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◇463 風邪を引いてしまったらしい

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 高い天井が視界に広がる。
 部屋の中は暖房で温かくされてはいるものの、全体的に暗い。
 それもそのはず、窓から射し込む陽射しは曇り空に掻き消され、昼間だからと部屋の電気も点いていないのだ。

 一人には十分すぎる広さの部屋。
 そこには他に誰かがいる訳でもない。
 だんまりの無言が支配しており、何処か寂しい。
 そんな中、寂しくて重たい空気を切り裂くように、声が上がった。けれど元気はない。

『はぁー。嫌になるわね、くしゅん!』

 スマホの向こうから鈴来の声がした。
 枕元に置き、通話を始めてからおよそ三分。
 声が上手く出ず、初めは黙っていたものの、ようやく声を上げることが叶った鈴来は、第一声から散々な溜息を吐いていた。

「そうですね。まさかこんな目に遭ってしまうなんて……思いませんよね」
『全くよ。もう、嫌になるわね。はくしゅん!』

 鈴来のくしゃみが何度も聞こえた。
 スマホのスピーカーを通して、飛び出した唾が掛かったみたいに錯覚する。

 けれどそんなことはある訳もない。
 斬禍は布団に横になり、水枕と冷却シートを額にしたまま元気の無い顔をした。

 全身が気怠い。何もやる気が出ない。
 変な音が安静にすることを妨げ、耳障りにさせている。

 一体全体、如何してこんな目に遭うのか。
 はたまた、同じタイミングで斬禍と鈴来は体調を悪化させてしまった。
 病院に行ったところ、如何やら風邪を引いてしまったらしく、昨晩から酷く魘されていた。

「本当になにかしてしまったんでしょうか?」
『なにかってなによ?』
「そうですね。例えば汗を掻いてしまった、とかでしょうか?」
『汗? それくらい運動している私たちは頻繁に……って、夜中に汗を掻き過ぎたってこと? それで風邪になったってこと? うわぁ、最悪よ』
「そうですね。最悪ですね」

 斬禍は鈴来の意見に同意した。
 本当に取った行動が最悪でしかなかった。

 昨晩、継ぎ接ぎと妖帖の二組で雪将軍たちと戦った。
 鎬を削り合うような、心身を擦り減らす激闘だった。
 そんな戦いを制したは良いものの、粉雪に吹かれ、全身を冷やしてしまった。
 いわゆる、低体温症の症状が出始めたので、急ぎGAMEからログアウトした。なのだが、何故か体が気怠くて仕方ないのだ。

「ううっ、おかしいですね。体がズッシリとしていて……」

 斬禍は頭を抑えたまま、パジャマ越しに背中の汗を感じた。
 全身が熱い。けれど冷たい。低体温症では無いのだが、とにかく吐き気が酷かった。
 その思い出が強く、そのまま朝まで耐え、学校を休むことを鈴来に伝えようとしたのだが、まさか鈴来も同じ目に遭っていた。
 斬禍は奇妙な偶然に目を回してしまったが、こうして話し込んでみると、何となく納得がいく。

「鈴来、私たちが風邪を引いてしまったのは、単なる偶然でしょうか?」
『どういうことよ?』

 鈴来は突然斬禍が変なことを言いだしたので聞き返した。
 すると斬禍は依然アキラが意識を飛ばしていたことを思い出していた。

「以前、アキラさんがGAME内で意識を飛ばしてしまったことがありましたよね」
『ん?そう言えばそんなこともあったわね』
「あの時、アキラさんにその実感があまり残っておらず、まるで別次元の感覚に囚われていたようでしたね」
『まあ、アキラはアレじゃない? 影響を受けやすい人ってやつ。CUって、脳への影響が凄いから』

 CUは脳への影響が出ることがある。
 けれどそれはすでに政府からも認可されている。
 その理由は実績。CUを通じて強い悪影響を受けることも稀にあるらしいが、それでも結果的に見れば、その人の人間性を著しく変化させ、好転的な影響に変わるらしい。
 故に影響が出ると、多少体に負担は掛かるが、それを抜けると体も脳も変化しているらしい。

 それが良いのか悪いのか。果たして何を意味しているのか。
 斬禍は散々考えては見たものの、頭も痛く、思うように働いてくれない。
 そのせいもあり、自然と考えることから意識を遠ざけると、最後に結論を述べた。

「とにかく私たちは頑張りすぎてしまったんですね。それでこの様ですが、私は後悔していませんよ」


 そう話し終えた斬禍は続きが無いので黙ってしまう。
 対して鈴来も返す言葉が無い。
 現にそうなってしまっているので、何も言い返せなかった。

 けれど何か言うしかない。
 ただ白熱したせいで自然と脳からアドレナリンが分泌され、体から汗を流していた。
 そう考えるだけで今は十分で、鈴来は一言を返す。

『私もよ』

 相槌を打つと、それ以上返答は出なかった。
 とはいえそれだけで終わらせていい無いようなのか。
 鈴来は迷ってしまい、ポツリと口から零れていた。

『難しい話ね』
「そうですね」
『別に私たちじゃなくてもいいのに……』
「そうですけど、他の誰かが私たちのような目に遭わずに済み、私は良かったと思いますよ」
『お人好しね。はぁ、はくしゅん! ううっ、早く元気になりたいわ』
「そうですね。しっかり休み……くしゅん!」
『お互いにね』
「はい」

 二人は咳をし続け、体調を悪化させていた。
 むやみやたらとした会話は体に毒。ここは素直に体を休めよう。
 そう決めた二人は布団の中で固まってしまうと、そのまま意識が遠のいて行き、睡魔によって暗闇へと誘われてしまうのだった。
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