VRMMOのキメラさん〜雑魚種族を選んだ私だけど、固有スキルが「倒したモンスターの能力を奪う」だったのでいつの間にか最強に！？

◇１９３ 温泉が出ない

　「最悪だ」

　Nightは全身ずぶ濡れになっていた。
　羽織っているマントが重たくなって元気も無くなっている。
　まさかこんなことになるなんて。アキラたちはNightの機嫌を取り繕うとした。

「だ、大丈夫だよ！」
「そうだよそうだよ。それにさー、これから温泉に入りに行けばいいじゃんかー」
「そうですね。温泉に入れば体もあったまります」
「一回濡れて置いてもいいんじゃないかしら。そうよね？」
「どこがだ……どこが」

　Nightは明らかに機嫌を損ねていた。
　しかしどうしようもできないので、Nightには着替えてもらうことにした。
　けれどNightのインベントリの中には可愛い系の服しか入っていないので、表情が強張って着替えるかどうか迷っていた。

「くっ……どうする……着替えたくないな」
「どうして着替えないの？」
「こいつらの前で着替えたら馬鹿にされる……くっ！　仕方ない、着替えるのは諦めよう」
「どうして諦めるの！」

　Nightはインベントリを閉じた。
　そうだ。長風呂している間に乾かせばいい。
　Nightは目を伏せてしばしの間耐えることにした後、雷斬は温泉の場所を調べていた。

「それでは皆さん、何故かNightさんの服が濡れてしまっていますが、これから温泉に行きましょう」
「「イェーイ！」」

　アキラとフェルノは子供みたいに拳を振り上げ喜んだ。
　ここまで来たらこの波に乗るしかない。少しでも空気を変えようと同時タイミングで息があった。

「皆さんありがとうございます」
「アキラとフェルノだけよね？」
「ベル、今は空気を合わせてください。Nightさんを見てください」
「ああ、わかったわ」

　ベルはNightが頭からつま先までびしょびしょなことを考えて余計なツッコミを入れないことにした。ちょっと風が強くなってきたので、Nightが「はくちゅん」とくしゃみをした。可愛いくしゃみに全員の目が行くが、Nightに蛇睨みされてしまった。

「見るな」
「ごめんね。でも可愛かったから」
「黙れ。とにかく行くなら行くでさっさとしろ。私は寒いんだ」
「着替えればいいのに」
「着替えるのだけは無しだ！」

　凄い剣幕で怒鳴られてしまった。
　アキラはNightの怒鳴り顔すら何気ない様子で、「別に着替えればいいのにね」と口にした。

「はいはーい！　こんなこといつまでやってても日が暮れちゃうから、さっさと行くよ！」

　フェルノがアキラとNightの腕を捕まえると、引っ張って歩き出した。
　強靭な腕に掴まれて逃げられなくなったので、雷斬とベルはフェルノの後に続いて歩き出す。

「そう言えば雷斬。温泉ってどんなとこなの？」
「筋肉疲労にいい天然の温泉ですよ。特に露天風呂が有名です」
「露天風呂？　もしかして紅葉が見えるの？」
「はい。この街の温泉はほとんどが同じ源泉から湧いているものらしいですよ」
「そうなの！　それじゃあどこの温泉に入っても」
「それが微妙に違うらしいんです。不思議なこともありますよね」
「成分が違うんだ」

　Nightがしっとり乾いてきた状態でくしゃみをしながら説明した。
　しかし誰もNightのしっとり具合に目を奪われてしまい、耳にまで情報が入ってこなかった。

「本当に風邪ひくから着替えた方がいいよ？」
「それだけは嫌だ。少なくともお前たちの前では嫌だ」
「どうして？　もしかしてかなりパンクな格好なの？」
「それともロックとか？　逆に可愛い系？」
「ぐはっ」
「可愛い系なんだねー。いいじゃんかー、ピンクのふわふわ系」
「うるさい」

　Nightはフェルノに揶揄われて明らかに腹を立てている。
　けれどフェルノは末で気にしている様子はなく、フェルノを揶揄って遊びつくした。
　そうこうしているうちにアキラたちは温泉にやって来る。
　江戸時代とかにありそうな大衆浴場のようだった。

「とりあえず一番近いのはここですね」
「ここは露天なくない？」
「どうでもいい。とにかく入る……はっ？」

　Nightが立ち止まっていた。
　アキラは「どうしたの？」と言ってNightが見ているものを見た。
　そこには板が立てかけられていて、何か書いてあった。

「えーっと何々。ただいま、温泉の湯が出ないため温泉は営業しておりません」
「えっ！？　情報にありませんよ」

　雷斬が驚いていた。
　だけど一番がっかりして愕然と肩を落とすのはしっとり濡れているNightだった。

「ふざけるなよ、他に行くぞ！」
「そ、そうだね。ここのお湯が出ないだけで……」

　アキラは同情して弁解しようとした。
　けれどアキラたちの様子を見ていた人が声を掛けた。

「今この街一帯で温泉は出ないわよ」

　そこにいたのは着物を着た女だった。
　優しそうな目をした人で、黒くて艶のある髪を腰まで伸ばしている。
　背も随分と高いが、どうやらＮＰＣではない。プレイヤーのようで、アキラたちに話しかけた。

「今この街で温泉の湯が出なくて困っているの。だからＮＰＣたちも温泉には入れていないのよ？」
「そ、そんなー」

　アキラはがっかりした。雷斬とNightはアキラ以上にショックが大きかったみたいで、頭を抱えていた。
　しかしどうしてそんなことになったのか。温泉が有名なはずの街で温泉が出ないなんてきっと大問題のはずなので、原因究明が求められていた。