異世界で最強になった俺が偽魔王になってみた。~魔王キャラVTuberの俺が配信していたら、異世界転移してしまい、マジの魔王扱いされたんだが?

水定ユウ

文字の大きさ
上 下
21 / 68

第8話 食欲を誘う匂い

しおりを挟む
 客室のベッドで一夜が明けた。
 何故か充分に眠れた気がしない。
 それもその筈で、何もかも勝手が違うからだ。

「ううっ、あー、随分と、寝たのか」

 俺は朝日関係無く目覚めた。
 体中が痛い、硬い。満足に眠れなかった証拠だろう。

「あー、辛い。やっぱり、知らない天井だな」

 俺は寝ぼけた眼を擦った。
 ふとベッドに仰向けになり、天井を見てみる。
 シミが幾つもあり、ボーッと数えてしまった。

「暇だな」

 異世界に来て、暇なんてあるのか。
 それとも、最初がハード過ぎたせいか、ギャップに付いて行けない。
 俺は腕を伸ばして背筋を伸ばすと、体を起こした。

「腹は……減らないな」

 腹を触ってみるが、空腹感がまるでない。
 魔王からの勇者パーティーによる、こってり濃厚展開が続いてせいか、空気だけでお腹がいっぱいになったらしい。

「さてと、とりあえず服は着るか」

 俺はヘッドホンを付け、ボタンを押す。
 右のボタンを押すと、ON状態になる。
 魔王の衣装を再び身に纏うと、OFF状態から一瞬で変わる。

「天河晃陽からカガヤキ・トライスティルに……変身ヒーローかよ」

 腰を曲げ、らしくもない猫背になる。
 溜息を大きく零すと、ふと部屋の扉の隙間から、いい香りがした。

「この匂いは……」

 鼻腔をくすぐるいい匂い。
 古城のカビ臭さとは一線を画している。
 俺は気になって腰を持ち上げると、ベッドから立ち上がった。

「一体何処から……方位磁石座の道標コンパス・ライン

 俺は魔法を唱えた。
 すると壁や床に矢印が表示される。
 ピカピカ輝いていて分かりやすく、俺は矢印の通りに追い掛けた。

「この魔法、普通にチートだな」

 完全に地図要らず。案内人要らず。
 もはや道具や役職を一つ捨ててもいいようなガチチートスキルで、俺はありがたかった。
 戦いには何の役にも立たないが、これだけで稼げそうだ。

「そう言えば、俺はこの世界の金を持っていないな。どうする? 流石にこの見た目じゃ、後ろ指を指されるぞ」

 魔王のような格好じゃ、誰も近付いてくれない。
 勇者パーティー御一行の反応と同じで、魔王扱いされるに決まっている。
 そんなことになれば、俺の立場が圧倒的に悪くなる。街になんて行ける筈もなく、唇を噛んだ。

「どうしよう。現実的な所でヤバいぞ」

 もし、他に異世界転移経験者が居るとすれば、俺の気にしていることは全部バカみたいな話だろう。
 大抵、アニメや漫画の中の異世界転生・転移のものだと、主人公は最強だ。
 与えられたとんでもない力で、どんな状況も覆し、周りからキャーキャー言われるくらいには、充実感たっぷりに違いない。

「強いけど、強いだけなんだよな……メリットに対してのデメリットが余りにも大きすぎる」

 俺はブツブツ念仏のように不満を吐き連ねた。
 そうこうしているうちに、矢印の光が強まる。
 ピカピカがビカビカに変わると、匂いの発生源に辿り着いた。

「ふふーん。ふんふふーん」

 目の前には扉がある。
 更に灯りが付いていて、扉の隙間から声と一緒にはみ出していた。

「ここは……キッチンか?」

 匂いを嗅ごうと、鼻を鳴らした。
 クンクン音を立てると、乳製品の匂いがする。
 とても食欲を駆り立ててくれ、気になって俺は扉を開けた。

「一体誰が……あっ」

 キッチンに立っていたのは少女。
 赤黒いエプロンを着けていて、長い髪を頭の上で結っている。
 見れば見る程スタイルがいい。初見で好きになっちゃう人も居るんだろうが、俺は無視して声を掛けた。

「ミュシェル?」
「あっ、おはようございます、カガヤキさん」
「……おはよう。そこでなにしてるの?」

 いや、訊かなくても分かる。どんなバカでも、エプロンを着けて、お玉を持っていれば分かるはずだ。
 何をしているかなんて野暮すぎて、一目瞭然だった。

「朝食を作っているんです。カガヤキさんも食べませんか?」
「食べていいの?」
「はい。いっぱい作ったので、一緒に食べて欲しいです。一人の食事よりも、大勢の方が楽しいので」

 ミュシェルはいい子過ぎた。何処にお嫁に行っても恥じないくらい、出来が良かった。
 見た目も実力も何もかもが噛み合っている。
 つくづくユキムラ達に置いて行かれたことが不憫に思うと、俺は代わりに泣きたくなった。

「ど、どうしたんですか、カガヤキさん!? クリームシチューはお嫌いでしたか?」
「いいや、嫌いじゃないけど。ミュシェルはいい子だなって」
「い、いい子ですか? 私は普通のことをしているつもりですが」

 普通の基準が高すぎる。今時の現代人はこんな手の込んだことはしない。
 俺はミュシェルの凄みが嫌に思うくらい伝わる。
 自分と重ね合わせる……ことはしないが、少なくとも友人B美玲とは圧倒的に違った。

「ミュシェル、なにか手伝うことは無い?」
「手伝うことですか? それではサラダを用意して貰えますか? 食材はそこに置いてありますから」
「サラダな、分かった。後、パンも焦げ目を付ければいいか?」
「えっ、できるんですか!」
「このくらい、週に一回はやってる」
「しゅ、週に一回。手が込んでますね」

 なにを褒められるのか? 別に俺は料理くらい普通にする。
 テーブルの上に出されていた野菜を一旦水で軽く洗い、包丁を使って適度な大きさに切り分け、盛り付ける。ドレッシングが無いので簡単に作っておくと、同時にパンの表面に焦げ目をつけた。

「ほ、本当にできるんですね!」
「どれだけ俺のことをできそうにない奴だと思ってたんだ」

 俺はミュシェルが思っている以上には、それなりのことができる。
 しかしそれなりの基準も高かったらしい。
 気が付けば、見ただけで美味しそうなパンとサラダができ上がっていて、俺は「こんなものか」と感嘆と吐露した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ザコ魔法使いの僕がダンジョンで1人ぼっち!魔獣に襲われても石化した僕は無敵状態!経験値が溜まり続けて気づいた時には最強魔導士に!?

さかいおさむ
ファンタジー
戦士は【スキル】と呼ばれる能力を持っている。 僕はスキルレベル1のザコ魔法使いだ。 そんな僕がある日、ダンジョン攻略に向かう戦士団に入ることに…… パーティに置いていかれ僕は1人ダンジョンに取り残される。 全身ケガだらけでもう助からないだろう…… 諦めたその時、手に入れた宝を装備すると無敵の石化状態に!? 頑張って攻撃してくる魔獣には申し訳ないがダメージは皆無。経験値だけが溜まっていく。 気づけば全魔法がレベル100!? そろそろ反撃開始してもいいですか? 内気な最強魔法使いの僕が美女たちと冒険しながら人助け!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

処理中です...