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◇413 アクア・カカオ豆の味

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  バレンタイン当日。
 明輝は烈火といつも通り学校に向かって歩いていた。
 女子高生の明輝と烈火だが、こんな大事な日にも特に予定はない。
 けれど明輝は昨日作ったチョコレートを、しっかり放送した状態で烈火に手渡した。

「はい烈火。昨日の余り」
「えっ!? これって、チョコだよね!」
「そうだよ。昨日BIRDでメッセージを送ってたでしょ?」
「あー、アレのこと? 流石、明輝だね。ちゃんと覚えていてくれたんだ。嬉しいな」
「まあついでだからね。味は市販のチョコレートを溶かしただけだから変わらないと思うけど……私が作ったってことだけは覚えておいて欲しいな」
「分かってるって。それじゃあ早速いただきます!」

 歩きながら包装を解き、チョコレートを頬張る。
 甘くて美味しいのか、烈火は嬉しそうだった。
 人が喜んでくれる姿を見るのを明輝は好きだった。
 作った甲斐があったと思い、心が弾んでいた。

「美味しいよ、明輝」
「ありがとう」
「この調子でアクア・カカオ豆のチョコレートも食べられたらなー」
「あはは、そうなったらいいね」

 明輝と烈火は笑い合っていた。
 朝は二月の寒さに凍てつく中、通学路を楽しく歩いていた。



 アキラたちはいつも通りギルドホームにやって来ていた。
 今日は全員集合で、リビングの心地よさに駆られ、みんな眠たそうに目の下を擦る。
 雷斬も日々の疲れからか、小さく欠伸をしていた。
 そんな二月十四日の午後をのんびりくつろいでいると、文庫本をパン! と畳んだ。

「あー、全員集まっているな」
「見たら判るよー」
「そうだな。それじゃあ少し待っていてくれ」

 そう言うとNightはキッチンの方に足を運んだ。
 みんな何かな何かなと珍しくソワソワした行動を取るNightに唖然とする。

「どうしたのでしょうか?」
「さあね。でもなにか企んでいるんじゃないの?」
「そんなことをする方ではないですが?」
「もしかしたらバレンタインデーだから、チョコくれるのかもねー」
「まさか。もしそうだとしたら、きっと激辛か、激苦よ」
「それは言い過ぎではないですか、ベル」
「まあ私も本気で言ってるわけじゃないわよ。でも、可能性はゼロじゃないでしょ?」
「確かにねー。あはは」

 アキラ以外に三人は事情を知らないので笑っていた。
 けれどアキラもアクア・カカオ豆の味を知らない。
 もしかしたら、甘いと思って居るのは私だけで、本当は辛かったり苦かったりするんじゃないかなと、アキラは脳内で考え、意識を切り替えることにした。

「まあ、きっと大丈夫だよね。うん」
「アキラ、なにか知ってるの?」
「えっ!?」

 アキラはフェルノに詰め寄られるが、すぐに知らないふりをした。
 けれどそんなことをしなくてもNightが何か持って戻って来る。
 その手には黒い鉄製のプレート。冷気を纏っていて、キンキンに冷え切っていた。

「全員集まっているなら、これを食べてくれないか」
「コレって? うわぁ、もしかしてチョコレート!」
「そうだぞ。私とアキラで作ったんだ。今日はちょうどバレンタイン、アクア・カカオ豆の味を確かめるには打って付けの日だろ」
「なるほど。そのために……へぇー」

 アキラはNightの考えを全て読み切った。
 するとNightに勘付かれ、詰め寄られてしまった。

「なんだ? なにか言いたそうな顔をしているな」
「ふふっ。Nightも可愛いねって思って」
「な、なんだ! あー、こほん」

 Nightが顔を真っ赤にしていた。
 可愛いと率直に思ったアキラだったけど、まるで口止めされるみたいにチョコレートを口に中に突っ込まれる。
 ハートの形をしていて少し硬め。だけどとってもみずみずしく、水分が多くて甘かった。

「うん、とっても美味しい!」
「ほんとほんとー。これがアクア・カカオ豆の味かー。頑張って採ってきて良かったねー」

 アキラとフェルノは苦労が実ったと感じ、嬉しさの余り涙を零す。
 あんな怖いモンスター、モチツキンに続いて二度目だった。
 雷斬とベルもチョコレートをいただくと、目を見開く。普通のチョコレートには無い、独特なみずみずしさと甘みが一気に押し寄せた。

「美味しいですね、このチョコレート」
「本当ね。一体どうやって作ったのかしら?」
「どうやってって、私とアキラがカカオ豆から一から作ったに決まっているだろ。あむっ、うん、なかなか美味いな」

 サラッと説明し、苦労を苦労と感じさせないように配慮した。
 けれど雷斬とベルは手が止まり、今度は味わって一つずつ食べるようになる。
 それだけの労力が掛かっているものだからこその旨味。二人はアキラたち同様体感する。

「そうだったんですね」
「それを思ったら、食べるのがもったいないわね」
「それを言ったら元も子もないだろ。だから遠慮せずに食べるべきだ」

 Night本人がそう答えた。
 いつにもよりも明らかに丸い表情に不気味さえ感じてしまう。

「本当にどうしたのNight?」
「なにがだ?」
「いつものNightっぽくないから。なにかあったの?」
「別になにもない。ただ……」
「ただ?」

 ここに来て含みが生まれた。
 Nightは天井を見つめている。清々しい表情で、曇りなき眼だった。

「私もたまには違うことをして、みんなを驚かせたかった。そうでも言えば、面白いか?」

 全員固まってしまった。本当にいつものNightじゃなかった。
 いつもならこんな満面の笑みを浮かべたいしない。もっと薄くて遠目を見る笑みだ。
 けれどこの時の笑みはとても嵌っていた。
 Nightが普段見せない行動が絶妙に心の隙間に溶け込むと、アキラたちを笑みを浮かべてしまう。

(ああ、そうだったんだ。だからNightは……)

 アキラには全てが読めていた。
 いいや、読めなくても本当は分かった。
 あの時Nightがつまみ食いを止めた理由が伝わって、ホットな胸を抱く全員だった。
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