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ミュシェル・エスメールとして

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 エスメール伯爵は死を悟った。
 けれど決して逃げない。ここで逃げる訳にはいかないと、最後まで抵抗する意思を見せる。
 とは言え、なんの力も持たないエスメール伯爵は歯が立たず、炎に炙り殺されるだけ……には私はさせません。

「主よ、我が祈りを捧げ、我らを守護する壁を贈らん—聖壁バリア!」

 私は咄嗟に魔法を唱え、息を荒げました。
 魔力が乱れてしまいましたが、それでも気持ちが伝わったのか、魔法が発動します。
 光の壁が父の周りを取り囲み、炎から身を守りました。

「こ、この魔法は……」
「大丈夫ですか、お父さん」
「ミュシェル、どうしてここに!?」
「どうしてもなにも、私がここに来た理由は一つでです」

 私は急ぎ時計塔に向かい、火の手を掻い潜ってようやく辿り着きました。
 そこでは案の定というべきでしょうか? 父がスーレットさんを相手に必死に抵抗を見せていました。

 危うく父の命が失われる寸前、如何にか魔法が守ってくれます。
 間一髪だったことを痛感しつつ、肩を上下する私は、鋭い眼でスーレットさんを睨み付けます。何を隠そう、スーレットさんは絶対にしてはいけないことをしたからです。

「スーレットさん、貴方は自分がなにをしたのか、分かっているのですか?」
「ミュシェルか……分かっていると言ったら?」
「なっ!? やっぱり貴方が元凶、今回の事件の首謀者だったんですね。つまり最初からその気だったわけです」
「なんのことかさっぱり分からないな。説明、していただけますか?」

 スーレットさんは私のことを嗜めていました。
 完全に煽られていることは承知の上。
 怒りを向けるのではなく自分自身を諫め、スーレットさんを相手にします。

「貴方は最初からこの街を手に入れるために動いていました。私の父に近付き、信頼を勝ち取り地位を得ること。強引にでも屋台を出し、ジュースを飲んだ人達を操ること。街中に炎が覆うように仕掛けを施すべく、外回りを率先して行っていたこと。全てあなたの計画の内だったんですねよね」
「……ははは、ははは!」
「なにがおかしいんですか!」

 スーレットさんは突然笑い出しました。
 顔がグシャグシャに崩れていき、本性が内側から溢れ出ます。
 その表情は嬉々としており、私達のことを見下しているようでした。

「そこまで分かっていて、どうして私を止めなかった!」
「まだ貴方自身に、少しは良い心が残っていると信じていたんです」
「信じる!? はっ、その結果がこの様だ。直にこの街は私のものとなる。そしてベルファー様の名を、未来永劫刻み付けるのです。全ては私の支配下にある。この街は、既に私の手のひらの中なのですよ!」

 スーレットさんは狂っていました。いえ、既にスーレットさんとこういう人です。
 最初から騙されていた。その事実を突き付けられ、私は胸が痛くなります。
 でも、そんなことで負けません。私は屈することはせず、杖を突き立てました。

「それなら、私が貴方を止めます!」
「お前が、私を止める?」
「はい。私が貴女を止めます。貴方の命を、私が奪います。それが私の覚悟です」

 私の覚悟は決まりました。
 全ての責任は私にあります。そう思ってしまいます。
 たとえそれが違っていたとしても、今の私はここに立っている。それは即ち、事態の手中にあるのです。

「所詮は、“元”水の勇者パーティーメンバー」
「はい。でも、今の私は違います」
「ほぉ? では、今のお前は何者だ」
「今の私は決まっています。今の私は、ミュシェル・エスメール。この街の領主の娘です!」

 私は自分の身分を曝け出しました。
 これは覚悟の証明、今の私はミュシェル・エスメール。
 この街の領主の娘として、スーレットさんの暴挙を止める。ただそのために杖を振るうと誓ったのです。
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