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第2章
プレイボール
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<県営スタジアム>
胸のさらしはいつも通りだが、下半身はいつものボクサーパンツやサポーターではなく、理事長からもらったTバックを履いて、うのは試合前のキャッチボールをしていた。Tバックなんて興味本位で試してみたことはあったが、ここまで過激なものは初めてだ。何となく心細い反面、身体が軽いような気もする。女の身体って不思議だなと思う。
秘密を知られてしまったマモルたちが何かしてくるかも知れないと少し心配していたが、チーム内に特に昨日と変わった雰囲気はない。とにかく今は野球に集中しよう。
「キミシマ、そろそろピッチングに入ろうぜ」
佐藤キャプテンから声が掛かる。俗に投手の恋女房と言われるキャッチャーだが、180センチ100キロの体躯を持つ野獣系の佐藤とうのが並ぶと、美女と野獣以外の言葉が浮かばない。
スタンドに近いブルペンで投球練習が始まると、早速、スタンドから黄色い声援が飛んだ。人数は準決勝と同じくらい、ざっと50人はいるだろうか。わかたか学園のスタンドにも花畑兄弟目当てのJKギャラリーがそれなりの人数来ているだろうから、今日のスタンドは華やかな彩りに溢れそうだ。
「キミシマくーん、がんばってー」
「キミシマくーん、かわいい!」
「うのさまあ、ステキー」
「こっち向いて」
「きゃー」
「えっちー」
意味不明の嬌声はともかく、声援というものは元来選手の力になるものなのだが、自由気ままな君島フリークたちは、試合の流れなどお構いななしに騒ぎ立てるものだから、硬派一徹のあけぼの高校応援団と反りが悪かった。仲良く応援してくれるといいのだが、今日もどうやら難しそうだ。
うのが投球練習をしているブルペンに、花畑兄が近づいて来てた。腕組みをして投球の様子を眺めながら、
「君が君島うの君かい。小さいとは聞いていたけど、ホントに小さいな」
何こいつ失礼、とムッとしたが、冷静を装ってうのが答える。
「ご挨拶ありがとうございます、花畑さん。今日はお手柔らかにお願いします」
「なるほど、手加減してくれというお願いかい。だったらその帽子を取って頭を下げるくらいしたらどうだ。いや、そのユニフォームを脱いでくれるんだったら、今日は打つのを開店休業にしてやったっていいんだよ。君島うのちゃん」
「な、なんだと」
うのの顔が熱くなる。まさか?わかたか学園に情報が?マモルたちか?それとも理事長か?
「まあ、そう怒りなさんな。冗談だよ、冗談。うのちゃんがあんまり可愛いからからかっただけさ。まあ、お互い頑張ろうぜ」
花畑兄は、ポンとうののお尻を叩いて自陣のベンチに戻って行った。
駆け引きなのか、本気なのか全く分からなかった。もう試合は始まっているんだ、こんなことで動揺している場合じゃないと、うのは気持ちを引き締めた。
一方、お尻を叩くまでは、完全に自分のペースだったはずの花畑兄だったが、うののお尻を触った手を見つめ、その手に残った感触に心を乱されていた。
「あれって、まさか?」
風雲急な県営スタジアムに試合開始のサイレンが鳴る。
ウウウウウウーーーーーー。
定刻13時、試合開始のサイレンが鳴り響いた。ホームベースを挟んで両校の選手が整列する。流石にわかたか学園の選手は強豪校らしく大柄の選手がズラリと並んでいたが、一方のあけぼの高校は凸凹がすごい。それを見たわかたかの選手の口端に、薄笑いが見えた。
「あけぼの高校対わかたか学園、県大会決勝戦を始めます。両校共に良くここまで勝ち上がりました。この一戦に、精一杯、力の限りを尽くして戦ってください」
主審の言葉に、うのは胸を熱くし、よし、と気合いを込めた。勝負は野球。体格でやるんじゃないってこと、たんと教えてあげるわ。
先行はあけぼの高校。1番バッターはセカンドを守るキイチだ。マモルのグループの中では一番クレバーで、マモルも一目おく存在だ。しかし、何でも人並み以上に出来る反面、突き抜けるほど極めるものがない。中途半端。才能が泣いていた。
昨日のうのの事件は、キイチにとっても大きな事件だった。邪な気持ちで呼び出したうのの、夢に向かって直向きに真っ直ぐ突き進む姿勢を目の当たりにして、自分のいい加減さが露骨に見えた。適当にやってきた。別に試合なんか負けたってどうでもいい。そう思って来た。だけど。
わかたかのピッチャーは花畑弟。身長190センチの長身から投げ込まれる150キロを超える速球と高速と低速の2種類のスライダーが武器である。ここまで3試合に投げて、打たれたヒットはわずかに3本。自責点0はうのと同じだが、その破壊力は他を寄せ付けない。この試合でもバックネット裏に陣取るプロの注目は、もちろん三年生の兄に対するものもあるだろうが、実は弟が8割だという噂も、根も葉もないということでもなさそうだ。
「プレイボール」
球審のコールで試合が始まる。花畑弟の第1球は挨拶がわりのストレート。球速は140キロ台前半のボールがグンと伸びてど真ん中に入ってくる。
「1.2の3!」
ストレートにヤマを張って拍子を取ったキイチのバットが、まさにドンピシャのタイミングでこのストレートを捉えた。
カキーーン
一瞬の静寂。糸を引く打球がライトスタンドに届いた。ドッ、と大歓声が沸き起こる。まさかのプレイボールホームラン。キイチにとって公式戦第1号が、まさかの決勝戦のプレイボールホームランになった。伏兵、キイチのホームランに、あけぼのベンチは蜂の巣を突ついたような大騒ぎだ。
その騒ぎの中。ハイタッチに一人出迎えにベンチを出なかったうののところにキイチが近づいて、一言何か囁いたシーンがあった。ほんの一瞬のことで、ほとんど誰も気付きもしなかったことだが、俯いたうのの口元がほんの少しほころんだのを、マモルだけは気付いていた。
「あいつ。そういうことかよ」
マモルがつぶやく。
「だがな。キイチお前になんか譲らないぜ。一番は俺だ」
2番バッターがあえなく三振に倒れ、3番のマモルが打席に向かう。心に秘めた闘志が熱く滾っていた。
「見てろよキミシマ。俺がお前を甲子園に連れて行く」
(続く)
胸のさらしはいつも通りだが、下半身はいつものボクサーパンツやサポーターではなく、理事長からもらったTバックを履いて、うのは試合前のキャッチボールをしていた。Tバックなんて興味本位で試してみたことはあったが、ここまで過激なものは初めてだ。何となく心細い反面、身体が軽いような気もする。女の身体って不思議だなと思う。
秘密を知られてしまったマモルたちが何かしてくるかも知れないと少し心配していたが、チーム内に特に昨日と変わった雰囲気はない。とにかく今は野球に集中しよう。
「キミシマ、そろそろピッチングに入ろうぜ」
佐藤キャプテンから声が掛かる。俗に投手の恋女房と言われるキャッチャーだが、180センチ100キロの体躯を持つ野獣系の佐藤とうのが並ぶと、美女と野獣以外の言葉が浮かばない。
スタンドに近いブルペンで投球練習が始まると、早速、スタンドから黄色い声援が飛んだ。人数は準決勝と同じくらい、ざっと50人はいるだろうか。わかたか学園のスタンドにも花畑兄弟目当てのJKギャラリーがそれなりの人数来ているだろうから、今日のスタンドは華やかな彩りに溢れそうだ。
「キミシマくーん、がんばってー」
「キミシマくーん、かわいい!」
「うのさまあ、ステキー」
「こっち向いて」
「きゃー」
「えっちー」
意味不明の嬌声はともかく、声援というものは元来選手の力になるものなのだが、自由気ままな君島フリークたちは、試合の流れなどお構いななしに騒ぎ立てるものだから、硬派一徹のあけぼの高校応援団と反りが悪かった。仲良く応援してくれるといいのだが、今日もどうやら難しそうだ。
うのが投球練習をしているブルペンに、花畑兄が近づいて来てた。腕組みをして投球の様子を眺めながら、
「君が君島うの君かい。小さいとは聞いていたけど、ホントに小さいな」
何こいつ失礼、とムッとしたが、冷静を装ってうのが答える。
「ご挨拶ありがとうございます、花畑さん。今日はお手柔らかにお願いします」
「なるほど、手加減してくれというお願いかい。だったらその帽子を取って頭を下げるくらいしたらどうだ。いや、そのユニフォームを脱いでくれるんだったら、今日は打つのを開店休業にしてやったっていいんだよ。君島うのちゃん」
「な、なんだと」
うのの顔が熱くなる。まさか?わかたか学園に情報が?マモルたちか?それとも理事長か?
「まあ、そう怒りなさんな。冗談だよ、冗談。うのちゃんがあんまり可愛いからからかっただけさ。まあ、お互い頑張ろうぜ」
花畑兄は、ポンとうののお尻を叩いて自陣のベンチに戻って行った。
駆け引きなのか、本気なのか全く分からなかった。もう試合は始まっているんだ、こんなことで動揺している場合じゃないと、うのは気持ちを引き締めた。
一方、お尻を叩くまでは、完全に自分のペースだったはずの花畑兄だったが、うののお尻を触った手を見つめ、その手に残った感触に心を乱されていた。
「あれって、まさか?」
風雲急な県営スタジアムに試合開始のサイレンが鳴る。
ウウウウウウーーーーーー。
定刻13時、試合開始のサイレンが鳴り響いた。ホームベースを挟んで両校の選手が整列する。流石にわかたか学園の選手は強豪校らしく大柄の選手がズラリと並んでいたが、一方のあけぼの高校は凸凹がすごい。それを見たわかたかの選手の口端に、薄笑いが見えた。
「あけぼの高校対わかたか学園、県大会決勝戦を始めます。両校共に良くここまで勝ち上がりました。この一戦に、精一杯、力の限りを尽くして戦ってください」
主審の言葉に、うのは胸を熱くし、よし、と気合いを込めた。勝負は野球。体格でやるんじゃないってこと、たんと教えてあげるわ。
先行はあけぼの高校。1番バッターはセカンドを守るキイチだ。マモルのグループの中では一番クレバーで、マモルも一目おく存在だ。しかし、何でも人並み以上に出来る反面、突き抜けるほど極めるものがない。中途半端。才能が泣いていた。
昨日のうのの事件は、キイチにとっても大きな事件だった。邪な気持ちで呼び出したうのの、夢に向かって直向きに真っ直ぐ突き進む姿勢を目の当たりにして、自分のいい加減さが露骨に見えた。適当にやってきた。別に試合なんか負けたってどうでもいい。そう思って来た。だけど。
わかたかのピッチャーは花畑弟。身長190センチの長身から投げ込まれる150キロを超える速球と高速と低速の2種類のスライダーが武器である。ここまで3試合に投げて、打たれたヒットはわずかに3本。自責点0はうのと同じだが、その破壊力は他を寄せ付けない。この試合でもバックネット裏に陣取るプロの注目は、もちろん三年生の兄に対するものもあるだろうが、実は弟が8割だという噂も、根も葉もないということでもなさそうだ。
「プレイボール」
球審のコールで試合が始まる。花畑弟の第1球は挨拶がわりのストレート。球速は140キロ台前半のボールがグンと伸びてど真ん中に入ってくる。
「1.2の3!」
ストレートにヤマを張って拍子を取ったキイチのバットが、まさにドンピシャのタイミングでこのストレートを捉えた。
カキーーン
一瞬の静寂。糸を引く打球がライトスタンドに届いた。ドッ、と大歓声が沸き起こる。まさかのプレイボールホームラン。キイチにとって公式戦第1号が、まさかの決勝戦のプレイボールホームランになった。伏兵、キイチのホームランに、あけぼのベンチは蜂の巣を突ついたような大騒ぎだ。
その騒ぎの中。ハイタッチに一人出迎えにベンチを出なかったうののところにキイチが近づいて、一言何か囁いたシーンがあった。ほんの一瞬のことで、ほとんど誰も気付きもしなかったことだが、俯いたうのの口元がほんの少しほころんだのを、マモルだけは気付いていた。
「あいつ。そういうことかよ」
マモルがつぶやく。
「だがな。キイチお前になんか譲らないぜ。一番は俺だ」
2番バッターがあえなく三振に倒れ、3番のマモルが打席に向かう。心に秘めた闘志が熱く滾っていた。
「見てろよキミシマ。俺がお前を甲子園に連れて行く」
(続く)
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