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サイドK④
おにいちゃん②
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薄れゆく意識の中で、ぼくは走馬灯を見ていた。
両親の顔を知らないぼくは、施設の先生が親代わりだった。幸いなことに先生たちはとても優しく、友達も沢山いたし学校にも通えた。お腹が減ってしかたがなかったという記憶もない。パラパラと流れる画像と音声の中に、不思議なくらい辛いシーンは出てこなかった。アルバイトをしながらだったが、高校にも通った。中田と知り合ったのはその頃だ。中田もぼくと同じように家族がなく施設で育ったこともあって、殊の外強い友情で繋がっていたとぼくは思っていた。勿論大変だったこともあったとは思うのだが、ぼくの見る走馬灯には楽しい思い出ばかりが連なっていた。
西新宿のオフィスから富士山を見ていた朝の風景に、充枝がFGOのマシュのコスプレ姿で現れた。懐かしいあのシーン。あの偶然がぼくと充枝を結びつけたと言っても過言ではない。
偶然。そう偶然だと思っていたあの日の出来事。しかし、それは本当に偶然だったのだろうか。急にムクムクと湧き上がってくる疑問符の束にぼくの走馬灯が歪んでいく。
ぼくの肩越しで充枝が叫んだ「おにいちゃん」の指すものが何なのか、ぼくが今知りたいのはそれだった。
あのマシュの日のほんの数日前に、ぼくは中田と会っていた。恋バナに縁のないぼくだったが、FGOの話で盛り上がった後、中田の誘導尋問で同僚の充枝という女を憎からず思っている話を聞き出されたのを憶えている。その時の中田の顔が、何故か今、はっきりと見えた。中田はじっと何かを考えていて、そうだ、と思いついたような顔で、直後にこう言った。
「神戸、お前は俺が唯一思う間違いない男だ。妹の婿に欲しいくらいだよ」
結婚式の前に、中田に充枝を初めて紹介した時「良かったな」と言った中田の目が、何故か充枝を見ていたことに感じた違和感。披露宴でもそうだった。中田が充枝を見詰めるに目に感じてた違和感を、ぼくはそれをずっと充枝が美人だから、中田が女好きだから、ということで片付けていた。
Bホテルの事件の時も、ぼくが殆ど事情を説明をしていないのに、直ぐに話の核心に触れた話になったし、その後の連絡も何故かいつもタイムリーだった。それも中田は仕事が出来るから、なんて能天気に片付けていたぼくは、それも含めて中田の想定通りだったということなのかも知れない。
もしそうだったとして。それはどうして。
充枝の最後の言葉。
「おにいちゃん」
あれが誰かに向けられた言葉であったとすれば、ぼくの背後に充枝の兄がいたのだろうと容易に想像がつく。充枝の兄は子供の頃に行方不明になったと聞いていた。一枚だけ見せてもらった写真。兄妹で同じような格好をしていて、ハッキリとは映ったものではなかったので分からないが、その面影はむしろ中性的で充枝と似ているように感じていた。少なくとも断じて中田とは繋がらない。それどころか、中田にはそもそも妹なんかいないはずだった。
ならばどうして、ぼくの走馬灯に中田ばかりが浮かんでくるのだろう。何かある。絶対何か大きな見落としがある。それは……。微かな光が見えたと思った。しかしその途端、ぼくは深い暗闇に堕ちた。
(続く)
両親の顔を知らないぼくは、施設の先生が親代わりだった。幸いなことに先生たちはとても優しく、友達も沢山いたし学校にも通えた。お腹が減ってしかたがなかったという記憶もない。パラパラと流れる画像と音声の中に、不思議なくらい辛いシーンは出てこなかった。アルバイトをしながらだったが、高校にも通った。中田と知り合ったのはその頃だ。中田もぼくと同じように家族がなく施設で育ったこともあって、殊の外強い友情で繋がっていたとぼくは思っていた。勿論大変だったこともあったとは思うのだが、ぼくの見る走馬灯には楽しい思い出ばかりが連なっていた。
西新宿のオフィスから富士山を見ていた朝の風景に、充枝がFGOのマシュのコスプレ姿で現れた。懐かしいあのシーン。あの偶然がぼくと充枝を結びつけたと言っても過言ではない。
偶然。そう偶然だと思っていたあの日の出来事。しかし、それは本当に偶然だったのだろうか。急にムクムクと湧き上がってくる疑問符の束にぼくの走馬灯が歪んでいく。
ぼくの肩越しで充枝が叫んだ「おにいちゃん」の指すものが何なのか、ぼくが今知りたいのはそれだった。
あのマシュの日のほんの数日前に、ぼくは中田と会っていた。恋バナに縁のないぼくだったが、FGOの話で盛り上がった後、中田の誘導尋問で同僚の充枝という女を憎からず思っている話を聞き出されたのを憶えている。その時の中田の顔が、何故か今、はっきりと見えた。中田はじっと何かを考えていて、そうだ、と思いついたような顔で、直後にこう言った。
「神戸、お前は俺が唯一思う間違いない男だ。妹の婿に欲しいくらいだよ」
結婚式の前に、中田に充枝を初めて紹介した時「良かったな」と言った中田の目が、何故か充枝を見ていたことに感じた違和感。披露宴でもそうだった。中田が充枝を見詰めるに目に感じてた違和感を、ぼくはそれをずっと充枝が美人だから、中田が女好きだから、ということで片付けていた。
Bホテルの事件の時も、ぼくが殆ど事情を説明をしていないのに、直ぐに話の核心に触れた話になったし、その後の連絡も何故かいつもタイムリーだった。それも中田は仕事が出来るから、なんて能天気に片付けていたぼくは、それも含めて中田の想定通りだったということなのかも知れない。
もしそうだったとして。それはどうして。
充枝の最後の言葉。
「おにいちゃん」
あれが誰かに向けられた言葉であったとすれば、ぼくの背後に充枝の兄がいたのだろうと容易に想像がつく。充枝の兄は子供の頃に行方不明になったと聞いていた。一枚だけ見せてもらった写真。兄妹で同じような格好をしていて、ハッキリとは映ったものではなかったので分からないが、その面影はむしろ中性的で充枝と似ているように感じていた。少なくとも断じて中田とは繋がらない。それどころか、中田にはそもそも妹なんかいないはずだった。
ならばどうして、ぼくの走馬灯に中田ばかりが浮かんでくるのだろう。何かある。絶対何か大きな見落としがある。それは……。微かな光が見えたと思った。しかしその途端、ぼくは深い暗闇に堕ちた。
(続く)
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