あやかしの森の魔女と彷徨う旅の吟遊詩人

牧村燈

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記憶の封印

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 眩い光の後に、漆黒の闇が訪れた。悪夢城の全ての照明は落ち、森の闇の中にその姿は完全に埋没してしまった。

 それからどのくらいの時間が経過しただろうか。1分なのか1時間なのか、最早それを計る者も存在しない無人の悪夢城は、闇の中で静かにその姿を跡形もなく消した。森に生けるすべての者から恐れられた長Kの居城。翌朝の光が森に届いた時、森の住民たちは一体どんな思いでその城跡を見るのだろうか。

 朝日が木々の間を抜けて、一番乗りの光を森の中に届かせた。一匹の早起きのニロニロが何かを見つけたようだ。仲間を呼ぶ為にコロニーに走っていった。

 それはうつ伏せになった人型の妖精に見えた。朝露に濡れた草むらに映える真っ白な背中。くびれたウエストの下には、まだ発達途上の双丘が露わになっている。生きているのか、死んでいるのか。弱弱しいながらも僅かに生体反応を残した全裸の女は、やがて集まってきたニロニロの群れに担がれ、コロニーへと連れ去られた。

 一方、長Kは自らがMに作り与えたお菓子の家で一夜を過ごした。かつてはMとここで蜜月を過ごしたことさえもある。何故に私はMをこの手で葬らなければならなかったのだろうか?何故、スニーフを憎み、旅人を傷つけ、全てを消し去らねばならなかったのだろうか?

 悪夢城の崩壊が、Kの内部に大きな変化を引き起こしていた。それは今まで邪悪な悪夢城の力によって封印されていたKの記憶の逆流だった。それは今、走馬灯のようにKの脳裏になだれ込んでいく。

 あの日、Kは妖精の村の口減らしの為に人間の町に売られていく女、とは言ってもまだ子供たちを乗せた馬車に乗っていた。人間の町に行けばどんなことになるのかを知っているのは、この馬車の檻の中で自分だけだった。自分はどうにでも生きていける。でも妹は。まだ10歳にも満たない妹を、どうして人間の町の男の慰みものなんかに出来るだろうか。

 Kは檻の見張りの男を自らの女を使って籠絡した。前ボタンを二つ外して膨らみかけたばかりの胸元の谷間を覗かせ、真っ直ぐに伸びた白い脚を艶めかしく組み替える。そうして見張りの男の視線を奪い、耳元で「ねえ。もし私の言うことを聞いてくれたら、私のこと自由にしていいよ」と誘った。

 12歳の少女の言葉ではない。娼婦のような言葉の裏側で少女の心は震えていたに違いない。だが見張りの男はこの策に見事に引っ掛かった。檻越しにKの小さな胸の膨らみを揉み、腰を弄る。すかさずKは身体を引き「これ以上は、ね」と焦らし、見張り席の方を目くばせした。見張り用のシートは丁度簡易ベッドのようになっているのだ。見張りの男はKの目論見通りに檻を開けKを檻の外に出した。シートで楽しもうというつもりだったのだろう。

 Kはニコリと笑うと、見張りの男の腕を檻の扉で思い切り挟んだ。一回、二回、三回、激痛に悲鳴を上げる男の声は、砂利道を走る馬車の車輪の音に掻き消された。それも計算ずくである。Kはそのまま見張りの男を馬車から蹴落とすと、檻の中の少女たちに呼び掛けた。

「さあ、ここから貴方たちは自由よ。絶対に捕まらないで逃げるのよ。そして貴方たちの思うままの人生を、生きて、生きて、生き抜きなさい」

 馬車から飛び降りた少女たちは、散り散りに逃げていく。逃亡に気付いた車夫たちが追ってきた。全員を逃がすために、Kは自分が盾になることをはじめから決めていた。追っ手を察知したKは立ち止まると、一緒に逃げた妹に向かってこう言った。

「S、行きなさい。いい。絶対に生き延びるのですよ。どんなに辛くても、どんなに大変でも、自分の生きたいように、自由に生きるのです。私は大丈夫だから。絶対に死なないから。いつか、きっとまた会いましょう。さあ」

 それが姉Kと妹Sの別れだった。

(続く)
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