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◇470 何はともあれ勝利して

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 雷斬の調子も戻り、アキラたち継ぎ接ぎの絆はいつもの様相を取り戻す。
 妖帖の雅のギルドホームにてくつろいでいると、ふと思う所があった。

「そう言えば今回の報酬、山分けってどうすればいいのかな?」

 アキラがポツリ呟くと、Nightはずっと考えていたのか、非常に悩ましい表情を浮かべる。
 それもそのはず、今回の雪将軍討伐は、あくまでも季節限定のモンスター。
 ギルドが出した討伐依頼じゃない。完全に自己満足の結集だった。

「目立った報酬は何処にも無いからな」
「そうだよねー。ドロップアイテムも美味しくなかったって言うか、なーんにもなかったよねー」

 悲しいことに、あれだけ戦って得られた報酬が限りなくゼロに近い。
 むしろ太刀以外は無いと言っても過言ではなく、正直勝利の余韻は良いとして、物的な報酬は無かった。

「これだとまるで、戦ったこととそれまでに得られた絆が報酬みたいな感じよね」
「う、うん。たまにあるよね、そういう物語」
「そうですね。ですが物的な報酬だけに固執してはいけないと思いますよ」

 雷斬はそう口走った。
 先程まで涙を浮かべていた顔は何処へやら、いつもの凛々しくて笑みがとても似合う澄んだ顔になっている。

「確かに物的な報酬はありません。とは言えませんよね……」
「そうよ。雷斬は太刀を手に入れたでしょ?」
「はい。ですので私の口からは強い言葉を発することはできません。しかし、強敵であった雪将軍を討伐し、こうして成長をすることはできました。それが何よりの報酬……と言うことにはできませんか?」

 疑問を最後に投げ掛けられてしまった。
 真っ当に受け止めていたアキラとフェルノは互いに顔を見合わせる。
 けれどNightとベルは些か納得ができていない。
 この場に居る全員が納得のいかないことに、ギクシャクしてしまった。

「えーっと、納得は……」

 アキラが何とか声を絞り出した。
 意識の切り替えがまだ追い付いていない中、発した言葉に信憑性が付いてくるだろうか。
 そんな戸惑いの気持ちを孕みつつ必死に伝えようとする中、突然少女の声が飛んだ。

「なに、悩んどるん?」

 ピタッ!

「「冷たい!」」

 アキラとNightは頬に冷たいものが触れて飛び跳ねそうになった。
 けれど我慢して耐え抜き、視線を頬に向けると、キンキンに冷え切ったコーヒー牛乳の瓶が押し付けられている。

「コー、コーヒー牛乳?」
「あはは、そや」

 背後に居たのは案の定天孤だった。
 ニコニコと笑顔を浮かべながら、コーヒー牛乳を押し当て、愉快に揶揄っている。
 アキラたちはそんな天狐の表情に目を奪われていると、更に女性の声が聞こえた。

「天狐、お悩み中に揶揄うのは良くありませんよ」
「クロユリさん」

 着物を新しく着替え直したクロユリが立っていた。
 その隣には椿姫の姿もある。
 コーヒー牛乳の入ったケースを「よいしょっと」と用意し、アキラたちに差し出す。

「皆さん、取ってください。外で冷やしておいたものですよ!」

 椿姫がそう言ったコーヒー牛乳の瓶は、確かに急激に冷やされていたのか、やけに冷たい。
 おまけに蓋の部分は少し凍り付いている。
 相当長い時間放置されていたようで、飲むのが逆に怖くなる。だけどとても美味しそうで、水分を欲する体がその欲求に耐えられなくなる。

「カチコチに冷えてますね」
「はい。多分六時間くらいは外気に当てていましたよ」
「ろ、六時間? そんな前から準備を……ありがとうございます!」

 アキラは妖帖の雅の配慮に感謝する。
 コーヒー牛乳を天狐から預かり、蓋を開けて一気に飲もうとした。
 しかし蓋を開ける前、クロユリはアキラたちの悩みに密かに答える。

「皆さんがなにに悩んでおられるのかは、先程失礼ですが盗み聞きさせていただきました」

 そんな怪しい言葉から入る。
 Nightの視線がクロユリのことを睨むと、クロユリは丁重に答えた。

「ですが私たちへの報酬は必要ありませんよ」
「「「えっ!?」」」

 流石に継ぎ接ぎの絆、全員の視線が釘付けになった。
 あまりにも寛容的な言葉に包み込まれ、目を見開いて固まってしまう。
 そんな都合の良すぎる結果でいいのか。Nightは非常に怪しむ中、クロユリは更に続けた。

「あくまでも今回は、私たちが自主的に継ぎ接ぎの皆さんをお手伝いしたまでです。ですので気に病む必要はありませんよ」
「そんな! あんなに手伝って貰ったのに。妖帖の皆さんがいなかったら、多分私たち……」
「確実に逃げていただろうな」

 情けない話だけど、実際逃げ腰になっていた。
 いくら雷斬が雪将軍を押し殺せたとしても、ツユヨミまで相手取るのは難しい。
 今回の勝利は継ぎ接ぎの絆のものじゃない。妖帖の雅がいたからこそ得られた結果だった。
 しかしそれが分かっていながらも、クロユリはこう返した。

「それはあくまでも結果ですよ。それに今回は報酬は必要ありませんが、またの機会、私たちが必要な時、力を貸してはいただけませんか?」
「交換条件……いや、ギルド間での協定か?」
「そう捉えていただいても結構ですよ」

 何やら難しい話に発展しそうだった。
 ここはNightに任せてしまおう。そんな空気が流れる中、Nightの視線がアキラに向く。
 まるでアキラに委ねるようで、何と返したらいいのか分からない。

「えっと、なに?」
「お前が決めろ。ギルドマスターだろ」
「わ、私が決めるの!? それじゃあ、よろしくお願いします」

 私は即決だった。と言うより元々断わる意味なんて無かった。
 私の中で迷いは一切無く、意識を切り替える必要性もない。
 それだけ直感が訴え掛け、私の中で答えを出し切っていた。まさに最高の選択だった。

「と言うことだ。全員それでいいな?」
「「「もちろん」」」

 Nightがフェルノたちに訊ねると、誰も否定はしなかった。
 妖帖の雅の人たちには大変お世話になっている。
 その旨があるからこそ、ここで迷っている選択肢は用意されていないのだ。

「皆さんありがとうございます。それではこれからも」
「改めてよろしくお願いしますね」

 ギルド間での協定が正式に結ばれた。
 その瞬間、お互いに和やかな空気が立ち込め始める。
 先程までのしんみりとした空気はもはやなく、換気の必要もなかった。

「ほなみんなで乾杯でもしよか」
「そうですね。それじゃあ、クロユリさん!」
「ではここは私が僭越ながら……乾杯」
「「「乾杯!」」」

 天孤のアイデアでコーヒー牛乳で乾杯をした。
 カチコチになった瓶は冷たく手が霜焼けになりそうで、コーヒー牛乳もキンキンに冷え切り飲むと頭が痛い。

 けれどそんなのは如何だって良かった。
 全員の瓶が触れあった瞬間、奏でられた特別な音色が心地よく頭に残る。
 カーンと何の変哲もないガラスの音のようだけど、ここに結ばれた絆がより一層絡み合うのがしみじみと伝わった。
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