8 / 10
きらりちゃんの涙
しおりを挟む
「この20年の間に、ネオパルクールの組織は国内ばかりでなく、パルクールの本家フランスをはじめとした欧米を中心に世界中に伝播したの。表だって話題になっていないのはその伝播先が主に裏社会に偏っているからなのよ」
と、リカ先生はちょっと残念そうに話した。ジョージヤマダの教えるネオパルは極めて攻撃的であり、その見栄えの良さも裏社会の重鎮たちを喜ばせたのだそうだ。確かにこの身長180センチ以上の長身のジョージヤマダが壁を駆け登り、階段を飛び越える姿は迫力満点だったに違いない。
「当時、盛んに組まれた他の武道との異種格闘戦でも、奇抜で華麗な動きとアイデアで鮮やかに挑戦者を撃破したそうよ。これは本人に聞いた話で、私が見たわけじゃないけど」
こうして組織における地位を固めたネオパルクール、今では組織でのし上がっていくにはネオパルの習得は必須になのだそうだ。大会に出場してくる選手にも、裏社会の面々は多数いるらしい。う――む、格闘技ではないので直接対戦するわけじゃないが、それはちょっと引くなと、きらりちゃんと顔を見合わせる。
既に50歳に近いジョージヤマダ先生だが、服装や言動のみならず容姿も極めて若い。大会には全く出場していないが、実力は今でも世界一だろうというリカ先生の評も、単なるお世辞とは思えなかった。
「オーケー、オーケー、カヲル君、君はなかなかセンスあるって聞いてるよ。そうそう、あと、きらり君、君には今日からアシスタントをお願いしたいんだがいいかね?」
「えっ?あ、アシスタントですか?」
ジョージ先生からのいきなりの通知に驚いたきらりちゃんが、リカ先生の方を見る。リカ先生は、
「ごめんね、きらりちゃん。でもこの先のネオパルの訓練は危険も大きくなるから。アシスタントの件は無理にとは言えないけど、私からもお願いしたいわ。ここまで一緒にやってきて、ネオパルのこともカヲル君のことも分かっているのはきらりちゃんだけだから」
「うーーん、もうほんと急なんだから。リカ先生も知ってたんなら、もっと早く言ってくださいよ。ちょっと頭冷やして考えてきまーす」
きらりちゃんはそう言うと公園のトイレに消えた。隙間だらけのトイレ。僕たちの他に誰もいない長閑な公園に、きらりちゃんの嗚咽の声が聞こえていた。
「いい子よね」
「はい」
「ユーのお嫁さんにしたらいいよ」
ジョージ先生のいい加減な合いの手に、リカ先生は少し怒ったように、
「もう、純粋な若い子をからかうようなことを言うのはダメですよ、先生」
「そうかな、ナチュラルゴートゥー大本線だと思うけどなぁ、そうだろうカヲル君?」
リカ先生怒られて、ジョージ先生は矛先をこちらに向けて来たようだ。
「あ、え、え、ええっ」
いい加減な答え。そりゃあ、きらりちゃんが良く着ている身体の線が分かるボディスーツで、若々しくて柔軟な肢体をくねらせる演技をしている時は、目のやり場に困ることもあるけど、いやいや、そうじゃない、僕が、僕が好きなのは……。
いつものざっくりとしたトレーニングウェアでショートカット髪の毛をかきあげているリカ先生を見る。切長で憂いを秘めた瞳に何度吸い込まれそうになっただろうか。回転技のたびに胸元から覗くスポーツブラは、わざとなのか天然なのか、僕にはまだその答えが分からない。
「ほらね。やっぱり夫唱婦随が一番だよ。カヲル君、もう面倒だからハッピーウエディングしちゃおうよ」
「何の話ですか?」
きらりちゃんがトイレから戻って来た。瞼が少し腫れているように見えたが、至っていつものきらりちゃんだ。
「わたし。カヲル君のアシスタントやります」
決意のこもった声だった。こんな短い時間で、しっかり自分の今後を決めらるきらりちゃんに、すごいな、と感心した。優柔不断な僕には到底出来っこない。
「マーベラス!君は本当に素敵なベリーナイスガールだね」
ジョージ先生はきらりちゃんを抱きしめて感謝を伝える。あ、いいなそれ、と僕は思う。小柄なくせに標準より大きめの胸を持っているきらりちゃんのそれが、ジョージ先生のお腹のあたりに当たっていた。きらりちゃんは、そのストレートな表現に戸惑い、ちょっと苦笑いしながら両手を伸ばして身体を離す。
「はい、ありがとうございます。あ、あと、リカ先生、パルクール教室は続けてくれるんですよね?」
きらりちゃんはリカ先生に顔を向けて聞いた。
「それは勿論よ。お月謝だっていただいているんだしね」
リカ先生が答える。きらりちゃんは笑顔でうなずいた。良かった。これからもリカ先生ときらりちゃんと一緒の時間を過ごせることに、僕は思っていた以上に安堵した。結局、きらりちゃんは僕たちに涙を見せなかった。
と、リカ先生はちょっと残念そうに話した。ジョージヤマダの教えるネオパルは極めて攻撃的であり、その見栄えの良さも裏社会の重鎮たちを喜ばせたのだそうだ。確かにこの身長180センチ以上の長身のジョージヤマダが壁を駆け登り、階段を飛び越える姿は迫力満点だったに違いない。
「当時、盛んに組まれた他の武道との異種格闘戦でも、奇抜で華麗な動きとアイデアで鮮やかに挑戦者を撃破したそうよ。これは本人に聞いた話で、私が見たわけじゃないけど」
こうして組織における地位を固めたネオパルクール、今では組織でのし上がっていくにはネオパルの習得は必須になのだそうだ。大会に出場してくる選手にも、裏社会の面々は多数いるらしい。う――む、格闘技ではないので直接対戦するわけじゃないが、それはちょっと引くなと、きらりちゃんと顔を見合わせる。
既に50歳に近いジョージヤマダ先生だが、服装や言動のみならず容姿も極めて若い。大会には全く出場していないが、実力は今でも世界一だろうというリカ先生の評も、単なるお世辞とは思えなかった。
「オーケー、オーケー、カヲル君、君はなかなかセンスあるって聞いてるよ。そうそう、あと、きらり君、君には今日からアシスタントをお願いしたいんだがいいかね?」
「えっ?あ、アシスタントですか?」
ジョージ先生からのいきなりの通知に驚いたきらりちゃんが、リカ先生の方を見る。リカ先生は、
「ごめんね、きらりちゃん。でもこの先のネオパルの訓練は危険も大きくなるから。アシスタントの件は無理にとは言えないけど、私からもお願いしたいわ。ここまで一緒にやってきて、ネオパルのこともカヲル君のことも分かっているのはきらりちゃんだけだから」
「うーーん、もうほんと急なんだから。リカ先生も知ってたんなら、もっと早く言ってくださいよ。ちょっと頭冷やして考えてきまーす」
きらりちゃんはそう言うと公園のトイレに消えた。隙間だらけのトイレ。僕たちの他に誰もいない長閑な公園に、きらりちゃんの嗚咽の声が聞こえていた。
「いい子よね」
「はい」
「ユーのお嫁さんにしたらいいよ」
ジョージ先生のいい加減な合いの手に、リカ先生は少し怒ったように、
「もう、純粋な若い子をからかうようなことを言うのはダメですよ、先生」
「そうかな、ナチュラルゴートゥー大本線だと思うけどなぁ、そうだろうカヲル君?」
リカ先生怒られて、ジョージ先生は矛先をこちらに向けて来たようだ。
「あ、え、え、ええっ」
いい加減な答え。そりゃあ、きらりちゃんが良く着ている身体の線が分かるボディスーツで、若々しくて柔軟な肢体をくねらせる演技をしている時は、目のやり場に困ることもあるけど、いやいや、そうじゃない、僕が、僕が好きなのは……。
いつものざっくりとしたトレーニングウェアでショートカット髪の毛をかきあげているリカ先生を見る。切長で憂いを秘めた瞳に何度吸い込まれそうになっただろうか。回転技のたびに胸元から覗くスポーツブラは、わざとなのか天然なのか、僕にはまだその答えが分からない。
「ほらね。やっぱり夫唱婦随が一番だよ。カヲル君、もう面倒だからハッピーウエディングしちゃおうよ」
「何の話ですか?」
きらりちゃんがトイレから戻って来た。瞼が少し腫れているように見えたが、至っていつものきらりちゃんだ。
「わたし。カヲル君のアシスタントやります」
決意のこもった声だった。こんな短い時間で、しっかり自分の今後を決めらるきらりちゃんに、すごいな、と感心した。優柔不断な僕には到底出来っこない。
「マーベラス!君は本当に素敵なベリーナイスガールだね」
ジョージ先生はきらりちゃんを抱きしめて感謝を伝える。あ、いいなそれ、と僕は思う。小柄なくせに標準より大きめの胸を持っているきらりちゃんのそれが、ジョージ先生のお腹のあたりに当たっていた。きらりちゃんは、そのストレートな表現に戸惑い、ちょっと苦笑いしながら両手を伸ばして身体を離す。
「はい、ありがとうございます。あ、あと、リカ先生、パルクール教室は続けてくれるんですよね?」
きらりちゃんはリカ先生に顔を向けて聞いた。
「それは勿論よ。お月謝だっていただいているんだしね」
リカ先生が答える。きらりちゃんは笑顔でうなずいた。良かった。これからもリカ先生ときらりちゃんと一緒の時間を過ごせることに、僕は思っていた以上に安堵した。結局、きらりちゃんは僕たちに涙を見せなかった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤクザと私と。~養子じゃなく嫁でした
瀬名。
恋愛
大学1年生の冬。母子家庭の私は、母に逃げられました。
家も取り押さえられ、帰る場所もない。
まず、借金返済をしてないから、私も逃げないとやばい。
…そんな時、借金取りにきた私を買ってくれたのは。
ヤクザの若頭でした。
*この話はフィクションです
現実ではあり得ませんが、物語の過程としてむちゃくちゃしてます
ツッコミたくてイラつく人はお帰りください
またこの話を鵜呑みにする読者がいたとしても私は一切の責任を負いませんのでご了承ください*

好きな人がいるならちゃんと言ってよ
しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる