甲子園を目指した男装美少女のひと夏の経験

牧村燈

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第3章

5回裏/熱視線

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<5回裏>

 この回の先頭打者は花畑兄。うのとの二度目の対決が回って来た。表の攻撃で点差が2点になったことで、うのにも心の余裕が生まれていた。当たり前の話だが、例えホームランを打たれても、まだ1点あるという余裕だ。どんなバッターも走者がいなければ1打席に2点以上取ることは出来ない。その余裕は捕手の構えにも現れていた。

 投球におけるバッテリーの心の余裕は、打者に狙い球を絞らせない最も有効な技術と言える。投手がサインを出すあけぼのバッテリーのような場合は、あまり関係がないように思われるが、実は捕手の心の余裕も重要なのだ。佐藤キャプテンが海のように広く、山のように大らかな心を持つ頼り甲斐のある人物であることが、たださえ孤独になりがちな投手であり、それ以上に誰とも深く交流することができない理由を持つうのを、心理的に支えてきたことは紛れもない事実だった。

 野球は一人では出来ない。当たり前と思うかも知れないが、それを実感しているの選手は少ない。それは野球のいうゲームが、常に主役となる投手と打者の1対1の勝負がほぼ全部と思われているし、守備もポジションごとに役割が明確で、一人ひとりがそれぞれの役割を果たすことが求められるからだ。しかし、だからこそ役割と役割の隙間をどう埋めるかとか、協力によって1対1の勝負でなく、局面によって2対1、3対1にしていくことが、勝負の分かれ目になるのだ。

 打席の花畑兄からのプレッシャーは強大だったが、キャプテンの構える投げやすいミットが、うのの心を支えていた。   

 初球のカーブは打者に当たりそうな方向に投じられながら、インコースギリギリのストライクに収まった。左打者からは球の出所がほぼ見えない位置から、切れ味鋭く曲がってくる変化球。どうやら右腕の痛みとの折り合いもついたようだ。

「いいんじゃないの。そう来なくちゃ」

 余裕を見せる言葉を吐きながらも、花畑兄の表情が一段引き締まる。2球目はアウトコース低めに球速のあるスライダーが来た。これはやや低く外れてボール。組み立ての基本は一緒か。ならば次はインコースのシンカーかシュートだろうと花畑兄がヤマを張る。あのフォームで投げられるとさすがに見辛いがコースが分かっていれば対応出来る。この読みの正確さが花畑兄の必殺兵器だった。インコースに的を絞って投球を待つ。そこにアウトコース高めから外に切れるチェンジアップが来る。おいおい、まるっきり逆かよ。手が出ない。ボール一つ外れて、これもボール。助かった。

 カウントは2-1。勝負は次だな。今度こそインコース。少なくともストライクゾーンをかすめるなら、スタンドインだ、と花畑兄は意気込んだ。ボールは案の定のインコース、それ来たと始動したバット。その瞬間、無回転のボールが来ていることに気付く。ここでそれかよ。低めから落ちたフォークは完全なワンバウンドになるボール球だったが、花畑兄のバットは止まらなかった。

 これで2-2。空振りをさせてクールに後ろを向いたうのが滑り止めに手をやる。上体を屈めるので自然とお尻をホーム側に突き出す形になる。

 普通こんな緊迫したシーンでピッチャーのお尻に熱視線を浴びせる打者はまずいない。しかし、花畑兄の血走った注目度合いは、キャッチーの佐藤キャプテンのみならず、セカンドのキイチまでが、それと気づくほどだった。うのに駆け寄ったキイチが、

「バッター、お前のケツに釘付けだったぞ。あいつと何かあったのか」

 と尋ねた。

「いや、別に」

「ちょっと試してみ」

 そう言ってキイチは守備位置に戻る。試すって、と花畑兄を見ると確かにこちらを見つめている雰囲気だ。しかも視線が下。何なの、あいつ。

 よーし。うのはホームベースに背中をを向けて足を開き、前屈みになって、

「しまってこーぜ」

 と守備陣にエールを送った。さっき以上に過激な尻アピールになっているはずだ。

 どう?とキイチに目配せする。笑いが止まらないという風で、グラブで顔を覆う。マジでホンモノの変態?うのはホームに向き直る。すると、この打席のはじめに感じていた花畑兄の威圧感が、ひゅるひゅると音を立てて萎んでいった。

 この変態童貞野郎に、わたしの履いてるTバックを見せつけてやりたいものだわ、うのはいつも以上に大きく足を上げて渾身のストレートを投げ込んだ。

(続く)
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