幕末女装パルクール

牧村燈

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フルプラスとスルーダイブと本能と

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 その日から僕とリカ先生は、ジョージ先生から与えられる珍妙な指導に翻弄され、成長しているのかいないのかまるでわからない困惑の日々を過ごすことになる。そんな指導に慣れているはずのリカ先生でさえ、

「これ、絶対関係ないよね」

 と、僕のピンクのくノ一ルックを見て言った。かくいうリカ先生も胸元の黒いシースルーの布地が眩しいくノ一姿。木を組み上げて作られているアスレチックの頂上で僕を見下ろしている。

 この装束を着ろと言われた時は、誰もいない平日の公園とは言え、こんな不埒な格好をしていていいのかと思ったが、リカ先生に先に着替えられてしまっては、僕がウジウジしている訳にはいかなかった。

 アシスタントのきらりちゃんが、キャーキャー言いながら、嬉しそうに着替えを手伝ってくれた。

「本来くノ一の正装は下着なしが正当なのだがね。それでは何かと不自由だろう……」

 ジョージ先生の情けで僕に与えられたのはボーダーのビキニパンツ(女子用)は、穿くべきか穿かざるべきかに大いに悩んだ。

「きゃああ、いゃーーぁだ」

 きらりちゃんの嬌声が公園の隅々まで響いた。激しい動きのあるネオパルをやることを考えて穿く選択をしたが、結果としてJKに見せてはいけないものを見せてしまったのかも知らないと、股間を確認する。

 ううっ……。

 何とか収めた僕のモノの形は、外目にも爽やかなほど明快にそのままのシルエットを晒していた。

「おお、二人ともビューティフルだよ。さあ、アスレチックGo!」

 というわけで僕とリカ先生は、くノ一のペアルックでアスレチックに挑戦しているところである。

 あまり役立った記憶のない僕の無駄い良い視力が、この時はそれによってジョージ先生風に言えばマーベラスな光景を鮮明に見てしまうことになり、それは同時に大いに困ったことを発生させる要因になった。

 アスレチックの頂上のリカ先生の頬にうっすら浮いている、汗の雫に映る木漏れ日の輝き。そんなフェチなシーンを黒目の中心で見ながら、僕は視界の端で、黒装束の下で見え隠れする光沢のある白いショーツをその質感まではっきり見えていたのだ。しかも、そのショーツの縁は、アスレチックを昇降する内に少し股間に食い込んでいる。

 見ちゃいけない。目を逸らそうとすればするほど、逆に釘付けになってしまうのを、ジョージ先生に(勿論リカ先生にも)悟られまいと僕の天使は悪魔と葛藤していた。

 と、その時。あのボーダーショーツの中で本能がうずき始めていることに、気づいた。ま、まずい。

「し、師範」

 僕はたまらずジョージ先生を呼んだ。

「どうしたんだい、カヲル君」

 ジョージ先生の涼しい声。もしやこの試練も予定されたものなのかも知れない。とにかくジョージ先生の訓練は全てが想定外の規格外のことばかりで、訓練しているという実感のない内に、結果としてネオパルの基本や技の習得の最短距離を辿らせてくれるものだった。

 とはいえ、この装束やリカ先生のショーツの食い込みにまで意味があるとは思えない。

「すいません、トイレに行って来ても良いでしょうか」

 とりあえず体勢を立て直そう。僕はその場から離れる最適な口実としてトイレを口にした。ニヤリとするジョージ先生。かかったな、という気配。やられたか?

「カヲル君、ここはバトルフィールドなんだよ。トイレットはない。我慢するか、垂れ流すかをチョイスしなさい」

 無情。しかし、言われればその通りである。このアスレチックは戦場の砦という設定だった。間近に迫る敵に発見されない様に素早く昇降して、攻撃と守備のタイミングを測るのが使命だ。次は僕がリカ先生に代わってアスレチックを登る番だった。

「わ、分かりました、我慢します」

 僕が我慢しなければならないのはトイレではない。動けば事態が変わるかも知れないと考えて僕はアスレチックを登りはじめた。

 見上げると、降りてくるリカ先生の脚がドアップになって迫って来た。僕は息を止めて横木を右手で掴み、その手の位置に一気に左足を振り上げる勢いで、左手を身長プラス腕の高さまで持ち上げる『フルプラス』という技で一気に頂上を目指した。

 身体に負荷の大きい技なので、訓練の前半から使うのはあまりうまくないのだが、今はスピードが重要だ。

 フルプラスを成功させた僕は、あっという間に3m以上あるアスレチックの塔の頂上に立った。膝上丈のくノ一装束の下で、僕の本能もすでに完全に屹立していたが、リカ先生には気づかれていない。気づかれないうちにうまく位置を調整してバトルモードを平常モードに戻したいところだったが、ここは公園で一番目立つ場所だ。不用意な行動は逆に墓穴を掘ることになりかねない。慎重にだ。

「カヲル君、フルプラス、ワンダフル。なかなかのスピードが出ていたよ。そこからスルーダイブで向こう側に降りようか」

 スルーダイブ。僕が今最も力を入れて習得しようとしている技だ。これをマスターすれば相当に高い場所から落ちても怪我ひとつすることがなくなる。ネオパルクールの奥義のひとつだ。僕はジョージ先生の指示に応えるべくスルーダイブの体勢に入った。本来、スルーダイブは構えも反動もないところからの降下で決めなければならないのだが、僕のスルーダイブはまだまだ一定の準備を要した。

 足のポジションを決め、そして身体全体を衝撃緩衝材に変えていく。

 よし。いける。僕はアスレチックの頂上から地面へとダイブした。

 僕は飛ぶことに集中していた。ジョージ先生もリカ先生もきらりちゃんも、そしてたまたま通りがかった近所のおばちゃんも、ピンクのくノ一の飛翔に固唾をのんで注目していたに違いない。

 そこに一体何が見えただろうか。ジョージ先生の絶賛と、きらりちゃんの満面の笑みと、おばちゃんの真ん丸な目と。そしてリカ先生は翌日の練習を休んだ。修行とは常に厳しく、そしていつも理不尽なものである。
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