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◇201 天孤とクロユリ

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 温泉に現れたのはまさかの人だった。
 フェルノたちは当然驚いている。

「極楽やなー」

 とは言え、目の前に温泉に浸かっている人は平然としていた。
 まるでこの空気が場違いではないかのような不思議な空気感で存在している。

「って、流せない流せない。流石に私でも流せないよー!」

 フェルノはアキラがいないので盛大なツッコミをした。
 すると目の前の女性。狐の耳を生やした天狐は、「ん?」と首を捻る。

「どないしたん?もしかしてこの頭が不思議なんかいな?」
「そうじゃないって!」
「そうです。どうして天狐さんがこんなところに……」

 雷斬も気になってしまった。
 すると首を捻ったり空を見上げてみたり、温泉の湯に浸かってブクブクと泡を起こしてみたり。
 天狐は完全に遊んでいた。しかし、どういうわけか「あっ!」と九に閃いた顔をする。

「この頭はただの癖っ毛。ほんまの狐耳はスキルを使わな出えへんで」
「「そうじゃない!」」

 アキラの分を2人でカバーしていた。
 その拍子に立ち上がると飛沫も大きく上がる。

「ちょっと2人とも。気になるのはわかるけど、少し静かにしたらどうかしら?」
「そうやな。もう少し落ち着いたらええのに」

 その原因になっている人は何を言うのか。
 ベルもベルで完全にスルーしている。しかし今の音を聞きつけて、誰かが走ってきた。
 当然アキラも驚いた。

「みんなどうしたのって、天狐さん!」
「やあ、君もこないだの」
「いや、今日ですけど?」
「あれ、そやったかいなぁ?」

 完全にボケに転じていた。
 そのことをやって来たNightは気が付いていたが、何食わぬ顔で温泉に浸かる。

「おっ、意外に滑らかだな」
「Nightズルい! 私が一番最後なの」
「最初だろうが最後だろうが同じだ」
「まあそうだけど……って違うよね!」
「くだらないな」

 Night目を瞑っていた。
 しかしアキラはどうして天狐がいるのか気になって、温泉に入りながら聞いてみることにした。だけど質問の前に飛び出したのは、やっぱり——

「うわぁ、いい湯だね。やっぱり温泉って最高だね」
「そうやなー」

 天狐もついつい同調した。
 不思議な空気が湯気と一緒に立ち込める中、アキラが何気なく質問をしてみた。

「それで、どうして天狐さんがこんなところにいるんですか?」
「そない気になる?」
「はい、気になります。確か今日は私たちが貸し切りにしていたはずですよ?」
「そうやなー」

 どうやら知っていたらしい。
 ではなぜここにいるのか。普通に入れないはずなので、きっとクロユリと繋がりがある。
 アキラやNightは同じことを考えていた。
 しかし余計なことはきれいさっぱり温泉が洗い流してくれる。垢が抜けた2人は綺麗な夜空を見上げていた。

「いい夜景だよねー」
「そうだな。しかも見てみろ」

 すると近くには紅葉が咲いていた。
 今日も見た血っ手紅葉とは違う、普通の紅葉だ。
 風情があっていいなと思いつつ、変なタイミングで天狐は答えた。

「うちも妖帖ようじょうみやびのメンバーやさかいね」
「「「えっ!?」」」
「あれ、知らへんかった? うち剥離ゆりとは親友なんやで」
「初耳ですよ! えっ、クロユリさんと……えっ?」

 アキラは驚いていた。
 いいやアキラだけではない。アキラ以外の継ぎ接ぎの面々も普通に驚いていた。

 しかしこれで納得もした。
 どうして天狐がここにいるのか。その理由は同じギルドだから。そして気にせず入ってきたのは、天狐が天狐だからだ。
 気まぐれな狐の相手は大変なので、クロユリも溜息を吐いている。

「まあいいですけどね」
「えっ?」
「どうして驚くんですか? ここって天狐さんの所属しているギルドですよね? だったら問題ないと思いますよ。ねえ、みんな」

 アキラが話を振ると、「まあ、そうだね」と同調してくれる。
 とは言えNightやベルは冷静で、「普通、貸切風呂なら例え温泉の所有者でも入ってこないだろ」とは言っている。まあ大抵そうだろうが、アキラはまるで気にしていなかった。
 何故なら気心が知れているわけではないけど、アキラは天狐が悪い人じゃないことを既に見破っていた。

「と言うわけで私はいいですよ。変な人なら嫌ですけど」
「変わった子やな」
「あはは、よく言われます」

 アキラは笑って済ませてしまった。
 その様子を見ていた天狐も気を良くしたのか、スッと近づいてくるとアキラとフェルノの隣にやって来る。

「ここ空いてるから使うなぁ」
「天狐さんは自由なんですね」
「かなんかった?」
「そんなことないですよ?」
「クロユリは大変だろうがな」
「そうやな」
「それなら少しは気を遣ってやれ。制御役がどれだけ大変か、わ・か・る・よ・な!」

 Nightの目が怖かった。
 アキラとベルは睨まれてしまい、「は、はい?」と疑問を並べた表情で返す。
 とは言えいつもの事なので、全く気になっていない。ベルはその光景を見ると、「やれやれね」と他人行儀だった。

「それで血っ手紅葉はどうやった?」
「いい景色でしたよ。ちょっと変な臭いがしたので、すぐに退散しましたけど」
「紅葉をじーっと目で追ったりはしいひんかったん?」
「あっ、それなら雷斬が!」

 アキラは話を振った。
 すると雷斬は紅葉を見ながら目で追っている。その姿はまさしく血っ手紅葉の時と同じだ。

「うちとおんなじことする子がおったんやなぁ」
「えっ?」
「ええや、流石は剣士と感心しただけや」

 天狐は少しに焼けた笑みを浮かべていた。
 夜空と赤い紅葉が水面に映る。
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