あやかしの森の魔女と彷徨う旅の吟遊詩人

牧村燈

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長の宿命

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 広場の宴は、中央に戒められていた今日の断罪の主役Kが消えたこともあり、森の民たちの視線の集まる先は、花舞台に裸で横たわるSに移っていた。

「しかし、きれいだよな」「ちょっとくらい触らせてくれねえかな」「あんな可愛い顔してるけど、長になったら怖くなるのかな」「処女のアソコかあ。もっとちゃんと見せてくれねえかなあ」「あの手邪魔だな」「もう少し、足開かねえかな」

 舞台の周りに集った有象無象の戯言は、少しずつ卑猥さをエスカレートさせていく。それらの野卑な言葉の言霊は、やがて空間に密度濃く圧縮され、意思を持った異形のモノを創り出した。その異形のモノはまるで催眠術でも掛けたかのように、眠っているSの身体に影響を与える。

 はじめはゆっくりと頬を撫でられ、髪の毛をくすぐられているような心地よい感覚だったが、徐々にその感覚が全身に舐めるように淫らな刺激に変わっていった。

「んんんっ」

 Sの口元から小さな声がこぼれ、表情が僅かに動いた。正体不明の異形のモノは8本の触手を裸のSの身体に向けて伸ばしていく。両腕両足にそれぞれ1本ずつの触手がSの動きを妨げるように絡みつくと、残りの4本が身体中を弄っていく。森の民の下衆な欲望が生み出した異形のモノが伸ばす触手のひとつがSの敏感な部分を掠めた。ビクンと反応したSが身体を捩らせる。その動きで閉じられていた足が僅かに開いた。暗がりの奥にある何かに光が当たる。

「あ――っ、見えそう」

 素っ頓狂な高い声に、Sは覚醒した。ここはどこだ?辺りを見渡す。そうだ悪夢城でKの落雷の術に掛かり、それきり意識を失ったことを思い出す。次に周りを取り囲む森の動物たちの沢山の顔が目に入る。と同時に自分が裸であることを認識した。咄嗟に身体を折り曲げる。いやんともきゃあとも声は出さなかった。目の前に異形のモノの触手が見えた。式神のようなものだろうか。邪悪な気は感じないが、淫靡な匂いと白濁した汁に塗れている。Sはグッと目に力を込めて異形のモノを吹き飛ばすと、それはバラバラになって霧散した。

 広場では祭りのような行事が行われていた。森の動物たちが数えきれないほど集まっているのが見えた。自分はどうやら一段高い舞台のような場所に裸で寝かされていたらしい。それをジロジロ何十匹もの動物が見ている。一体どんなシチュエーションなんだ。半分混乱しつつ、とにかくこの裸の状態を何とかしようとベッドに敷かれていた薄い綿地のシーツを剥ぐと、器用に身体に羽織り着物のように巻き付けた。多少ゴワゴワ感はあったが、何とか動けそうだ。

 スニーフとMはどうなったんだろう。自分がこうして無事とまでは言えないまでも生きているのだ。あの二人ならきっと生きているに違いない。恐らくK自身も深手を負っていて、術のパワーが本来のものではなかったのだろう。そうでなければ、今頃自分は祭りの広場ではなく、三途の川を渡っていたことだろう。

「お目覚めかな、お嬢ちゃん」

 その声にSは心をフワッと弾ませた。ああ、スニーフ。しかし、その声の方向にいたのは人型の老人風の風体の男だった。

「スニーフ……。じゃないの?」

 導師はニヤニヤ笑いながらこう言った。

「ようこそ新しい森の世界へ。今日からお嬢ちゃん、君がこの森の長だ」

 森の民たちから疎らな歓声が上がった。Kが消え、長老たちの姿が消えてからそれなりの時間が経っていた。Sが目覚めたこと以外、宴の進行がないままダラダラした時間が流れている。

「新しい長だって?どういうことだ?長Kはどうなったんだ?」

 Sが質問する。

「長Kは公開処刑されることになった。今頃はニロニロの長老たちに処刑前の洗礼を受けていることだろう」

「長Kが処刑……」

 どういうことだ。あれだけ圧倒的な力で森を支配していたというのに。

「そうだ。Kは長きに渡ってこの森を力で支配し、不条理な恐怖政治を行ってきた。だがKは、悪夢城の壊滅とお嬢ちゃんたちの活躍によって、その力のほとんどを失ってしまったのだ。力で君臨した長が力を失くせばこうなるのが定め。長Kの罪は重い。公開処刑はこの森の民全員の総意でもある」

 確かに悪夢城は倒壊寸前だった。長Kに傷を負わせたのも事実だ。

「そして、その長の後釜には君になってもらうことにした。これも森の民の総意だ」

「何をわけのわからないことを言ってるんだ。ぼくは長になんかならないよ。ぼくにはやらなくてはならないことがあるんだ」

 Sは長になれという導師の話を一蹴した。だが。

「お姉ちゃん探しの話だろう」

「き、貴様、何故そのことを知っている?」

 図星を突かれて慌てるSに、導師はハハハと笑い「お嬢ちゃんに聞いたからな」と答えた。

「お嬢ちゃんのお姉ちゃん探しの旅はもう終わりだ。お姉ちゃんはもうすぐ死んでしまうからな」

「死ぬだって?」

 まさか。と思うSに導師は最後通告を行った。

「そうさ、処刑されてな」

 な、なんだって?消化しきれない事実を前に、Sは膝から力が抜けるのを感じ、そのままその場に座り込んでしまった。

(続く)
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