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第1章 太宰とJKが過ごしたある初夏の日々
第12話 初夏のエピローグ
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6月13日。太宰治の命日に、私は姉と一緒に太宰先生のお墓のある禅林寺に行った。ここに来るのは5月の満月の日以来だ。桜桃忌の行われる6月19日よりは人が少ないと聞いていたが、それでも先生のお墓にはお参りの列が続いていた。
梅雨入りしてグズグズした空に、お寺の周りを彩る紫陽花がよく映えていた。花にはその花を美しく見せる季節がある。春は菜の花、夏は向日葵、秋は秋桜、冬は椿と同じように、紫陽花はこの季節だからこそ美しい。
私は、今の私に映える花を咲かせよう。きっとまた迷ったり、悩んだり、苦しんだりもすると思うけど、それでもいつもその時その時に出来る精一杯の力を注げばいい、ということを知った。出来る出来ないは関係ない。だよね、先生。
いつも自由奔放に生きていると思っていた姉も、実は悩み多き乙女だったのだと気づいた。そんなことは今まで考えたことすらなかったが、そうでなければ突然家を出たりするはずがないことに、やっと思い至ったのだ。私は今まで何を見ていたのだろう。ほんの少し視野が広がっただけでこんなにも違う景色が見える。それは両親に対しても言えることだった。ああ、私って、ホント至らな過ぎだ。だけど、それは落ち込むようなことでもないことを、私は知っている。太宰先生ならきっとこんな風に言うだろうと。
『それは君にとって、千載一遇の僥倖であるかも知れない』
家を出る前と今の姉を比べると、目の前の姉はとても清々しい顔をしている。一人暮らしは何かとお金も入用で、極貧生活だよ、と言うけれど、きっと必死に何かに頑張っているんだろうなと思う。
頑張れ、お姉ちゃん。出来る出来ないは関係ない。私が、応援するから頑張れ。大好きなお姉ちゃん。ありがとう。ずっとずっと私を見ていてくれて本当にありがとう。私が今まで言えずにいた、言いたかった言葉たちが溢れ出す。
「おねえちゃん、あのね」
ポツリと雨が落ちてきた。サーっという音に地面が包まれて待ち人たちの傘が開いた。赤に黄色、黒に青もあるにはあるが、一番多いのは透明傘だ。色とりどりと表現するには少し憚られるけれど、今日の私の気分ならこれも色とりどりということにしていいんじゃないかなと思う。
隣で姉が赤のストライプの折りたたみ傘を少しずらして空を見上げた。グレーな空。黙って私の話を聞いていた、端正な顔立ちの姉の円らな瞳から、一粒の滴が溢れた。その滴が雨粒と混じりあって、丁度しずくちゃんの形になってツーと頬を伝う。我が姉ながらこれは真珠か翡翠かというレベルの美しさだなと思う。姉の泣き顔を見たのも多分初めてだ。
「あ」
あともう少しになった列の向こうに、どこか落ち着かなそうなあの懐かしい黒い影が見えた。例によって顔は見えないので、どこを見ているか分からないけれど、先生のことだから多分私を見ているんだろうと感じた。ま、今日は満月じゃないから、触れないよ、先生。
少し恥ずかしかったけど、私は先生に手を振った。更に困ったように上を向いた太宰先生が、私に向かって腰の辺りで小さく手を振り返した。胸の奥で何かがギュッとなるのを感じる。熱く紅潮した頬を姉に見られないようにと、傘で顔を隠したが、あいにく私の傘は透明傘、ちゃんと隠せたかどうかはかなり疑問だった。
(完)
梅雨入りしてグズグズした空に、お寺の周りを彩る紫陽花がよく映えていた。花にはその花を美しく見せる季節がある。春は菜の花、夏は向日葵、秋は秋桜、冬は椿と同じように、紫陽花はこの季節だからこそ美しい。
私は、今の私に映える花を咲かせよう。きっとまた迷ったり、悩んだり、苦しんだりもすると思うけど、それでもいつもその時その時に出来る精一杯の力を注げばいい、ということを知った。出来る出来ないは関係ない。だよね、先生。
いつも自由奔放に生きていると思っていた姉も、実は悩み多き乙女だったのだと気づいた。そんなことは今まで考えたことすらなかったが、そうでなければ突然家を出たりするはずがないことに、やっと思い至ったのだ。私は今まで何を見ていたのだろう。ほんの少し視野が広がっただけでこんなにも違う景色が見える。それは両親に対しても言えることだった。ああ、私って、ホント至らな過ぎだ。だけど、それは落ち込むようなことでもないことを、私は知っている。太宰先生ならきっとこんな風に言うだろうと。
『それは君にとって、千載一遇の僥倖であるかも知れない』
家を出る前と今の姉を比べると、目の前の姉はとても清々しい顔をしている。一人暮らしは何かとお金も入用で、極貧生活だよ、と言うけれど、きっと必死に何かに頑張っているんだろうなと思う。
頑張れ、お姉ちゃん。出来る出来ないは関係ない。私が、応援するから頑張れ。大好きなお姉ちゃん。ありがとう。ずっとずっと私を見ていてくれて本当にありがとう。私が今まで言えずにいた、言いたかった言葉たちが溢れ出す。
「おねえちゃん、あのね」
ポツリと雨が落ちてきた。サーっという音に地面が包まれて待ち人たちの傘が開いた。赤に黄色、黒に青もあるにはあるが、一番多いのは透明傘だ。色とりどりと表現するには少し憚られるけれど、今日の私の気分ならこれも色とりどりということにしていいんじゃないかなと思う。
隣で姉が赤のストライプの折りたたみ傘を少しずらして空を見上げた。グレーな空。黙って私の話を聞いていた、端正な顔立ちの姉の円らな瞳から、一粒の滴が溢れた。その滴が雨粒と混じりあって、丁度しずくちゃんの形になってツーと頬を伝う。我が姉ながらこれは真珠か翡翠かというレベルの美しさだなと思う。姉の泣き顔を見たのも多分初めてだ。
「あ」
あともう少しになった列の向こうに、どこか落ち着かなそうなあの懐かしい黒い影が見えた。例によって顔は見えないので、どこを見ているか分からないけれど、先生のことだから多分私を見ているんだろうと感じた。ま、今日は満月じゃないから、触れないよ、先生。
少し恥ずかしかったけど、私は先生に手を振った。更に困ったように上を向いた太宰先生が、私に向かって腰の辺りで小さく手を振り返した。胸の奥で何かがギュッとなるのを感じる。熱く紅潮した頬を姉に見られないようにと、傘で顔を隠したが、あいにく私の傘は透明傘、ちゃんと隠せたかどうかはかなり疑問だった。
(完)
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