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ミュシェルは決して折れない

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 急に足音が聞こえた。
 劣勢に立たされていた筈のひったくり犯は、急に目の色を変える。

 パッと明るくなると、調子に乗る。
 俺とミュシェルに指を指した。

「はっ、どうやら今回も俺は無実らしいな!」
「どういうことだ?」
「ふん、直に分かるさ」

 広場にやってくる足音。
 俺とミュシェルは視線を向けた。
 するとミュシェルの様子がおかしくなる。

「あ、あの人は!」
「知り合いか?」

 ミュシェルの顔色が悪い。
 引き攣った様子でたじろくと、目が見開かれている。

「騒ぎを聞き付けて来てみれば、また君かい」

 “また”? その言葉に俺は呆れる。
 如何やらひったくり犯の男性と面識があるらしい。
 間違いない。ミュシェルとひったくり犯の状況が一変したのは、この男性のせいだ。

「さて、これはミュシェル様」
「様はやめてください、スーレットさん」

 当たりだ。二人には面識がある。
 俺は場違いな空気に立たされつつ、スーレットと呼ばれた男性を調べる。

 まず第一に礼儀正しい好青年。
 しかもスーツを身に纏い、革靴まで履いている。
 バリバリのサラリーマン。かと思いきや、腕には金の時計。更に指輪をはめ、首からはネックレスを垂らす。高級感を露わにする。
 おまけにネクタイの色、目の色ともに赤。おそらく裸眼だが、かなり派手。髪をワックスか何かで固めているのだろうが、それでも派手だ。

(派手派手な男性だな。それにしても……嫌な感じがする)

 俺は警戒してしまう。
 それもその筈、何処となくベルファーに似て非なるものがあった。
 もちろん全くの同じではない。似ているのだが、より厄介そうな雰囲気が立つ。

「そちらの彼が?」
「はい。私の友達です」
「友達……変ですね、私には魔王のように見えますが?」
「それは違いますよ。彼は私の友達のカガヤキさん。可哀想に、友達に魔王の格好をさせられてしまったらしく、他の服を一着も持っていないんです」
「……それは可哀想に」
「可哀想って……」

 もはやテンプレのネタになっていた。
 俺はついボヤいてしまう第一声に、スーレット視線を惹く。何故だろう、俺のことを嫌悪しているような気がした。

「それで、実際にはなにがあったんですか?」
「それはもう解決しました」
「おや、話を聞かせてはいただけないんですね」
「解決したので。それより、問題はひったくり犯のこの人です」

 ミュシェルは都合の悪い話をしない。
 こんなミュシェル、ほぼ初対面な関係でも珍しい。
 何か因縁があるのか。そう思ったが、視線の先を合わせる。

「私達は今からこの人を騎士団に突き出します」
「そ、そんな!」
「今更足掻いても無駄です。証拠も揃っているんですよ」
「証拠?」

 スーレットは眉間に皺を寄せた。
 赤い瞳がギラリと光る。

 同時にミュシェルが俺に顎で合図をする。
 もう一度撮った映像を見せることになった。

「はいはい」

 俺は聖壁に映像を映し出す。
 ひったくり犯の悪事がばっちり映っていた。

「これが動かぬ証拠です!」
「ほぉ、映像記憶の魔道具ですか」
「一応はまあ」
「それはかなり良いものをお持ちで。そうですね、ですが実際に被害は出ましたか?」
「ひ、被害ですか?」
「ええ。この映像の真偽はさておき、少なくとも事実だと仮定した場合、あくまでも“未遂”ではありませんか?」

 確かにそれには一理ある。
 ひったくり犯が常習犯であったとしても、今回は関係がない。何故なら、俺が未然に防いでしまったからだ。

「被害に遭った貴女は?」
「えっと、確かに鞄は盗まれましたが、彼が取り返してくれました」
「なるほど。ではこの映像は真実……それはご苦労様でした。後で騎士団から、感謝状でも受け取ってください」
「はっ?」

 スーレットは話を終わらせに掛かる。
 もちろん違和感に気が付いた俺とミュシェルは額に皺を寄せる。
 ひったくり犯を助けるような真似を見せたので、果敢に攻める。

「スーレットさん、仮に未遂であったとしても、事実は事実です。然るべき所で反省するのが、普通なのではないですか?」
「それはそうですが、騎士団の方も暇ではありませんよ。あくまでもこの街に駐屯している身です」
「そうだとしても、厳重注意は必要の筈です!」
「では貴女がするべきではありませんか? 水の勇者:ユキムラ様のパーティーに属している回復役ヒーラーではありませんか」

 スーレットがバラした瞬間、空気が変わる。
 ひったくり犯は冷や汗を掻き、女性は顔を引き攣らせる。

 そんなに驚くことなのか?
 正直俺はテンプレすぎて忘れていた。

 勇者パーティーのメンバーが、普通に街に居ること。
 それはあり得ないことではないのだが、珍しいことなのだ。

「ゆ、勇者パーティー!?」
「ミュシェルさんが」
「あれ、そんなに意外なこと?」

 俺だけは呆然とする。
 しかしひったくり犯と被害者の女性は固まる。
 タジタジになると、全身がポリゴンみたいになる。

「お、お前、勇者パーティーだったのか!」
「まあ、一応は?」
「じょ、冗談じゃねぇ。なぁ、頼むよ、スーレットの旦那」

 ひったくり犯は全力でスーレットに懇願する。
 しかしミュシェルは一切退かない。
 ひったくり犯の前に出ると、はっきりと言った。

「私は、確かに勇者パーティーの一員でした。でも今は違います。ここにいるのは、ミュシェル・エスメールです。ミュシェル・エスメールとして、貴方のことを咎めます。それが、私のするべきことです」

 ミュシェルの正義感が爆発する。
 流石に全員黙らされる。
 スーレットからも圧が少し掻き消され、まるで押し込まれたように、全体が収まった。そう、ミュシェル一色の世界になった。
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