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やっと人間だって証明したぞ!

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「な、なにをしているんですか!」

 ミュシェルは突然の俺の奇行に驚く。
 それはそうで、俺だってこんなことしたくなかった。
 自分から唇を噛むと、避けた唇から、血が垂れる。幸い少なかったから良かったけど、真っ赤で清潔な血が流れた。

「ほら、俺は魔族じゃ無いだろ?」
「だ、だからって、自分から怪我を負わなくても……でも、本当に貴方は」
「だから何度も言ってるだろ。俺は、魔王じゃないんだって!」

 必死の訴えで、俺は信じてもらう。
 あまりにも切羽詰まっていたせいか、ミュシェルの顔色が変化。信じないとヤバそうな空気に発展すると、ミュシェルは首をブンブン縦に振る。

「わ、分かりました。と、とりあえず、治療させていただけますか?」
「治療? ああ、さっきのね。いいよ」

 ミュシェルは見た目から何から、女神官だった。
 つまり、回復屋ヒーラーってことになる。
 実際、俺の目で確かめたので分かるが、とんでもない腕なのは間違いない。

「本当に魔族で無ければ、安心して……主よ、我が祈り捧げ、聖なる光でかの者を癒したまえー聖癒」

 ミュシェルは恐る恐る魔法を唱えた。
 ユキムラを治癒した時と同じ色の光が、俺のことを包む。
 もし俺が、本当に設定だけなら、この魔法を受けても問題ない筈。とにかく信じるしかないと思い、身を預けると、唇の傷がドンドン塞がる。

「おっ、本当に塞がった」

 俺は驚いた。これが癒しの魔法。
 攻撃するよりよっぽどいいと思いつつ、ミュシェルに感謝を伝えようとした。

「よかったです」

 ミュシェルは安心したように、息を整える。
 先に安堵したのは、ミュシェルだったようで、成功するか不安だった。

 けれど俺の治療が完了したら、詰まっていたものが取れたようだ。
 呼吸が安定し、ソッと胸を撫でた。
 それなりに大きな胸が波打つと、柔らかい唇が湿る。

「そんなに不安にならなくても、俺は人間なんたけど」
「本当にそうみたいですね。あの、先程は私を含め、水の勇者ユキムラ一同の非礼、申し訳ございません。私一人の謝罪では許してはいただけないかもしれませんが、何卒お許しいただけたらと存じます」
「畏まらなくていいよ。現に俺はこの通り、ほぼ無傷。ましてや魔王ベルファーも死んだんだ。勇者パーティーが現実なのかは知らないけど、よかったね」

 俺は寛容に許した。
 何せ、ミュシェルのような、何も悪気が無かった少女に土下座をされてしまった。
 流石に俺の方がヤバいのではと思い、心底不安になる。

「皆さんも悪気は無かったんです。ただ、成果を上げようと躍起になっていただけですので」
「そうらしいね。はぁ、本当面倒だよ」

 俺は完全に素のモードに入っていた。
 スイッチを完全に切り替えOFFにすると、ミュシェルは調子を崩される。

「あの、失礼ですが、質問をよろしいでしょうか?」
「いいよ」
「先程までのあの口調や威厳は何処に? それにその格好は?」

 同時に二つの質問がされた。
 もちろん、一つずつ答える。
 俺はこう見えて真面目だ。だから淡々と処理する。

「ああ、さっきの……こうか?」

 俺は少し声を低くし、キャラを乗せた。
 そう、素の状態とは言え、カガヤキになる時は、多少頭の中で切り替わる。一応役を演じようと、口調と態度だけは変え、中身の趣味趣向は変えない。ただそれだけの苦労だ。

「ま、魔王!?」
「魔王じゃないって。それにたまにボロも出る。中途半端な魔王なんて、偽物の魔王だろ?」
「偽物の魔王……それではその格好も?」
「ああ、それについては俺も訊きたいんだけど、ここは何処でなに? 気が付いたら俺、この格好だったんだけど」

 俺は大真面目に訊ねた。
 しかしミュシェルは俺を置いていく。
 首を捻り、「はい?」と頭にはてなマークが浮かんだ。

「えーっと、どういうことですか?」
「それを俺が訊きたいんだよ。気が付いたらここにいて」
「はぁ?」
「私服から、友人Bが作ってくれて、このコスプレ衣装になってて……訳が分からない」

 もう考えることを辞めてしまいたい。
 俺は頭を抱え、額に手を当てると、目の前で話を聞いてくれているミュシェルの方が困惑する。

 それでも頭を捻ってくれた。
 なんとなくの想像で憶測を語る。

「つまり貴方は、気が付くとここにいた? それは転移の魔法テレポートによるものでしょうね」
「テレポート? って感じじゃなくて、なんかこう、空間を捻ったみたいな」
「空間を捻る? もしかしてそれは、突然意識が失われるような感覚がありましたか!」
「あ、あったな。そう言えば」

 思い出せば出す程、ハッキリとしない。
 それでも気持ち悪くなって、全部吐き気に変わって、意識が混濁する感覚があったのは確かだ。

 あれと一体どんな関係が?
 俺は顎に手を当てると、ミュシェルは口を押さえた。

「まさか、貴方は転移者だったんですか!?」
「て、転移者? 転生者じゃなくて?」
「はい。つまり貴方は、転移者としてこの世界に呼ばれ、何故かそのご友人の方が仕立てられた、その魔王風の衣服と共に、この世界にやって来た。と言うことですね」
「飲み込み早っ! ってか、まさか転移者が当たり前の世界?」

 俺は少しの望みを見る。
 もしかすると、俺と似たような奴が居るかもしれない。
 確かめたい。とは言えまずは会話だ。

「いえ、過去に数度転生者がいたと言う事例は聞いていますが、頻繁には起きない筈ですよ」
「ってことは、俺は……」
「えっと、言葉を選ばなければ、可哀想な人でしょうか?」
「可哀想って……まあ、分からなくもないけど」

 偶然転移者に選ばれ、何故か魔王のすぐ近くに転移してしまった俺。
 しかも天河晃陽としてではなく、カガヤキとして。
 明らかに陰謀のようなものが感じられたが、深くは追及しない。今そんなことを言っても仕方がなく、俺は落胆の渦に飲まれてしまった。

「はぁ、魔王と戦って、勇者パーティーとも戦って、もう散々だ」
「す、すみませんでした」

 ミュシェルは代表して謝った。
 本当に律儀で真面目な子。
 俺はそんなミュシェルをこれ以上謝らせないため、あえて口を噤んだ。とは言え、心の奥底では、如何してこんなことにと、今も叫んでいる。
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