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サイドK②
疑惑の萌芽③
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仕事もついつい上の空で、気持ちを高ぶらせて帰宅したぼくを待っていたのは、とんでもないビッグニュースだった。
「あのさ。怒らないで聞いてくれる」
充枝は全くもっていつになく、妙にもじもじしながら上目使いである。小柄な充枝なので立った状態でぼくと目を合わせると自然にそうなるのだが、それともちょっと違う。恥ずかしそうで、意地らしくて、思わずギュッとしたくなるような、そんな感じだ。
「ぼくが怒ったことなんてある?」
うううん、充枝は首を振って、小さく頷く。
「あのね。これなんだけど」
充枝が取り出したのは何かの試験紙のようなものだった。箱の文字を読むと「妊娠検査キット」と書いてある。
えっ、えっ、えええええ―――っ、そ、そうなの。
「うん。生理が遅れてたから、もしかしてと思って試してみたんだけど。ほら、見て陽性だったの」
マジか。生涯初の中出しが一撃必殺のホームランとは。これは、これは、これは今喜ばずにいつ喜ぶという場面なのではないか。一世一代の大殊勲なのではないか、ぼく。
「ホントに、ホントに、ホントに、みっちゃん、すごいよ、すごい」
言葉にしようとしたが、どうにもうまく言葉にならない。語彙力が消失していた。
「待って、待って、まだ100%じゃないから。ちゃんと病院に行って聞いてこないと。ね。でも、康介さんがそんなに喜んでくれるなんて。私、私、とっても嬉しい」
そう言うと充枝は座り込んで顔を覆った。えっ、泣いてるの?
「えええっ、何で、何で泣くの?大丈夫だよ。もし、違ったとしてもちゃんと受け止めるからさ。だってさ、そう、そうだ、ちがってたら、ほら、またナカ・・・・・・」
しゃがんだ充枝の上目使いの目がこちらを見ているのに気付いて口籠った。
「ホント、康介さんってエッチだよね」
充枝が笑う。ぼくは充枝を抱きしめた。
「ありがとう。明日、病院、一緒に行こうか」
充枝は「うん」と小さく頷いた。
その夜、ぼくは、充枝を抱いた。小さくて今にも消えてしまいそうに儚げなその体を、これ以上ないくらい優しく抱いた。その体の中にぼくたちの新しい家族が生まれようとしているという奇跡を思うと、温かく優しい気持ちに包まれる。ずっと家族のいなかったぼくにとって、初めての血の繋がった家族。
眠っている充枝の淡いピンク色に染まった乳房が寝息に合わせて上下する。その先端でまだ固いままの乳首が心なしか、いつもより大きくなっているような気がしたが、まさかそんなにに早く変わるわけがない。先入観っていうのは凄いものだなあ、と感じた。
ヴィー、っという小さな振動音で目を覚ました。充枝のスマホがバイブで着信を伝えているようだ。時間は深夜2時を回っている。メールかSNSだろう。それほど気になったわけでもなかったし、妻のスマホを触るようなことは今まで一度もしたことがない。自分がされて嫌なことはしない。それもあった。ただ、その時は心が満たされていて、充枝のことは全てを知っているような気持ちになっていたような気がする。つまり浮かれていたのだ。本当に何気なく、本当に何気なく、ぼくは充枝のスマホを手に取っていた。
画面にあったのはSNSアプリの着信表示だった。それが何のアプリなのかは一目で分かった。それはそうだ。自分も登録したことがある出会い系サイトが運営するSNSだったからだ。
みっちゃんが?
清楚を絵に描いたような充枝が、こんなサイトを使うはずがない。しかし、心に生じたさざなみは大きくなる一方だ。確認するしかない。ぼくはそっと寝ている充枝の指でロックを外してアプリを立ち上げた。認証もなく着信メールを読むことが出来た。
「この前はタッチの差で残念だったなあ。次こそは絶対カンダちゃんと遊びたいので連絡ください。何か美味しいもの食べに行こうよ」
「プロフの写真は清楚っぽいけど、本当は淫乱女なんだろう。ヒイヒイ言わせてやるから、いつがいいか連絡よこせよ」
男たちからのザラザラしたメッセージが続いていた。充枝が出会い系サイトを……。清楚だと言われていたプロフの写真は、いつか行った観光地で撮ったスナップにぼかしを入れたものなどが数点、どれも見覚えのある充枝そのものだった。登録しただけ。ということだって考えられるじゃないか。そう自分に言い聞かせながら、ぼくはスマホを元あった位置に置いて布団に戻った。充枝はさっきと同じように裸で寝息を立てている。しかし、あれほど美しいと思っていた充枝の裸体が、今はその輝きを失っていた。
ぼくだって。ぼくだって同じじゃないか。そう言い聞かせ、見なかったことにしようと何度も思った。しかし、ぼくは心に刺さってしまった一本の釘をどうしても抜くことが出来なかった。
充枝が何度もメッセージを送っている相手の『町田』、という名前。勿論、町田なんてありふれた名前だし、偽名の可能性も十分ある。ただ、あの日大阪で偶然見たニュースの記憶が無性に引っ掛かった。大阪から帰った日、ぼくたちが初めて0.01mmの壁を破った日。思えば充枝の様子は、最初から少し違っていたような気にがする。
あの日の事件のことだけは明日調べてみよう。後のことはもう忘れるんだ。そう決めてもう一度充枝を見た。あの輝きは戻らなかったが、隣にはいつもの充枝がいてくれた。
明日は仕事を休んで、充枝と病院に行って、ニュースを調べる……。同じことを何度も考えている内に、外が明るくなってきた。明日がもうそこにやって来ていた。ヴィーという音がまたひとつ鳴った。
(サイドK②完、サイドM③に続く)
「あのさ。怒らないで聞いてくれる」
充枝は全くもっていつになく、妙にもじもじしながら上目使いである。小柄な充枝なので立った状態でぼくと目を合わせると自然にそうなるのだが、それともちょっと違う。恥ずかしそうで、意地らしくて、思わずギュッとしたくなるような、そんな感じだ。
「ぼくが怒ったことなんてある?」
うううん、充枝は首を振って、小さく頷く。
「あのね。これなんだけど」
充枝が取り出したのは何かの試験紙のようなものだった。箱の文字を読むと「妊娠検査キット」と書いてある。
えっ、えっ、えええええ―――っ、そ、そうなの。
「うん。生理が遅れてたから、もしかしてと思って試してみたんだけど。ほら、見て陽性だったの」
マジか。生涯初の中出しが一撃必殺のホームランとは。これは、これは、これは今喜ばずにいつ喜ぶという場面なのではないか。一世一代の大殊勲なのではないか、ぼく。
「ホントに、ホントに、ホントに、みっちゃん、すごいよ、すごい」
言葉にしようとしたが、どうにもうまく言葉にならない。語彙力が消失していた。
「待って、待って、まだ100%じゃないから。ちゃんと病院に行って聞いてこないと。ね。でも、康介さんがそんなに喜んでくれるなんて。私、私、とっても嬉しい」
そう言うと充枝は座り込んで顔を覆った。えっ、泣いてるの?
「えええっ、何で、何で泣くの?大丈夫だよ。もし、違ったとしてもちゃんと受け止めるからさ。だってさ、そう、そうだ、ちがってたら、ほら、またナカ・・・・・・」
しゃがんだ充枝の上目使いの目がこちらを見ているのに気付いて口籠った。
「ホント、康介さんってエッチだよね」
充枝が笑う。ぼくは充枝を抱きしめた。
「ありがとう。明日、病院、一緒に行こうか」
充枝は「うん」と小さく頷いた。
その夜、ぼくは、充枝を抱いた。小さくて今にも消えてしまいそうに儚げなその体を、これ以上ないくらい優しく抱いた。その体の中にぼくたちの新しい家族が生まれようとしているという奇跡を思うと、温かく優しい気持ちに包まれる。ずっと家族のいなかったぼくにとって、初めての血の繋がった家族。
眠っている充枝の淡いピンク色に染まった乳房が寝息に合わせて上下する。その先端でまだ固いままの乳首が心なしか、いつもより大きくなっているような気がしたが、まさかそんなにに早く変わるわけがない。先入観っていうのは凄いものだなあ、と感じた。
ヴィー、っという小さな振動音で目を覚ました。充枝のスマホがバイブで着信を伝えているようだ。時間は深夜2時を回っている。メールかSNSだろう。それほど気になったわけでもなかったし、妻のスマホを触るようなことは今まで一度もしたことがない。自分がされて嫌なことはしない。それもあった。ただ、その時は心が満たされていて、充枝のことは全てを知っているような気持ちになっていたような気がする。つまり浮かれていたのだ。本当に何気なく、本当に何気なく、ぼくは充枝のスマホを手に取っていた。
画面にあったのはSNSアプリの着信表示だった。それが何のアプリなのかは一目で分かった。それはそうだ。自分も登録したことがある出会い系サイトが運営するSNSだったからだ。
みっちゃんが?
清楚を絵に描いたような充枝が、こんなサイトを使うはずがない。しかし、心に生じたさざなみは大きくなる一方だ。確認するしかない。ぼくはそっと寝ている充枝の指でロックを外してアプリを立ち上げた。認証もなく着信メールを読むことが出来た。
「この前はタッチの差で残念だったなあ。次こそは絶対カンダちゃんと遊びたいので連絡ください。何か美味しいもの食べに行こうよ」
「プロフの写真は清楚っぽいけど、本当は淫乱女なんだろう。ヒイヒイ言わせてやるから、いつがいいか連絡よこせよ」
男たちからのザラザラしたメッセージが続いていた。充枝が出会い系サイトを……。清楚だと言われていたプロフの写真は、いつか行った観光地で撮ったスナップにぼかしを入れたものなどが数点、どれも見覚えのある充枝そのものだった。登録しただけ。ということだって考えられるじゃないか。そう自分に言い聞かせながら、ぼくはスマホを元あった位置に置いて布団に戻った。充枝はさっきと同じように裸で寝息を立てている。しかし、あれほど美しいと思っていた充枝の裸体が、今はその輝きを失っていた。
ぼくだって。ぼくだって同じじゃないか。そう言い聞かせ、見なかったことにしようと何度も思った。しかし、ぼくは心に刺さってしまった一本の釘をどうしても抜くことが出来なかった。
充枝が何度もメッセージを送っている相手の『町田』、という名前。勿論、町田なんてありふれた名前だし、偽名の可能性も十分ある。ただ、あの日大阪で偶然見たニュースの記憶が無性に引っ掛かった。大阪から帰った日、ぼくたちが初めて0.01mmの壁を破った日。思えば充枝の様子は、最初から少し違っていたような気にがする。
あの日の事件のことだけは明日調べてみよう。後のことはもう忘れるんだ。そう決めてもう一度充枝を見た。あの輝きは戻らなかったが、隣にはいつもの充枝がいてくれた。
明日は仕事を休んで、充枝と病院に行って、ニュースを調べる……。同じことを何度も考えている内に、外が明るくなってきた。明日がもうそこにやって来ていた。ヴィーという音がまたひとつ鳴った。
(サイドK②完、サイドM③に続く)
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