あやかしの森の魔女と彷徨う旅の吟遊詩人

牧村燈

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スニーフとの約束

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 Sとスニーフがお菓子の家に到着した時には、既にMは指令に従って出陣した後だった。

「何だ留守かあ」

 スニーフがぼやく。

「仕方ない。ちょっと待たせてもらおう」

 Sがさっさとお菓子の家に入ろうとするので「おっと、この家は女人禁制だぜ」とスニーフが諌めた。

「へえぇ、意外だな。君は長に逆らってぼくをさらったんじゃないか。それなのに長の言いつけを忠犬のように守るのかい?」

「おお、そいつは一本取られたぜ。その通り。オイラは長なんかちっとも怖くないさ。よーし、家の中で待たせてもらうことにしようか」

 お菓子の家には勿論鍵なんか掛かっていない。しかし二人は、家に入ってすぐに、二人が知っているお菓子の家とは、まったく違う雰囲気になっていることを感じた。Mのいたお菓子の家の甘くて蕩けるような空気感は、その欠片さえも残っていない。

「ねえ。なんだろう、この感じ」

「ああ、これはただ事じゃないな。Mのやつはここを捨てたんだろうよ。Mがここを捨てる理由があるとしたら――考えられるのは――やっぱり長Kか」

 苦虫を潰したような顔のスニーフの言葉に、Sは少し考えて、そしてこう言った。

「行こうよスニーフ、長のところへ。そこを避けてちゃ拉致が開かないよ」

「いやいや、まてまて。それはやめておいた方がいいぜ、お嬢ちゃん。Kは異常だ。お嬢ちゃんがKの手に渡ってしまったら約束を果たしてもらえなくなるからな」

「そんなこと……。じゃあMはどうなるんだよ」

「Mなら大丈夫さ。やつはKの懐に入るのが誰よりもうまいんだ」

 このお菓子の家の様子を見れば、そんな気休めが意味を持つようには思えなかった。

「ぼくは行くよ。Mは女の子じゃないか。それにMにちゃんと話を聞かないと、ぼくはきっとこの先に進めないと思うんだ」

 Sの勢いにスニーフはやれやれという顔でうなずいた。

「わかったよ。お嬢ちゃん。お嬢ちゃん一人で行かせたら、それこそMに何を言われるかわかったもんじゃない。その代り約束してくれよ。絶対にKに捕まるな。万が一捕まったら絶対逃げて帰ってこい。逃げられなくても絶対死ぬな。そして絶対にオイラとの約束を守ること。いいな絶対だぞ」

 むちゃくちゃだ。だけどスニーフが今、Sに言いたいことの全てがここにあった。無理なことを承知で、だけどそれを守るのは自分自身だとスニーフは自分に言い聞かせる。

「わかってるよ。君との約束はきっと守るから」

 Sとスニーフは堅い握手を交わし、お互いの瞳を見詰め合った。それはほんの数秒のこと。何ひとつ言葉を交わすこともなかったが、お互いの心の中に小さな灯がポッと灯ったことに、二人が二人とも戸惑っていた。

「よしいくぞ、お嬢ちゃん」

「うん、行こう、長Kのところへ。絶対にMを救い出すぞ」

 スニーフの背中に乗ったSは胸のさらしをきつく巻き直し、ショートカットの髪の毛を青い鉢巻きでギュッと縛った。Sがスニーフの背中にしがみつくと、スニーフは後肢を強く蹴って一気に加速する。さっきはあれほど爽快だった風が、今のSには頬を切り裂く鋭い刃のように感じられた。ともすれば長Kに対峙する緊張感に飲みこまれそうになるのを、Sは歯を食い縛り、そしてスニーフの背中に強くしがみつくことで辛うじて耐えていた。

(続く)
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