甲子園を目指した男装美少女のひと夏の経験

牧村燈

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第2章

決戦の朝② 〜あけぼの高校〜

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【キャプテン佐藤】
 あけぼの高校野球部は、正門前に集合して試合会場の県営スタジアムにバスで向かうことになっていた。

「キミシマはまた別行動ですか?」

 不満げな部員からの声に、キャプテンの佐藤(3年)が答える。

「あいつの行動は全て監督マターだっていつも言ってるだろう。今日は会場に直行と聞いている。決勝前にごちゃごちゃ言ってんなよ」

「はーい。わかってますよ。キャプテンはいつもキミシマの味方ですもんね」

 しようがねえなと、諦めたように引き下がる。確かに君島は団体行動から外れることが多い。同じように燻っている奴がいるのも知っていた。エースの座を奪われた野田などは、こういう不満が出るといつも囃し立てる側に回るのだが、今日はやけに大人しい。

 キャプテンとして何度か監督に直接抗議もしたが、いつも煮えきらない回答だった。野球に関しては常に明解で具体的な指導をする君島監督なのだが、息子のこととなるとどうも歯切れが悪い。親なんてそんなもんかと、佐藤自身もはじめはそう思っていた。

 しかし。君島うののボールを入部時から受けてきた佐藤には、そのボールのキレが当時と比べて明らかに鋭くなっていることに気付いていた。計測はしていないが球速で平均5kmは速くなっているだろう。わずか3ケ月余りという時間を鑑みれば、とてつもない成長力だった。自分自身が努力と根性で正捕手の座を掴み取った佐藤には、うのが目に見えないところで相当な努力をしていることがよく分かった。無論、そうでなければここまで勝ち進んでくることは出来なかっただろう。

 何もかも100点満点のやつはいないんだ、キミシマのことは俺が庇ってやらなきゃいかん、と、いつもこうして女房役を自認した行動を取る佐藤キャプテンは、うのが大過なく野球部員としてやってこられた大功労者だった。

【キイチ】
 最後列で野田マモルと並び窓際の席に座っているキイチこと北村キイチ(2年)は、昨日の出来事を思い出しながら、朝食がわりのシリアルを口に入れて目を閉じた。まぶたの裏に君島うのの白い脚が浮かんでくる。あいつは女。男のようないかつい筋肉は付いていていないが、あの無駄のないフォルムは何なんだ。エンゾウが指摘したキズやアザも確かに目を引きはしたが、キイチはその造形のしなやかな美しさに釘付けになっていた。

 一朝一夕であんな脚は作れない。キイチ自身、中学時代それなりに真面目に陸上を取り組んでいた故に、あの脚の凄さがよく分かった。県下でも有数のスプリンターと期待されながらも、極めるほどにはのめり込めず、高校からは陸上をやめて野球を始めた。枯れたとは言え元名門野球部で高校デビューでありながら2年からレギュラーを獲得。俊足巧打と周りは言ってくれるが、器用貧乏の域は出ていない。

 女のくせに。そう思えば思うほど、マウンド真後ろのセカンドのポジションから見てきたうのの投球フォームが蘇った。柔らかく、そしてしなやかな関節の動き。股関節はほぼ180度に近くまで開く。思わず食い入るように見入ってしまったこともある。この脚があの投球を支えているんだ。そりゃあ、ああもなるだろう。畜生、あんなもの見ちまったら、キイチは硬く拳を握りしてめた。

【エンゾウ】
 バスの後ろから二列目に座るエンゾウこと三浦エンゾウ(2年)もまた、君島うのことを考えていた。身体はでかいが肝っ玉は小さいと、昔から言われ続けてきたせいか、今では自分でもすっかりそう思い込んでいる。身体能力で言えば、レギュラーになって然るべき素質を十分に持ちながら準レギュラーに甘んじているのも、マモルのしもべのように使いっ走りをさせられて来たのも、みんなそのせいにして来た。

 あんなに凄いピッチングをする投手が、女の子だった。エンゾウにとってそれは大きな衝撃だった。しかもあの傷だらけの脚。あのピッチングをするために、君島はとんでもない練習をして来たに違いない。僕はその間何をしていたんだろう。不貞腐れるマモル先輩に付き合って、昨日はあんなことまで。恥ずかしくて堪らなかった。このバスに君島が乗っていなくて良かったと心から思うほど、エンゾウは自分自身を恥じていた。

 君島のために今の僕に出来ることは何だろうと、昨夜からずっと考えていた。自分には野球で活躍して君島を甲子園に連れて行くなんて偉そうなことも言えない。せめて君島の秘密が誰にもバレないように気をつけてやることくらいしか。エンゾウは窓に手の平を付けて外の熱気を感じながら、僕はきっとその使命を全うしてみせると決意を固めた。

【ケンタ】
 エンゾウの隣に座るケンタこと濱中ケンタ(2年)は、未だに君島うのが女だということを信じられずにいた。いつも明るくて元気なだけが取り柄と言われるケンタだが、実は女系家族に生まれ育ち、女子の前では極端に大人しくなってしまう性質が培われていた。だからこそ男子校を選んだわけだし、お陰で楽しくやって来られた。今まで君島に女を感じることなんて一度もなかったのに。股間をさわったり、ズボンを脱がしたりしたのも、実は男なんだろうとタカを括っていたから出来たことだった。男物のパンツを履いていた時には、実はホッとしていた。もし女物の下着でも履かれていたら、とんでもないトラウマになっていたかもしれない。みんな夢だったのではないかと思うけれど、みんなの顔を見るとそうじゃないんだなと感じる。

「あのさあ」

 キイチに話しかけたら殴られた。分かってるさ俺だって。あいつを守らなきゃいけないことくらいさ。

【マモル】
 野田マモル(3年)は、最後列の真ん中で腕組みをしている。このチームは君島監督の元で3年間みっちり仕込まれた佐藤キャプテンとエースの俺が中心になって強くなった。昨年は不運にも一回戦で負けてしまったけれど、今年は君島がいなくたってそこそこやれたはずなんだと、昨日までは本気でそう思っていた。しかし、それは大きな誤解だった。自分たちは君島うのに引っ張られてここまで来たことを思い知らされた。あいつは、わかたか学園にも勝つつもりなんだ。選抜準優勝のわかたか学園には、プロも注目している花畑兄弟がいる。準決勝もあわやコールドゲームの大差勝ち。県大会など準備運動くらいにしか思っていないに違いない。

「でなければパンツまで脱ぎませんよ」

 あの時の理事長の言葉が、マモルの心に刺さっていた。綺麗だった。傷もあざも。その全てが美しかった。マモルはあの一瞬で、間違いなく恋に落ちていた。わかたかは強敵に違いない。君島がどんなにすごいピッチャーだって、一人じゃ野球は勝てないんだ。俺が、俺があいつを甲子園に連れて行く。絶対に、絶対に、あいつの夢をかなえてやるんだ。

 バスは県営スタジアムの正門前にある段差をガタンと乗り越えると、大きくハンドルを切ってスタジアム選手通用門前に付けた。帽子を目深に被った君島うのが門の傍に待っているのを見つけたあけぼの高校ナインは、それぞれの思いを胸に、その姿を見詰めていた。

(続く)
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