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サイドK①
大阪の夜③
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結婚して3年が過ぎた。今でもぼくの妻充枝を好きだという気持ちには天地天命に誓って嘘はないが、去年の夏頃からぼくはひとつの趣味を持つようになった。結婚前にも一時ハマっていたデリヘルだ。
共働きでお互い生活費を拠出し合った『家計』で食費や家賃、光熱費などをやり繰りし、それ以外はそれぞれの自由という取り決めの生活だったので、それなりに金の掛かるこの遊びだが、月に一、二度なら何とかなった。
同じ会社でお互いの給料は概ね分かっていたので、充枝の方も小遣いに不自由はしていないはずだが、質素な妻はブランド物を買うことも、豪華な外食をすることもない。たまには贅沢しないか、と誘っても滅多についてくることもなかったし、結婚記念日や誕生日に張り込んだプレゼントを渡しても、ひと通りのお礼は言うものの、あまり喜んでくれているような素振りもなかった。欲しいと言っていたマッサージ機が使われずにしまわれていたことや、一度も着けてくれないネックレスに、いつしか妻の為にプレゼントを考えて渡すというモチベーションは萎んでしまった。
それに比べてデリヘル嬢は、ほんの些細なプレゼントにも歓喜の表情を見せてくれるし、食事を奢ると言えば足取り軽くついてきた。二十歳前後の若い娘が「わあ、こんなの食べたことない」と満面の笑みで料理を頬張る顔を見ていると、こちらも元気になれるような気がした。
勿論、それが彼女の仕事だということも分かっている。お互いに仮面をかぶって踊る束の間の舞踏会は、最後に裸で抱き合うところまで含めて、いかにも凝縮された恋愛遊戯だった。充江では満たされない何かを金で買う。ぼくはそうやって心のバランスを保っていた。
月に一度の大阪出張は1泊2日が定番だったが、今回は土曜日を絡めて調整して2泊3日の出張に変えた。2日目の夕方には仕事は終わるので3日目は帰るだけのスケジュールだ。結婚する前は、こんな行程は絶対に組まなかった。無理をしてでも2日目に帰って充枝に会いにいく。それが当たり前だったのに。
大阪出張二日目の夕方にヒカルと落ち合った。東京のデリヘル嬢だが、元々関西の出身で地元に戻っている日程とスケジュールが合ったので一晩買うことにしたのだ。
「こうちゃん」
待ち合わせた梅田の地下の小さな泉が目印のショッピング街。手を振って駆け寄ってくるヒカルは、充枝よりも大柄な160cmほどの身長で、肩までの髪の毛を少し茶色に染めていた。見た目は少し遊んでいる女子大生。春らしい水色のコートの下は膝丈のワンピースだった。
「こんなとこで会えるなんて、何か新鮮」
隣を歩きながらちゃんと仕事をする。元々の性格なのだろうが、物怖じするところがなく明るいヒカルは、初めて会った時からずっとこんな風に時間いっぱい癒しをくれた。
梅田の町をヒカルに案内してもらい、大阪らしい安くて活気のある店を2軒回って腹を満たした後、出張で泊まっているホテルのシングルルームでヒカルを抱いた。ヒカルは大柄な身体の割にバストは大きく無かったが、その代わりに感度は抜群に良かった。服の上から乳首を弄ぶだけで、ふんふんと声を漏らし、直接触わると、あああんと喘ぎ声を抑えられない。
身体の分だろうか、シクシクと官能の声を抑える充枝とは比べものにならないくらいに声も大きい。声が聞こえて当たり前のラブホとは違うんだと言って口を抑えたが、それが逆にヒカルの官能に響いたのか、いつも以上に溢れ出た愛液がシーツに大きなシミを作った。
奔放で若々しいSEXに、ぼく自身も若返るような感覚を覚える。ヒカルが抱きついてきてぼくの胸の上に頭を乗せた。170cmそこそこで、それほど鍛えてもいないぼくには、ヒカルの身体は少し重かったが、その重みがスカスカの心に潤いをくれる。もし妻が、こんな風にぼくに甘えてくれたなら……。無い物ねだりをねだり続けて、切れた思いの切れ端が胸をよぎった。
ぼくはリモコンでTVを付けた。天気予報が関西地方は明日も春らしい陽気が続くと告げると、ヒカルが明日もこの辺案内しようかと言う。
「やめとくよ。その金は来月のヒカルの指名料に取っておくさ」
「やだ、ボランティアよ。こうちゃんにまた来てもらえるようにさ。それともう別にお店なんか通さなくてもいいのに、何でそんなに律儀なの?あ、奥さんへの操かな?」
「そんなんじゃないよ。大人には大人の流儀ってものがあるのさ」
「ふーん。ま、いいけどさ。あたしはこうちゃん好きだから。また、絶対指名してね。待ってるわ」
ヒカルはそう言ってベッドを降りるとシャワールームに消えた。TVがニュースに変わる。
「今入ったニュースです。新宿のホテルで男性の刺殺遺体を清掃に入った従業員が発見しました。男性の名前は町田裕樹さん、28歳のスポーツジムトレーナーで、刃物による複数の傷が確認されておりそのいずれかが致命傷になったものと推測されています。現場は血塗れで………町田さんの携帯電話のSNSのデータには複数の女性とのやり取りした記録があり、捜査当局は当日も女性が同行していた可能性があるとして……」
ホテル名にはぼかしが入っていたが、新宿ならBホテルだろうなと思った。高校時代の友人が取締役をしているホテルだ。招待するよなんて話もあったのだが、結局妻と一緒には一度も行けなかった。代りにデリヘル嬢相手にチェーンのホテルを何度か使ったことがある。この男もそんな使い方だったんだろうと、ぼんやり考えていた。
シャワーから出てきた裸のヒカルを後ろから抱いて首筋にキスをする。
「こうちゃん、ダメだよ、また汚れちゃうから」
そう言いながら、ヒカルは腰をくねらせてぼくに身を預けた。
(サイドK①完、サイドM②に続く)
共働きでお互い生活費を拠出し合った『家計』で食費や家賃、光熱費などをやり繰りし、それ以外はそれぞれの自由という取り決めの生活だったので、それなりに金の掛かるこの遊びだが、月に一、二度なら何とかなった。
同じ会社でお互いの給料は概ね分かっていたので、充枝の方も小遣いに不自由はしていないはずだが、質素な妻はブランド物を買うことも、豪華な外食をすることもない。たまには贅沢しないか、と誘っても滅多についてくることもなかったし、結婚記念日や誕生日に張り込んだプレゼントを渡しても、ひと通りのお礼は言うものの、あまり喜んでくれているような素振りもなかった。欲しいと言っていたマッサージ機が使われずにしまわれていたことや、一度も着けてくれないネックレスに、いつしか妻の為にプレゼントを考えて渡すというモチベーションは萎んでしまった。
それに比べてデリヘル嬢は、ほんの些細なプレゼントにも歓喜の表情を見せてくれるし、食事を奢ると言えば足取り軽くついてきた。二十歳前後の若い娘が「わあ、こんなの食べたことない」と満面の笑みで料理を頬張る顔を見ていると、こちらも元気になれるような気がした。
勿論、それが彼女の仕事だということも分かっている。お互いに仮面をかぶって踊る束の間の舞踏会は、最後に裸で抱き合うところまで含めて、いかにも凝縮された恋愛遊戯だった。充江では満たされない何かを金で買う。ぼくはそうやって心のバランスを保っていた。
月に一度の大阪出張は1泊2日が定番だったが、今回は土曜日を絡めて調整して2泊3日の出張に変えた。2日目の夕方には仕事は終わるので3日目は帰るだけのスケジュールだ。結婚する前は、こんな行程は絶対に組まなかった。無理をしてでも2日目に帰って充枝に会いにいく。それが当たり前だったのに。
大阪出張二日目の夕方にヒカルと落ち合った。東京のデリヘル嬢だが、元々関西の出身で地元に戻っている日程とスケジュールが合ったので一晩買うことにしたのだ。
「こうちゃん」
待ち合わせた梅田の地下の小さな泉が目印のショッピング街。手を振って駆け寄ってくるヒカルは、充枝よりも大柄な160cmほどの身長で、肩までの髪の毛を少し茶色に染めていた。見た目は少し遊んでいる女子大生。春らしい水色のコートの下は膝丈のワンピースだった。
「こんなとこで会えるなんて、何か新鮮」
隣を歩きながらちゃんと仕事をする。元々の性格なのだろうが、物怖じするところがなく明るいヒカルは、初めて会った時からずっとこんな風に時間いっぱい癒しをくれた。
梅田の町をヒカルに案内してもらい、大阪らしい安くて活気のある店を2軒回って腹を満たした後、出張で泊まっているホテルのシングルルームでヒカルを抱いた。ヒカルは大柄な身体の割にバストは大きく無かったが、その代わりに感度は抜群に良かった。服の上から乳首を弄ぶだけで、ふんふんと声を漏らし、直接触わると、あああんと喘ぎ声を抑えられない。
身体の分だろうか、シクシクと官能の声を抑える充枝とは比べものにならないくらいに声も大きい。声が聞こえて当たり前のラブホとは違うんだと言って口を抑えたが、それが逆にヒカルの官能に響いたのか、いつも以上に溢れ出た愛液がシーツに大きなシミを作った。
奔放で若々しいSEXに、ぼく自身も若返るような感覚を覚える。ヒカルが抱きついてきてぼくの胸の上に頭を乗せた。170cmそこそこで、それほど鍛えてもいないぼくには、ヒカルの身体は少し重かったが、その重みがスカスカの心に潤いをくれる。もし妻が、こんな風にぼくに甘えてくれたなら……。無い物ねだりをねだり続けて、切れた思いの切れ端が胸をよぎった。
ぼくはリモコンでTVを付けた。天気予報が関西地方は明日も春らしい陽気が続くと告げると、ヒカルが明日もこの辺案内しようかと言う。
「やめとくよ。その金は来月のヒカルの指名料に取っておくさ」
「やだ、ボランティアよ。こうちゃんにまた来てもらえるようにさ。それともう別にお店なんか通さなくてもいいのに、何でそんなに律儀なの?あ、奥さんへの操かな?」
「そんなんじゃないよ。大人には大人の流儀ってものがあるのさ」
「ふーん。ま、いいけどさ。あたしはこうちゃん好きだから。また、絶対指名してね。待ってるわ」
ヒカルはそう言ってベッドを降りるとシャワールームに消えた。TVがニュースに変わる。
「今入ったニュースです。新宿のホテルで男性の刺殺遺体を清掃に入った従業員が発見しました。男性の名前は町田裕樹さん、28歳のスポーツジムトレーナーで、刃物による複数の傷が確認されておりそのいずれかが致命傷になったものと推測されています。現場は血塗れで………町田さんの携帯電話のSNSのデータには複数の女性とのやり取りした記録があり、捜査当局は当日も女性が同行していた可能性があるとして……」
ホテル名にはぼかしが入っていたが、新宿ならBホテルだろうなと思った。高校時代の友人が取締役をしているホテルだ。招待するよなんて話もあったのだが、結局妻と一緒には一度も行けなかった。代りにデリヘル嬢相手にチェーンのホテルを何度か使ったことがある。この男もそんな使い方だったんだろうと、ぼんやり考えていた。
シャワーから出てきた裸のヒカルを後ろから抱いて首筋にキスをする。
「こうちゃん、ダメだよ、また汚れちゃうから」
そう言いながら、ヒカルは腰をくねらせてぼくに身を預けた。
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