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サイドK①
大阪の夜①
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随分長いこと、ぼく、神戸康介は同僚の充枝に恋をしていた。
ショートカットに黒縁メガネ。物憂げでいつも何か別のことに気を取られているように周りに無関心な様子は、まるでFateのマシュのようで、そのマシュちゃんが本当に時々ではあったが、何かを思い出したようにくすりと笑う仕草と、その瞳の何とも言えない愛らしさに萌えていた。
その上、充枝の肌は透き通るように白く、大抵一番上までボタンを閉めたスーツに包まれた胸が、小柄な体に似つかわしくないボリュームをたたえていることをぼくは知っている。そこもやっぱりマシュだった。
彼女がこの会社に入ってから5年。ぼくたちは殆ど接点もなく、ましてや会話もなく、自分の気持ちを置き去りにしたまま、ただひたすら同僚という関係だけを貫いていた。
西新宿の高層ビルにあるぼくたちのオフィスからは、晴れた日には富士山を臨むことが出来た。その日の朝も、山裾近くまで雪を被った富士山が綺麗で、ぼくは暫くその姿に見惚れながらコーヒーをすすっていた。周りからはお調子ものでいい加減みたいに見られているが、ぼくの出勤時間は誰よりも早い。眠気眼でラッシュに揉まれるよりも、こうして清々しい朝を過ごすことが、その日の仕事に取り組む態勢を作ると思っていた。特に冬場のまだ誰もいないオフィスというやつは、空調でそれなりの室温に管理されていても、何故かシンとした緊張感が満ちていて、身体の細胞が引き締まる気がした。ゲームで夜更かしをしても、こうして早めに職場に来るのは、その感覚が好きだからだ。
一番早い部長が来るまで、まだたっぷりあと30分はある。誰もいない時間を堪能していると、ふ、と人の気配を感じた。振り向くと黒のベンチコートを羽織った女が立っている。誰もいないと思っていたのだろう、女の方も驚いた顔をしていたが、むしろ私の方が驚いていた。それはそうだ。女の頭髪はこのオフィスには似つかわしくない薄いピンク色に染まっていた。そして赤いネクタイに黒のミニスカートというベンチコートの中の装いは、正にマシュ・キリエライト、黒縁メガネの向こうには、あの充枝の瞳があった。
どう言葉を掛ければ良いのか分からずに、あわわ、としているぼくに向かって駆け寄ってきた充枝は、その瞳を真っ直ぐぼくに向けて、
「あ、あの、神戸さん、このことは誰にも言わないでください」
と言った。いい匂いがする。そして眼下には普段隠されている白い胸の谷間があった。
「だ、大丈夫だよ。まだ誰も来ないから、早く着替えておいで」
一も二もなくぼくはそう言ってマシュちゃんを更衣室に向かわせる。マシュちゃんが着替え終えて、いつもの充枝に戻るまでの間に見ていた富士山の雪は、さっきほど輝いていないような気がした。
図らずもずっと恋していた相手と偶然にも秘密を共有することになったぼくは、これを契機に熱烈に充枝にアプローチを開始した。ゲーム好きという趣味の一致も大きかったが、付き合うことが出来たのはこの朝があったからこそだ。早起きは三文の得などと言うが、三文どころではなかったなと、頬が緩みっぱなしだった。
三度目のデートではじめて充枝を抱いた。充枝の体は想像以上に素晴らしかった。日焼け痕すらない白い肌は、吸い付くように瑞々しく、色素の薄い乳首は大きな胸にあっていかにも清楚だった。
25歳だった充枝の性は当時から既に開放的だったと思う。身体中が敏感で、乳首への刺激だけでも激しく濡れた。これだけの美貌と美しい体の持ち主だ。当然沢山の男たちと経験があったのだろう。自慢ではないがぼくにも女性経験はそれなりにはあった。ただ、恥ずかしながらそれらすべてが風俗嬢相手だった。デリヘル嬢にはほぼ素人という子も沢山いたが、お金で買ったことに違いはない。充枝はぼくにとって素人童貞を捧げた女だった。
「他に付き合っている人はいないの?」
何度も聞いたが、過去に付き合ったのは一人だけで、トラウマになるような別れだったといつも答えた。
ぼくたちはその後2年付き合い、ぼくが31歳、充枝が27歳の時に結婚した。式はお互いの家族だけ。二次会も会社の同僚たちが企画してくれた小規模なパーティだけの地味婚だった。それでも充枝のウエディングドレス姿は、有村架純にだって負けないくらい美しく可憐だった。ぼくがせがんで付けてもらったピンクのウィッグ。
「ホワイトマシュだね」
と言った時に見せた充枝のはにかんだ笑顔を、ぼくは今も忘れない。
(続く)
ショートカットに黒縁メガネ。物憂げでいつも何か別のことに気を取られているように周りに無関心な様子は、まるでFateのマシュのようで、そのマシュちゃんが本当に時々ではあったが、何かを思い出したようにくすりと笑う仕草と、その瞳の何とも言えない愛らしさに萌えていた。
その上、充枝の肌は透き通るように白く、大抵一番上までボタンを閉めたスーツに包まれた胸が、小柄な体に似つかわしくないボリュームをたたえていることをぼくは知っている。そこもやっぱりマシュだった。
彼女がこの会社に入ってから5年。ぼくたちは殆ど接点もなく、ましてや会話もなく、自分の気持ちを置き去りにしたまま、ただひたすら同僚という関係だけを貫いていた。
西新宿の高層ビルにあるぼくたちのオフィスからは、晴れた日には富士山を臨むことが出来た。その日の朝も、山裾近くまで雪を被った富士山が綺麗で、ぼくは暫くその姿に見惚れながらコーヒーをすすっていた。周りからはお調子ものでいい加減みたいに見られているが、ぼくの出勤時間は誰よりも早い。眠気眼でラッシュに揉まれるよりも、こうして清々しい朝を過ごすことが、その日の仕事に取り組む態勢を作ると思っていた。特に冬場のまだ誰もいないオフィスというやつは、空調でそれなりの室温に管理されていても、何故かシンとした緊張感が満ちていて、身体の細胞が引き締まる気がした。ゲームで夜更かしをしても、こうして早めに職場に来るのは、その感覚が好きだからだ。
一番早い部長が来るまで、まだたっぷりあと30分はある。誰もいない時間を堪能していると、ふ、と人の気配を感じた。振り向くと黒のベンチコートを羽織った女が立っている。誰もいないと思っていたのだろう、女の方も驚いた顔をしていたが、むしろ私の方が驚いていた。それはそうだ。女の頭髪はこのオフィスには似つかわしくない薄いピンク色に染まっていた。そして赤いネクタイに黒のミニスカートというベンチコートの中の装いは、正にマシュ・キリエライト、黒縁メガネの向こうには、あの充枝の瞳があった。
どう言葉を掛ければ良いのか分からずに、あわわ、としているぼくに向かって駆け寄ってきた充枝は、その瞳を真っ直ぐぼくに向けて、
「あ、あの、神戸さん、このことは誰にも言わないでください」
と言った。いい匂いがする。そして眼下には普段隠されている白い胸の谷間があった。
「だ、大丈夫だよ。まだ誰も来ないから、早く着替えておいで」
一も二もなくぼくはそう言ってマシュちゃんを更衣室に向かわせる。マシュちゃんが着替え終えて、いつもの充枝に戻るまでの間に見ていた富士山の雪は、さっきほど輝いていないような気がした。
図らずもずっと恋していた相手と偶然にも秘密を共有することになったぼくは、これを契機に熱烈に充枝にアプローチを開始した。ゲーム好きという趣味の一致も大きかったが、付き合うことが出来たのはこの朝があったからこそだ。早起きは三文の得などと言うが、三文どころではなかったなと、頬が緩みっぱなしだった。
三度目のデートではじめて充枝を抱いた。充枝の体は想像以上に素晴らしかった。日焼け痕すらない白い肌は、吸い付くように瑞々しく、色素の薄い乳首は大きな胸にあっていかにも清楚だった。
25歳だった充枝の性は当時から既に開放的だったと思う。身体中が敏感で、乳首への刺激だけでも激しく濡れた。これだけの美貌と美しい体の持ち主だ。当然沢山の男たちと経験があったのだろう。自慢ではないがぼくにも女性経験はそれなりにはあった。ただ、恥ずかしながらそれらすべてが風俗嬢相手だった。デリヘル嬢にはほぼ素人という子も沢山いたが、お金で買ったことに違いはない。充枝はぼくにとって素人童貞を捧げた女だった。
「他に付き合っている人はいないの?」
何度も聞いたが、過去に付き合ったのは一人だけで、トラウマになるような別れだったといつも答えた。
ぼくたちはその後2年付き合い、ぼくが31歳、充枝が27歳の時に結婚した。式はお互いの家族だけ。二次会も会社の同僚たちが企画してくれた小規模なパーティだけの地味婚だった。それでも充枝のウエディングドレス姿は、有村架純にだって負けないくらい美しく可憐だった。ぼくがせがんで付けてもらったピンクのウィッグ。
「ホワイトマシュだね」
と言った時に見せた充枝のはにかんだ笑顔を、ぼくは今も忘れない。
(続く)
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