幕末女装パルクール

牧村燈

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きらりちゃんの涙

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「この20年の間に、ネオパルクールの組織は国内ばかりでなく、パルクールの本家フランスをはじめとした欧米を中心に世界中に伝播したの。表だって話題になっていないのはその伝播先が主に裏社会に偏っているからなのよ」

 と、リカ先生はちょっと残念そうに話した。ジョージヤマダの教えるネオパルは極めて攻撃的であり、その見栄えの良さも裏社会の重鎮たちを喜ばせたのだそうだ。確かにこの身長180センチ以上の長身のジョージヤマダが壁を駆け登り、階段を飛び越える姿は迫力満点だったに違いない。

「当時、盛んに組まれた他の武道との異種格闘戦でも、奇抜で華麗な動きとアイデアで鮮やかに挑戦者を撃破したそうよ。これは本人に聞いた話で、私が見たわけじゃないけど」

 こうして組織における地位を固めたネオパルクール、今では組織でのし上がっていくにはネオパルの習得は必須になのだそうだ。大会に出場してくる選手にも、裏社会の面々は多数いるらしい。う――む、格闘技ではないので直接対戦するわけじゃないが、それはちょっと引くなと、きらりちゃんと顔を見合わせる。

 既に50歳に近いジョージヤマダ先生だが、服装や言動のみならず容姿も極めて若い。大会には全く出場していないが、実力は今でも世界一だろうというリカ先生の評も、単なるお世辞とは思えなかった。

「オーケー、オーケー、カヲル君、君はなかなかセンスあるって聞いてるよ。そうそう、あと、きらり君、君には今日からアシスタントをお願いしたいんだがいいかね?」

「えっ?あ、アシスタントですか?」

 ジョージ先生からのいきなりの通知に驚いたきらりちゃんが、リカ先生の方を見る。リカ先生は、

「ごめんね、きらりちゃん。でもこの先のネオパルの訓練は危険も大きくなるから。アシスタントの件は無理にとは言えないけど、私からもお願いしたいわ。ここまで一緒にやってきて、ネオパルのこともカヲル君のことも分かっているのはきらりちゃんだけだから」

「うーーん、もうほんと急なんだから。リカ先生も知ってたんなら、もっと早く言ってくださいよ。ちょっと頭冷やして考えてきまーす」

 きらりちゃんはそう言うと公園のトイレに消えた。隙間だらけのトイレ。僕たちの他に誰もいない長閑な公園に、きらりちゃんの嗚咽の声が聞こえていた。

「いい子よね」

「はい」

「ユーのお嫁さんにしたらいいよ」

 ジョージ先生のいい加減な合いの手に、リカ先生は少し怒ったように、

「もう、純粋な若い子をからかうようなことを言うのはダメですよ、先生」

「そうかな、ナチュラルゴートゥー大本線だと思うけどなぁ、そうだろうカヲル君?」

 リカ先生怒られて、ジョージ先生は矛先をこちらに向けて来たようだ。

「あ、え、え、ええっ」

 いい加減な答え。そりゃあ、きらりちゃんが良く着ている身体の線が分かるボディスーツで、若々しくて柔軟な肢体をくねらせる演技をしている時は、目のやり場に困ることもあるけど、いやいや、そうじゃない、僕が、僕が好きなのは……。

 いつものざっくりとしたトレーニングウェアでショートカット髪の毛をかきあげているリカ先生を見る。切長で憂いを秘めた瞳に何度吸い込まれそうになっただろうか。回転技のたびに胸元から覗くスポーツブラは、わざとなのか天然なのか、僕にはまだその答えが分からない。

「ほらね。やっぱり夫唱婦随が一番だよ。カヲル君、もう面倒だからハッピーウエディングしちゃおうよ」

「何の話ですか?」

 きらりちゃんがトイレから戻って来た。瞼が少し腫れているように見えたが、至っていつものきらりちゃんだ。

「わたし。カヲル君のアシスタントやります」

 決意のこもった声だった。こんな短い時間で、しっかり自分の今後を決めらるきらりちゃんに、すごいな、と感心した。優柔不断な僕には到底出来っこない。

「マーベラス!君は本当に素敵なベリーナイスガールだね」

 ジョージ先生はきらりちゃんを抱きしめて感謝を伝える。あ、いいなそれ、と僕は思う。小柄なくせに標準より大きめの胸を持っているきらりちゃんのそれが、ジョージ先生のお腹のあたりに当たっていた。きらりちゃんは、そのストレートな表現に戸惑い、ちょっと苦笑いしながら両手を伸ばして身体を離す。

「はい、ありがとうございます。あ、あと、リカ先生、パルクール教室は続けてくれるんですよね?」

 きらりちゃんはリカ先生に顔を向けて聞いた。

「それは勿論よ。お月謝だっていただいているんだしね」

 リカ先生が答える。きらりちゃんは笑顔でうなずいた。良かった。これからもリカ先生ときらりちゃんと一緒の時間を過ごせることに、僕は思っていた以上に安堵した。結局、きらりちゃんは僕たちに涙を見せなかった。

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