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◇479 どんぐりと炎

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 負けん気を見せては見たものの、アキラは依然としてピンチだった。
 首領栗フィッシュは未だにHPもそこまで削れておらず、このままでは囮も全うできないかも。
 そんな中でもアキラは諦めない。【甲蟲】を強く握ると、最後の希望を取り出す。

「やっぱりコレを使ってみるしかないのかな?」

 アキラはどんぐりを取り出す。
 首領栗フィッシュと言うな名前ならきっと反応してくれるはず。
 どんぐりだけに、何てと冗談を思いつつ、首領栗フィッシュのことを睨みつけた。

「とは言え攻撃の頻度が下がった? もしかして、私のことを本気で相手できる相手だって思ったのかな? それなら……それっ!」

 首領栗フィッシュは攻撃の頻度が少なくなっていた。
 HPはほんの少ししか削れていないが、もしかするとスタミナ的な問題かもしれない。
 アキラがここまで善戦したことで警戒心も強まり、触手による攻撃も手薄。
 再攻撃を仕掛けるには絶好の場面だった。

「まずは手始めにキック!」

 【月跳】を使い、軽やかに空へと舞い上がる。
 首領栗フィッシュの視線を一瞬外れると、スタミナの消費からか反応速度が少し遅い。
 これは攻撃が入る。確信した蹴りは強力で、体のバネを全部使ってアキラはどんぐりの部分に強烈な一撃を打ち込んだ。

「そりゃぁ!」
「ブルラララララッ! ランァッ!?」

 首領栗フィッシュは蹴られたことでダメージを受けた。
 しかしすぐさま反撃を開始し、触手でアキラの足を捕まえる。
 ニュルリとした気色の悪い感触に当てられると、悪寒がゾッと走った。

「き、気持ち悪い……流石に生足はちょっと……また飛ばされるのっ!?」

 アキラが触手から脱出する前に、首領栗フィッシュは投げ飛ばした。
 近くの木の幹に叩き付けられる。直撃すればHPは底を尽く。
 そんな真似されてたまるかと、アキラは身を捩りながら重心をズラすと、発動したままの【月跳】を使って、木の幹を逆に蹴り上げる。

「負けない。私、負ける気無いからね!」

 全力で足搔いてみせると、反動を使って距離を詰める。
 逃げるのではなく攻撃の転じ、【甲蟲】と【灰爪】を突き出すと、どんぐりの傘を目掛けて振り下ろそうとした。だけど、寸前で触手に絡め取らてしまったアキラはそのまま地面に倒れ込む。

「ぐはっ!? い、痛い……」

 声が出ないはずなのに、声を出さないとやっていられないくらい痛い。
 肺が飛び出しそうな痛みと衝撃が混ざり合って襲い掛かると、アキラは表情を青くした。
 このままじゃ囮をする前にやられる。もしかすると助けは来ないかもしれない。
 そんな妄念が脳裏をかき混ぜると、焦りと一緒に恐怖心が増しそうだった。

「って、ダメダメ! そんなことで私が負けるか」

 意識を素早く切り替えると、続けざまに来る触手槍を転がりながら避ける。
 するとポケットの中から仕舞っていたどんぐりが転がる。

「あっ、私の奥の手が!」

 アキラはどんぐりを信じようと思った。どんぐりがなんとかしてくれると思って腕を伸ばした。しかし間に合わず、触手に妨害されてしまう。
 ズドン! とどんぐりの前に触手が突き刺さり大きな壁が築かれてしまうと、アキラは近付くことすらできず、たじろぎながら後方に下がらざるを得なくなる。

「しまった。って、ど、どうしよう。もうどんぐりは落ちて……あれ?」

 その瞬間、アキラは違和感を感じた。
 首領栗フィッシュの攻撃がピタリと止んで、空気が一変していた。
 如何変わったのか、それはその場にいる人間にしか分からない独特の空気感に浸っていて、ほんのりとした柔肌の匂いらしかった。

「もしかして、本当にどんぐりに興味を示しているのかな?」

 アキラの予想はもしかすると当たっていたのかもしれない。
 首領栗フィッシュはアキラが落としたどんぐりに興味津々な様子で、触手を使って大事そうに撫でている。もしかすると親近感が湧いているのかも。この隙に距離を取ってとアキラの中で思惑が錯綜するも、上手くはいかない様子で首領栗フィッシュは落ちていたどんぐりを食べた。

「ブルラララララララララララララララァ!」

 首領栗フィッシュはどんぐりを齧り食べてしまうと、急にテンションが上がったのか、人間でいうアドレナリンの分泌が加速したみたいに暴れ始める。
 触手をブンブン振り回すと、周囲の木々を薙ぎ倒す勢いで地面に罅を入れた。

「急になに? もしかしてどんぐりを食べて回復したの!?」

 アキラはマズいことをしたと悟る。
 どんぐりを食べて回復されるなら、ここまで戦って意味がない。
 幸いHPまでは回復しきっていないけれど、攻撃速度が桁違いに上がり、アキラは避ける間もなかった。

「そ、そんなの聞いてないよ。いや、教えてくれたらこんな目には遭ってないんだけど……うがっ!」

 腹部に強烈な一撃が入る。クリンヒットでは無いにしろ、HPを大幅に奪われる。
 意識が飛びそうで、見える景色が遅れてやって来る。
 いわゆる走馬灯。そんな景色がすぐ近くに広がると、アキラの体はゆっくりと後ろに吹き飛ばされながら、頬を焼く熱い熱に煽られた。

「やられちゃったかな……でもみんなは無事で……」
「おっとっと!」

 アキラは友達のことを想っていた。
 とりあえずある程度の時間稼ぎはできた筈。これで依頼は無事に達成だ。
 せめてもの救いを噛み締め、ゆっくり目を閉じると、急に体が柔らかい何かに覆われた。

 耳元で聞こえたのは聞き馴染みのありすぎる声。
 ゆっくり目を開けると、竜の腕の中に抱かれている。
 燃え上がるような熱に焦がれると、何が起きているのか瞬時に理解できた。

「フェルノ!」
「あはは、お待たせー。それとお疲れ様」
「……遅いよ」

 にこやかな笑みを浮かべて出迎えてくれるフェルノの顔が飛び込む。
 正直嬉しい。だけどその余裕な笑顔に腹が立つ。
 ムッとした表情を浮かべつつもホッと胸を撫で下ろすアキラは、フェルノが居てくれるだけ安心する。ここまでやって来たことは無駄には終わらず、むしろここから本番になるから負けてられなかった。
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