上 下
26 / 34
第4章

7回裏①/蜘蛛の糸

しおりを挟む
<救護室>

「やばい、モモ先輩、やっぱり気づいてるよ」

「もうここまでだ」

「君島選手を助けなくちゃ」

 準備室に隠れていた3人組は一斉に救護室になだれ込んだ。
「モモ先輩、もうやめてください」

「ふんどし、もう見ましたよね」

「それで勘弁してやってください」

 花畑弟は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに得心した様子に変わる。

「ほうほう、なるほど、そういうことか。これでハッキリ分かったぜ。兄貴がどうして君島にこだわってたのかがな。お前らが何だってあけぼのに加勢してるのかは知らねえが、つまりお前らも君島の秘密は知ってたってことだよな」

 三人組は顔を見合わせ、そして頭を垂れる。

「詳しい話はあとから聞こう。まあ、これから楽しいショーを見せてやるからゆっくりそこで見てろ」

「先輩、君島選手を許してください」

「モモ先輩、お願いします」

「君島選手のプレイ、先輩だって間近で見たじゃないですか」

「ああ、分かってるさ、凄い選手には違いねえ。この俺がまともに投げ合って負けた相手なんて、この1年記憶にねえからな。しかもそれが女子だっていうんだから、もう笑うしかないぜ」

「だったら、お願いですから酷いことはしないでください」

「酷いこと?酷いことなんてする気はねえよ。今日の試合、普通に行けばこのままあけぼのが勝つんだろうから、いよいよ甲子園ってわけだ。なあ、君島、出たいんだろう甲子園。そりゃそうだろう、その為に色々無理してやって来たんだろうからからな。俺も出してやりてえよ。ただな、俺が許しても世間様がどう思うかは別のことだ。まあ、俺はお前の出方次第では黙っていてやってもいいっていう、ま、そんな話さ。分かりやすいだろう俺って」

「あなた、一体何をしようっていうの。君島君にはこれ以上指一本触らせないわよ」

 山本先生がベッドの上のうのを抱きかかえた。

「おっと、先生。先生はおとなしくしてなって言ったろう。君島君に聞いてるんだよ、君島君に。分かるよな、君島うのちゃん。俺の言うことを聞けば、黙ってやってもいいんだよ」

 花畑弟の言葉がねっとりとした蜘蛛の糸のように絡みつく。

「そんなの、脅しじゃない」

「脅し?はあー?道に外れたことやってんのはどっちだよ、先生。先生なら分かるだろ、そんなこと。今から大会本部に行って話して来てもいいんだよ。そんなことしたらグランドで戦ってるやつらはどうなる?そしてうのちゃんの今までの大奮闘はどうなる?おお、そうだ。甲子園が決まった後で週刊誌にネタを提供したら、いい金になっちゃうかも知れないなあ。ねえ、うのちゃん」

 吐き出された言葉の糸が、うのの周りに縦横に張り巡らされていくようだった。

「......何よそれ。あなたそれでも高校球児なの?」

 山本先生が

「一応ね。まあ、2年で甲子園に行っても肩を消耗するだけだっていわれてるからさ、元々あんまり行きたくなかったんだよ。今日、スッキリ負けてまあ丁度良かったかなって思ってる高校球児だけどな」

「あなたそんなこと、3年生の前でも言えるの?」

「3年生がいないから言ってんだよ、そんなのあたりまえじゃない。先生ちょっと黙っててよ。そんなことよりうのちゃん、どうする?俺の言うこと聞く、それとも大会本部行く?週刊誌にネタ売ってきていい?どれを選んでくれてもいいよ。何だかどれも面白いかも、ハハハ。気分いいなあこれ。なあ、お前らも俺に乗るか?それとも、まだうのちゃんの味方気取りか?」

 先生のどんな言葉も花畑弟には刺さらない。そして三人組は花畑弟の勢いに押されて下を向くばかりだった。もう黙っていられないと、うのがベッドから降り立った。

「分かったよ。わたしは覚悟を決めてあけぼの高校に入ったんだ。バレたらこんなことになるリスクがあることも。多少他の理由もあったけど、元々最初はわたしだけの夢だった。でも、ここまで来たらもう甲子園はチームみんなの夢になってる。もしわたしがお前の言うことを聞くことで、チームの夢を壊さないでくれるっていうなら、わたしは何でもやるよ」

 花畑弟は、完全に蜘蛛の巣に掛かった獲物に舌なめずりをしながら、更に奈落へと落としていく。

「何だかそういう言い方をされると、俺が悪い奴みたいじゃないか。それは違わねえか、うのちゃん。元々うのちゃんがイケないんだろう。女のくせに甲子園に行く夢なんか見たから。それでみんなを巻き込んでこんな大ピンチを招いちゃったんだよね?だったら言い方が違うだろう。教えてやるからこういいな」

 そして、笑いが堪えられないという顔で、

「わたしが悪かったです。ごめんなさい。わたしをあなたの好きなようにしてください、だ。ほら、うのちゃん、言ってごらん」

 うのは、唇を噛みしめて下を向き、それでもまだ意思の強い瞳を花畑弟に向けたまま、はっきりした口調で言った。

「わたしが悪かった。ごめんなさい。わたしを好きにしてください」

 蜘蛛の糸に絡み取られた蝶は、今、その美しい肢体に毒針を打たれようとしていた。

(続く)
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...