

「はぁ、そんなことしても意味ないじゃない。防護マスクが破けたら大変でしょ?」
「あー、ベルがフラグを立てたー」
「フラグじゃないわよ。それよりここの調査って、具体的になにすればいいの?」

 ベルの言う通り、龍顎山の調査に来たは良いものの、具体的に何を調査したらいいのかは明確じゃない。
 おまけに何処を見ても源泉は見つからない。
 硫黄混じりの霧が火山ガスとして蔓延すると、防護マスクのガラス面を曇らせてしまう。

「なーんにも見えないねー」
「うん。これじゃあ来た意味が……Night?」

 アキラは立ち尽くしているNightを見つめた。
 何か手に持っているようだが、不思議な形をしたクリスタルだった。
 見た目は涙を象ったクレストだったが、真ん中には液体が入っている。
 赤い線が引かれており、Nightは必死に睨めっこを興じていた。

「Night、それなに?」
「ん? ああ、これか。これは硫黄サルファ・探知機《ファインダー》だ」
「「「硫黄探知機?」」」

 アキラたち全員が首を捻り、驚きあぐねた。
 カタカナ英語を聞いても、何も入って来ないので仕方がない。
 ボーッと意識が果てる中、Nightはトボトボ説明した。

「このアイテムを使えば、硫黄の発生源が判るんだ」
「硫黄の発生源が判ってどうするの?」
「龍顎山で湧く源泉は、硫黄が混じっているらしい。つまり、硫黄探知機が役に立つ」
「役に立つって根拠はー?」
「今、私たちの周りにいくらでもあるだろ」

 Nightはポツリと面倒くさそうに吐き捨てた。
 態度を見るに答えは一瞬で浮かび上がる。
 アキラは意識を切り替え、キョロキョロ有毒ガスの霧を睨み付けると、指を指していた。

「この有毒ガスって、確か硫化水素で……」
「硫化水素なら硫黄が発生している」
「ってことは、全部に反応しちゃうんじゃないの?」
「甘いな。そんなやわな装置を買って来るわけがないだろ」
「買って来たんだ……高そう」

 アキラはボヤきながらツッコミを入れると、Nightは「ふん」と不敵に笑った。
 すぐさま視線を探知機に移し、メモリの方向を合わせて行く。
 傍目から見てもさっぱりだったが、当の本人にだけ伝わる。

「こっちだな。源泉があるのは」

 Nightは霧の中を見つめた。
 先を凝視してもガラス面が曇ってなにも見えない。
 微かに水滴を取り除いても、その先は有毒ガスの霧に包まれている。
 闇の中を進むようで怖くなると、身震いをしてしまった。

「ううっ、今更だけど、顔だけ守ってていいのかなー?」
「問題無い。ここにある体は仮初だ。頭さえ守ればどうにでもなる」
「うわぁ、GAMEを活かした現実無視の理論、あっ、待ってよ!」

 アキラの壮大なツッコミを、Nightは完全にスルーする。
 その足取りは重く、霧の中を進んで行く。
 まだ見ぬ道を掻き分ける勇気を背中から感じ取ると、余計なことは言わないようにしようと、アキラは意識を切り替える。

「アキラさん、Nightさんを見失わないように進みましょう」
「う、うん。そうだよね、待ってよNight!」
「そうそう、一人は知ると危ない……うわぁ」
「お前が転ぶのは違うだろ」

 絶対にボケてはいけない場面で、フェルノは不注意から足を引っかけた。
 足場が悪く転びそうになり、腹の奥から悲鳴を上げる。
 先で待っていたNightが振り返りながらツッコむも、誰も転んではいなかった。

「えっ、どうしたの?」
「誰も転んでないんだな?」
「なに言ってるの? フェルノが転ぶわけないでしょ?」
「……そうだったな。それで、全員見えているな」

 Nightは出汁に使われてしまい、ムッとした表情を浮かべる。
 同時に恥ずかしくなると、アキラよりも早く意識をすり替える。

 指を指して霧の中を示した。
 有毒ガスが蔓延する中、アキラたち全員の視界に広がるものを見い出す。

「見えているってなにが?」
「この先の光景、そこに広がるのはなにかだ」

 Nightが意味深な言葉を突き刺すと、有毒ガスの向こうが薄っすら浮かぶ。
 眼下に存在し、広がっているのは巨大な穴。
 それ以外には何も無く、満たされない水が張られていた。
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