幕末女装パルクール

牧村燈

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ネオパルクール

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 僕がパルクール教室に通い始めた理由のひとつには、あのインストラクターのお兄さんに言われた『バランス感覚』を活かすスポーツをやったらいいという言葉に導かれていたのかも知れない。ここできらりちゃんの言葉とシンクロしたことでそう思った。『アルティメット』を見た時に感じたパルクールへの親近感も、きっとその刷り込みの影響があったのだろう。

 たった1週間の教室と自主練で、パルクールの何が分かったわけでもなかったが、こんな他愛ないことにリカ先生やきらりちゃんが心から褒めてくれて、拍手をしてくれるこの教室に来ることが大好きになっていた。もっと褒めてもらいたい。そのモチベーションでインターバルの自主練にも力が入る。力が入り過ぎて、筋肉痛は日常茶飯事、あちこちに擦り傷を負ったり、肩が上がらなくなったりもしたが、それすらもまるで戦果のように、リカ先生に報告するのが楽しかった。


 教室に入って半年が過ぎた。パルクールの道はその程度のキャリアでどうにかなるほどヤワな道ではなかったが、僕は曲がりなりにもパルクーラーっぽい体技を身につけ、何より筋力と柔軟性という2点については当初とは比較にならない進歩を遂げていた。

 平均台からバック転でマットに降りた僕に、

「ランディング、5度甘いよ」

 というリカ先生の声。注文もかなりシビアになった。しかし、このシビアな注文にも僕は自分の身体をどうコントロールすれば良いかが分かる。分かると出来るの狭間は深く険しいものだったが、それ故にこそ克服する喜びもまた大きかった。

 僕のずっと先を行っていたきらりちゃんとも、いつの間にか同じ演技にチャレンジすることが増え、今では力を要する演技なら僕の方が先にクリアすることさえあった。

「何だか悔しいです」

 膨れっ面を見せるきらりちゃんも、最近はあの地味な印象を一変させていた。何と髪を金髪に染めたのだ。

「学校で怒られないの」

 と聞いたところ、学校はオンラインなのでウィッグをかぶればOKなのだという。なるほど。馬鹿と鋏は使いようだ。いやこれはちょっと違うかな。

 いずれにしてもリカ先生が受け持っているこの教室のクラスの中で、僕ときらりちゃんの成長は突出していたらしく、まだパルクールをはじめて半年の僕たちに、次の大会に出場する話が降ってきた。

「出てみたーい」

 きらりちゃんは興味津々で、リカ先生からも、

「カヲル君もやってみたらいいよ。とりあえず勉強のつもりでいいじゃない」

 と勧められて、二人とも大会に出場することになった。リカ先生も選手として出場するそうだ。前回の大会では全国3位だったらしい。

 それからしばらくは、大会で行われる種目を睨んだトレーニングと技術習得に取り組んだ。パルクールの競技で最も重要なのは、自らの身体をいかに思った通りに動かし、予定通りの場所を思い描く通りの重心をもって移動することである。確実性と共にスピードも要求されるので、考えてからの反応では間に合わない。

 更に僕たちの出場する大会は、整備されたコースではなく、ごく普通の街や公園で行われる。安全はまったく保証されていない。基本的な技術は無意識でも発動できるまで身体に叩き込まれている必要があった。

「もともとパルクールは戦場を走る技術だったのよ」

 リカ先生が教えてくれたのは、パルクールの歴史と、それが競技化していく中で分岐したネオパルクールという、かつての戦場での技術を残そうとする流派があるということだった。僕たちが出場する大会は、そのネオパルクールが主催するものだという。

「だからね。今日から二人には、ネオパルクールの技術を教えていくことにします」

「ネオパルクール?」

「何だかカッコいいですね」

 僕はちょっと引いていたが、きらりちゃんは極めて前向きだった。やっぱり金髪にすると、今日から◯はの◯橋みたいに力が漲るのかなと思う。最悪僕もそうしようかなと思った。

 こうして僕ときらりちゃんは、リカ先生との地獄の3ヶ月に突入することになった。
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