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◇500 赤薔薇少女に睨まれて

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「……後悔しなさい!」

 赤薔薇少女は剣を抜こうとした。
 銀色の刃がギラリと光ると、髭モジャ男性は一瞬たじろいだ。

「はっ! やってやろうじゃねぇか!」
「言ったわね。じゃあ、ここで死んで。そらぁっ!」

 髭モジャ男性はそれでも引かない。
 ましてや挑発に乗ると、喧嘩腰になってしまった。
 赤薔薇少女は不敵な笑みを浮かべると、集まって来た人達が固唾を飲む中、先制攻撃を繰り出そうとした。その時だった……

「街中でそんなことしちゃダメだよ」

 赤薔薇少女の抜剣を妨げ、髭モジャ男性との間に立ったのはアキラだった。
 一瞬のうちに移動したせいか、フェルノも全く気が付かなかった。
 いつの間にか隣から前方少し先に姿を見せたので、声を上げて驚いてしまう。

「あ、アキラ!? いつの間に移動って……なにしてるの!」

 フェルノが頬に手を当て、挙動不審な態度を見せる中、アキラは咄嗟過ぎてなにも用意していなかった。
 とにかくやるべきは喧嘩を止めること。
 本当はこんなことを率先してできる性格でもないのにと、アキラは自分でも不思議な行動に驚くものの、もはやそんなことを言っていられない。
 赤薔薇少女、髭モジャ男性、喧嘩を見守る観衆、視線全てを向けられてしまった。

「あっ、その、えっと……」
「なによ、貴女。急に飛び出してきて目障りよ」

 アキラは目を右往左往させてしまった。
 ここからは完全ノープラン。
 一体全体如何切り抜ければいいのか分からない。

 とりあえず喧嘩は勃発しないで済んだ。
 代わりに赤薔薇少女から睨まれてしまう。
 超至近距離で今すぐ剣を抜いて首を斬り下ろされる距離感で、赤薔薇少女の真っ赤な紅蓮の髪がそよぐ風に煽られていた。

「わ、私はただ喧嘩を止めようとして」
「事情も知らない部外者が出しゃばらないでくれるかしら? 本当に邪魔。それともなに? 貴女が切られたいから出て来たの?」
「そ、そんなことないよ。それより街中で喧嘩なんかしたら、ペナルティを喰らっちゃうよ?」

 アキラは赤薔薇少女に気圧されそうになった。
 けれどこうなった手前、後には引けない。
 アキラもできる限りの武器を言葉に乗せると、赤薔薇少女とぶつかった。

「ペナルティ? ふん、そんなもので私が止まる訳ないでしょ?」
「軽率過ぎるよ」
「軽率? 元を辿れば後ろの貴方が私に突っかかって来たのが原因でしょ」
「そ、そうなの?」
「ええ、そうよ。この私に文句を言うなんて、弱い癖に何様よ」

 赤薔薇少女は髭モジャ男性を非難した。
 何があったのかは当然当事者にしか分からない。
 けれど赤薔薇少女の言い分も雑で、髭モジャ男性の怒りの沸点を底上げするだけだった。

「なんだとガキが!」
「ガキじゃないわよ。そもそも貴方が私にぶつかってきて、難癖を付けてきたせいでしょ?」
「難癖? えっ、それじゃあこの人の方が悪いんじゃ……」

 アキラは髭モジャ男性をチラ見する。
 それから赤薔薇少女のことも見比べると、確かにぶつかった跡が残っていた。
 赤薔薇少女の銀の鎧。肩の部分が少し汚れていて黒ずんでいた。
 一方の髭モジャ男性の武装も洗っていないのか、黒ずんでいる。
 如何やらぶつかったのが原因で間違いは無さそうだ。

「そ、それだけで?」
「それだけじゃないわよ。この鎧、〈赤薔薇の銀鎧〉は特注品なの。それを汚されて、おまけに自分に非が無いと思い込んでいる。そんな貴方が私には許せないのよ」

 赤薔薇少女は自分の言い分を前面に押し出した。
 一方で髭モジャ男性は貧乏ゆすりをし、地団駄を起こしている。
 今にもブチ切れてしまいそうで、アキラは嫌な予感がした。
 せっかく止めた喧嘩が起こってしまうかもしれないので、アキラは両者を説得しようとした。

「確かにそれはこの人が悪いけど、貴女もそれで人を殺すなんて、良くないと思うよ?」
「なに貴女、やっぱり私に説教する気なの? 本当に目障り、どうせなら貴女も切られたい?」
「き、切られたくは無いけど」
「それじゃあそこを退きなさい。私の相手は後ろの貴方で……」

 赤薔薇少女はアキラを押し退ける。
 すると眼光を向けていた髭モジャ男性は聞くに堪えなかったのか、いつの間にか片手斧を装備していた。

「さっきから聞いてれば偉そうにしやがってよ! そんなに殺されたいなら先に殺ってやらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっん!」

 アキラがせっかく止めた喧嘩は殺し合いに発展してしまった。
 先に手を出した髭モジャ男性。ボロボロに刃毀れした片手斧を振りかざすと、赤薔薇少女を袈裟で切り落とそうとする。

「ヤバい!」
「ヤバくないわよ。先に手を出したのはそっち……でいいわよね?」

 赤薔薇少女はアキラが立っていた位置に移動すると、片手斧が肩鎧に触れた。
 このまま筋力で押し潰されてしまう。
 そう思ったのでアキラは加勢しようとした。しかしその必要は全く要らなかった。

「な、なんだと!?」
「ええっ……」
「言ったでしょ、死んでって」

 一瞬の出来事だった。一体何人のプレイヤーとNPCが見届けられたのか。
 正直、ほとんどの人は見逃してしまう。
 より鋭い眼光と観察眼。二つが相まってこそ、赤薔薇少女の剣技を追うことができた。

「あっ、あああっ、な、なにをした……はぁはぁはぁはぁ……あっ、はっ、がっ……あっ」

 髭モジャ男性は腹に切られた痕があった。
 HPが満タンの状態から、一瞬で空っぽになってしまう。
 片手斧が赤薔薇少女の鎧を撫でると、重力に従って落ちて行くのと同じで、髭モジャ男性もその場にうつ伏せのまま倒れ込むと、パッタリと意識を失って強制ログアウトしてしまうのだった。

「ふぅ。どう? 私がしたのは正当防衛。だからペナルティは無いのよ」
「それはそうだけど……流石にやりすぎだよ。スキルも使って・・・・・・・剣を燃やすなんて・・・・・・・・

 アキラは赤薔薇少女のやった技を見切っていた。
 アレは剣技なんかじゃない。種族なのか固有なのかは分からないが、スキルを使って剣を燃やし、髭モジャ男性の腹を焼いた。
 そのあまりの熱量で火傷によるスリップダメージを負ってしまい、見る人の気を逸らしながらまるで一瞬で倒してしまったかのように演出したのだ。

「……」
「あの、黙らないでよ」
「……私の剣、暴くなんて生意気ね」
「えっ?」

 赤薔薇少女は拗ねていた。
 アキラのことを睨みつけ、今にも殺してしまいそうな形相を浮かべる。
 この様子はヤバい。アキラは意識を切り替え直感のままに距離を取るも、既に標的は映っていて、赤薔薇少女はアキラのことを殺める勢いだった。
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