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サイドM②

少女時代②

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「はじめまして~。カンダさん~」

 ずんぐりむっくりの愛想だけは良さそうなその男は、左手にコンビニの袋をぶら下げていた。今日も春風が強く、コンビニ袋がはたはたと唸る。土埃で目が痛い。

 昨晩出会い系サイトの会員ページで「明日、会える人」で投稿すると同時に飛びつくようにコメントしてきたのが、この男「山田」である。今日の私はカンダノリコ。遥か昔のスーパーアイドルが一時こんな名前だったなんて、今じゃ殆ど誰も分からないだろうな。

「いやァ、お綺麗ですねェ」

 は、はぁ、私は苦笑した。こういう舐め回すような視線、好きじゃ無いんだよなあ。どちらかというと、淡白な方が好き。それでも今は仮面を被る。素顔じゃとても笑えないけど、仮面を被っていれば笑えるのだ。

「じゃあ、行こうか」

 いきなり腰に手を回して、ホテル街の方向に歩き出す。デリヘル嬢じゃないんだからと思いながら、腰を撫でられても何の抵抗もせずについて行く私。ま、何だっていいや。真っ暗にして裸になればイケメンも不細工も大した変わりはない。急ぎ足の男に合わせようとしたが、少し足がもつれた。気になるほどではないが、子供の頃のケガが元で、左足が少し不自由だった。

「あ、ごめんなさい。もう少しゆっくり歩いてもらってもいいですか」
「あ、ごめんね」

 男は愛想笑いをして歩を緩めた。だが、少しするとまた速くなる。何を急いでんだか、と思うが口には出さない。仕方がないので駆け足をした。駆け足をすると、歩いている時よりも左足のびっこが明らかになるが、この男には特に気にならないらしい。そこに興味はないよってか。そりゃあそうだろう。こいつは早くしたいだけなんだから。

 オンボロのお化け屋敷みたいな汚い白壁のホテルは、フリータイム2900円均一。妙に小綺麗な所に連れて行かれるより、むしろこの男にはこれがお似合いだ。あれ、私、いつもよりなんかイライラしてる。ちゃんと抗うつ剤だって飲んできたのにな。

 適当に駄弁りながら、ルームキーを受け取りエレベーターに乗る。よく揺れるアトラクションのようなエレベーターだ。部屋も想像通り、狭く埃臭い。男はソファにどかりと座ると、私においでと手を差し伸べた。オンボロソファの上で紳士的な様を見せようとしてるのが滑稽に見えて仕方ない。仕方なく隣に座ると、男はがっつくよう抱きついて来た。思ったよりも強い力で抱き寄せられ唇を奪われる。ぬめりとした舌が私の口内を蹂躙した。ヤニ臭い、脂汗がベタベタと顔につく。途端に身体の内側で何かが弾けた。

 あ、これ、やばい......思う間もなく意識が飛んでいた。

****** ******

 キーンコーンカーンコーン…

 チャイムの音が聞こえる。薄暗い教室の窓辺では秋風がカーテンを煽っていた。何?この教室。異臭が酷い。吹き込んでくる風に寒さを覚えた。少女はかじかむ手を握りしめて辺りを見渡した。

 何とか見えた時計の針は18時50分を回っていた。下校時間はとうに過ぎている。誰もいないはずの教室。何故かやけにべったりとした口の周りや、散らばったスカートとパンツ、上履きが遠くに落ちている。ぐわん、と頭が痛む。肘も頬も太腿にも鈍痛が残っている。内股に油性マジックで記された正の字。精液の臭い。鉄分の匂い。少女の下半身は裸だった。

 スクールバックの中身が乱雑に散らばっている。数学の教科書がパラパラパラと風に合わせてページをめくれている様子が、何だかUMAのように見えた。

 チク、タク、チク、タク、チク、タク……

 バタフライナイフ、鮮血が彩るワイシャツ。静脈から流れる血のビロウド。同じ制服のマーク。

 呼吸も整えず少女は首から滴る赤色に夢中になっていた。ほたり、ぽたり、滴り落ちる。あぶくを吐いた坊主頭の首を少女のひ弱な力で渾身の恨みを込めて奏る音。

 ごり、ごり、ごり、ごり、ごり、ごり……

 チク、タク、チク、タク、チク、タク……

****** ******

「カンダさん、カンダさん、大丈夫?」

 男のヤニくさい声で、私は正気を取り戻した。

「ああ、良かったよ。急に気を失ったみたいになるから驚いちゃったよ。ねえ、一緒にお風呂にでも入ろうか」

 ヤバい、私、気を失ってた?今日はダメだ。イライラも含めて今日の私はどうかしている。きっと妊娠のせいだ。この頃時々見るこの悪夢も一体何なのか私には分からない。早く帰らないと。

「ごめんなさい、今日は帰らせてください......」

 私は隣にある鞄を持ち玄関へ向かおうと立ち上がった。

「何だよ、ここまで来て。そんなこと言わずにさ、ほら」

 男は力任せに私ソファに押し倒した。鞄が床に落ちて中味が飛び出す。マタニティ雑誌が開いて、妊娠服マタニティウエアを纏ったモデルが幸せそうに笑っているのが見えた。山田は私の服を脱がそうと必死になっている。

「い、いや本当に…や、やめてくだい」

 ブラウスのボタンが弾けた。あっ、まただ。私の意識は再び闇に落ちた。

****** ******

 夜の教室。少女の周りにわらわらと戯れる学生服の男たちの影。カーテンが大きく揺れている。時計は18時くらいだろうか。

 抵抗なんて出来るはずもなかった。力任せにワイシャツを破られ、スカートを脱がされ、何人もの男の手が身体中を弄った。少しでも抵抗する素振りをするだけで、首を締められ、殺すぞと怒鳴りちらされた。殺される。いやだ、やめて、痛い、痛い、痛い、痛い……なす術もなく闇雲な暴力に蹂躙された。

 少女は冷たい床に身体を打ちつけられ、何度も何度も擦り切れた肌。朧な視界にはいくつもの顔があった。そのどれもが目だけが血走った同じ顔に見える。思春期の本能に任せた暴力。奴らからすればそれが青春だというのかも知れない。風の強い夜だった。とても寒く、擦り切れた傷跡に滲みた。

 やめて、やめて、それだけは、いや。

 やっちゃえ、やっちゃえよ……。

 いい加減なエールに囃されて、少女の中に一人の少年の精が放たれた。

(続く)
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